62 グレンモーレンジィ
セツナが川崎と会話をしていた頃。仁は新しい自分の部屋のソファに座り、カケルが酒を持ってくるのを待っていた。
「お待たせいたしました」
かしこまって言いながら、カケルはウイスキーと氷の入ったタンブラーをローテーブルに置いた。銘柄はグレンモーレンジィだ。脩斗の店で頂いて以来、これが仁のお気に入りとなり、とうとう自分のためのボトルを購入したのだ。
「ありがとう」
「シュウさんとこみたいなキレイな氷じゃないけどな。それでも、雰囲気出るだろ?」
「うん……美味しい」
仁はウイスキーを一口含むと、カケルに左隣に座るよう促した。
「仁。なんか久しぶりだな、こういうの」
「うん。セツナが来てからは、三人で酒盛りだったもんね」
カケルは仁の空いた左手をさすった。少し冷たいと彼は感じた。これ以上手を絡ませるのは、もう少し酒が回ってからにしようと決めた。
「それで? セツナとは何回したのさ?」
口元を歪ませてカケルは聞いた。仁は目を伏せて、左手で拳を作り、カケルの右腕を軽く突いた。
「今この状況で聞く? そういうこと」
「この状況だからこそ聞いてんの。ねえ、やっぱりセツナとするの気持ちいいんでしょう?」
「……まぁな」
仁はタンブラーを手に取った。氷がカランと音を立てた。カケルの追撃は続いた。
「今度さ、三人でしようってセツナと言ってたんだ」
「ちょっ、吸血鬼同士で何勝手に決めてくれちゃってんの!?」
仁は思わずソファから立ち上がった。カケルはヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。カケルを見下ろしながら、仁は言った。
「恥ずかしいから、そういうのは無し!」
「えー? 別にいいじゃん。オレ、仁がセツナに虐められてるところ見たい」
「い、虐められてるって何だよ!」
「セツナがいつもそう言ってるから」
「もー! 何で二人ともそういう話をオープンにしちゃうかなぁ!?」
それから、何とか落ち着きを取り戻した仁はソファに座り、タンブラーを傾けた。
「……足りない。お代わり」
「はいはい」
カケルにもう一杯ウイスキーを持ってこさせ、仁はそれをあおった。
「そろそろ血ぃ、欲しいんだけどなー?」
カケルはわざわざ身をすぼませ、上目遣いでパートナーに訴えた。
「いいよ。カケルも酔いなよ」
「んっ……」
すぐにカケルは噛みつかなかった。しばらく仁の左手を愛しむかのように舐め回し、仁の顔が真っ赤になってきたところで、ようやく歯をたてた。
「たっぷり飲みなよ、カケル。今夜は君だけの酔血だから」
その言葉は、カケルを撃ち抜くには充分だった。
「ちょっ!」
仁は悲鳴を上げた。カケルが馬乗りになってきたのだ。
「もうダメ。我慢できない」
「なっ、せめてベッド行こう?」
もがく仁を押さえつけ、カケルは強引に唇を奪い、舌を這わせた。
「……ぷはっ」
ぜいぜいと息を切らせながら、仁は吸血鬼の赤く濁った瞳を見つめた。吸血時だけでなく、性欲が高ぶったときにも、彼らはそうなるのだ。
「じゃあ、続きはオレの部屋でな?」
カケルが言った。
「もちろんだよ。僕のベッドが汚れるのは嫌だし」
「ローションもちゃんと準備してるから」
「もう、何でわざわざ口に出すかな? 恥ずかしい……」
もちろんカケルはわざとそうしたのだった。一年前、仁を初めて抱いたときのことが懐かしい。あれから変わらず、仁は初々しい反応をしてくれる。
彼らは手を繋ぎ、カケルの部屋へと移動した。まずは仁がごろりとシングルベッドに仰向けになり、カケルが覆い被さってくるのを受け止めた。
「可愛い。やっぱり仁、大好き」
「あっそう」
カケルに服の下に手を入れられながら、仁はなるべく気の無い返答をした。あまりにもがっついてくる吸血鬼に、素直に本音を晒したく無かったのだ。
しかし、それはいつもの仁の態度だったので、カケルは特に気にしなかった。そのままするすると仁の服を脱がせてしまい、彼の身体中にキスをした。
「今、セツナのこと考えてた?」
仁の腹に顎を乗せながら、カケルが聞いた。
「考えてない」
「じゃあ誰のこと考えてた?」
「うるさいなぁ、もう」
「言ってよ」
「やだね」
カケルは一度身を起こし、自らも脱いだ。鍛え抜かれた彼の身体があらわになった。二人の服は床に乱雑に散らばっていた。
「ねえ、言ってよ仁。今、誰のこと考えてる?」
「……カケルに決まってるだろ」
仁はカケルの頭を掴み、唇を重ねさせた。それ以上何かを言わされたくなかったのだ。
それからは、二人は何も話さなかった。自然な流れで、カケルはローションを手に取り、仁の身体に塗りたくった。仁は小さくうめき声を上げた。
「いい?」
「うん」
短い承諾の言葉。それを合図に、カケルは仁に挿入した。しっかり準備してきたな、とカケルは思ったが、仁の余裕が無いのを見てとって、言わずにおくことにした。
こうして、セツナの居ない家で、彼らは二人きりの時間を満喫した。
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