56 それぞれの道

 仁とカケル、セツナが三人で生きていくことを決めた翌日。日曜日だった。脩斗と達己が二人で店に立っていた。割と早い時間から小山がおり、ハイボールを楽しんでいた。


「いらっしゃいませ。川崎さん、梅元さん」

「どうも。おや、小山さんじゃないか」


 梅元が言った。


「あら、今夜はお二人で?」

「たまたま、階段で一緒になったんだよ。示し合わせたわけじゃないさ」


 川崎はそう言って、梅元の背中を叩いた。


「この三人って、大晦日ぶりねぇ」


 小山が懐かしそうにそう言った。日付はもう三月になっていた。しかしながら寒さはまだ厳しく、全員厚着をしていた。


「上の子、第一志望に受かったよ。春から晴れて大学生だ」

「あら! おめでたいじゃない、川崎さん」

「ああ、俺からも報告が一つあるんだよ。元の嫁さんと、再婚することになった」

「あらあら、梅元さんまで? あたしはというと、昇進することになったわ。さあ、今日は飲んで飲んで!」


 二人とも、ビールを注文した。かしましく会話を進める彼らの様子に圧倒されながらも、脩斗と達己は酒を準備した。

 すると今度も、人間の客が現れた。


「いらっしゃいませ。冬馬さん、恭子さん」

「やあ、シュウさん、達己」

「こんばんは」


 小山たちたちが真ん中の席に居たので、脩斗は彼らには奥に座ってもらった。


「恭子、何にする? シャンディガフとかは?」

「いいね。冬馬くんは?」

「オレも同じやつ」


 二人の間の呼び名が変わったな、と脩斗も達己も思った。あんな形ではあるが、恭子からプロポーズも済ませてしまっているのだ。それは自然なことだった。


「籍はいつ入れるんですか?」


 脩斗が聞いた。


「まだ、互いの親に紹介してないんだ。だから、それからかな。親といっても、オレは元々母子家庭だし、恭子は親父さんをもう亡くしてる」

「だから、バージンロードはハノンさんと歩こうって話してたところなんです」


 胸に手を当てて、恥ずかしそうに恭子が言った。達己が尋ねた。


「へえ、チャペルで挙げるわけ?」

「はい。ウェディングドレス着るの、夢でしたから」


 冬馬の姿に気付いた小山が、声をかけてきた。


「冬馬くんよね? それが例の婚約者?」

「はい、そうです」

「まあ! いいわねぇ。今の時代にはそぐわないかもしれないけど、バーンと式挙げちゃいなさいよ? きっといい思い出になるから」

「そういや、梅元さんは式挙げないの? 二回目だけど」


 川崎がつんつん、と梅元の肘をつついた。


「誰がやるか。まあ、もう同居は始めてるんだ。やっぱりいいな、帰ってきたら誰かがいる生活っていうのは」


 ビールをごくごくと飲み、梅元は満足そうに言った。幸せな報告ばかりが集うこの店で、達己はバーテンダーとしての幸福を噛み締めていた。こうして、お客さんが楽しんでくれるのが、一番いい。

 一方で達己は、アカリに自分の気持ちを話すと決めていた。もしかすると、こちらに立つことが無くなるかもしれない。それと引き換えてなお、彼女への想いは強かった。そのことに、自分でも驚いていた。


「お待たせしました。シャンディガフです」


 脩斗が冬馬と恭子の前にグラスを置いた。それをじっくりと味わうと、二人はまた会話を続けた。


「それで、いつにする? 冬馬くんの実家って、そんなに離れてはないんだよね?」

「ああ。明日辺り、連絡を入れてみるよ。恭子のところは、その後でいいかな?」

「うん。妹がまだ実家に残ってるから、そのタイミングかな」


 次のお客がやってきた。烏原と羽坂だった。彼らはいつもの黒いスーツ姿だった。


「どうも。お世話になっております」


 脩斗は畏まってそう言った。


「ビールください。二人とも」

「かしこまりました」


 達己は少しこわかったが、彼らにも話しかけてみることにした。


「お仕事の方は、順調ですか?」


 烏原の方が答えた。


「お陰さまで、荒事にならずに済んでいるよ。それもひとえに、この店の存在のおかげかな? 路頭に迷う奴が減ったよ」

「それは良かったです」


 ビールサーバーを操作し、二人分の酒を提供した達己は、さらに聞いてみた。


「セツナさんって方、ご存知ですか?」

「ああ、彼女なら連絡がきたよ。なんでも三人で暮らすらしいな?」

「上手くいくんですかね、烏原さん」


 心配そうに羽坂が聞いた。


「我々としては、見守るのみだよ。それが今の俺たちのやり方だからな」


 その言葉にを聞いて、脩斗も達己も胸を撫で下ろした。

 結局、その日は人間の客だけで盛況であった。

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