61 のろけ話

 無事に六周年を迎えたショットバー、Raining。

 今夜も吸血鬼の来客があった。時刻は夜七時、開店直後。セツナだ。


「いらっしゃいませ」

「どうも、シュウさん。今夜は世話になるよ」


 セツナはタバコを取り出すとカウンターに置いた。修斗は灰皿とおしぼりを渡した。


「今夜、達己くんは?」

「休みです。何でも今日は、新しい女の子と会ってくるとか」

「ふふっ、若いっていいねぇ。じゃあまず、シュウさんのを頼むよ」


 修斗は赤ワインを注ぎ、自分の血を垂らした。


「どうぞ。特別な一杯です」

「……うん。今日もいい香りだ」


 うっとりと目を閉じて特別な一杯を味わったセツナは、こう話し始めた。


「今夜は、仁とカケルを二人っきりにさせる日なんだよ」

「へえ、そうなんですか」

「たまに順番交代でそうしようって決めたんだ」


 セツナはタバコをくわえ、火をつけた。ほのかにシトラスの香りが漂った。


「仁の血は美味しく頂いてるよ。……あっちの方もね?」

「おや、セツナさん。仁さんの童貞を頂いたという意味ですか?」

「その通り。あたしにとっても何十年かぶりのセックスだ。楽しんでるよ」


 口元を歪ませ、笑うセツナ。修斗もつられて、悪い笑みをこぼしてしまった。


「やっぱり若い男の子は可愛らしいね。仁とパートナーになれて良かった」

「カケルさんとは上手くいってるんですか?」

「もちろん。今度三人でしないかってもちかけようかと思ってるとこ」


 修斗はコホンと咳払いをした。


「そういうお話、僕には刺激が強くて」

「そうなの? こんな仕事しといて?」

「こんなに明け透けに言われるお客さま、たまにしかいらっしゃらないですからね」


 この店の客層は、人間に限ると中年以降。梅元や小山、川崎などだ。彼らはそういった話題を出さないので、修斗にとっては確かに刺激が強かった。


「まあ、他に客も居ないんだ。色々のろけさせてもらうよ?」

「ええ、どうぞ」


 セツナは足を組み、上目遣いで修斗の瞳を見た。修斗はそれを逸らさず、真っ直ぐに見つめ返した。


「セツナさん、お綺麗ですから。仁さんも相当緊張されたでしょうね?」

「ああ、あの夜ね。この店で飲んでから、ホテルに行ったとき、血を飲んだ勢いでそのまま押し倒しちゃったよ。確かに緊張してた」


 それからセツナは、仁の反応を赤裸々に話し始めた。本人の居ないところで、そういう話を聞いてしまうのも、修斗は悪いような気がしたが、セツナが上機嫌なので仕方がない。とどまることを知らない彼女の「のろけ話」は、人間の来客があったのでようやく止まった。


「いらっしゃいませ、川崎さん」

「やあ、シュウさん。今夜は……おっと、先客がいらっしゃったみたいだね」

「こんばんは。セツナです」

「ああ、セツナさん! 隣、いいかな?」

「ええ、どうぞ」


 修斗は川崎の丸い頬がいくぶん変わってきたのを見て取った。


「川崎さん、ダイエットの効果出てるんじゃないですか? シュッとしてきましたよ」

「そうかい? まあ、頑張ってるからな」


 川崎はポンポンと自分の腹を叩いた。


「シュウさん、ハイボールで」

「はい。これならカロリー控えめですからね」


 そう言いながら修斗はグラスを取り、氷を砕き始めた。


「セツナさん、お久しぶりですよね?」


 川崎が話しかけた。


「ええ、そうですね。川崎さんはよく来られるんですか?」

「息子の大学受験が終わってね。それからは、ちょいちょい来てるよ」


 話は川崎の息子のことになった。


「一人暮らしを始めてね。父親としては心配だよ。悪いことを覚えてこないかってね」

「そりゃあ、色々覚えますよ。仕方ないです」

「そういうもんかねぇ」

「あたしは今、友人たちとルームシェアしてるんです。よく酒盛りしますよ」

「いいなあ、俺は一人暮らしとかしないまま結婚しちまったから、そういう経験少なくてね」


 川崎はどしりと背もたれに背を預けた。セツナは薄く笑みを漏らした。


「あたしは毎日、楽しいですよ? いいじゃないですか。息子さんにそういう経験させてあげるのも」

「だな。俺もぼちぼち、子離れしなきゃなぁ。下の娘も一人暮らしがしたいだなんて言い始めたし……」


 川崎はポリポリと頬をかいた。

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