55 三人で

 土曜日になった。修斗は予め、カケルから話を聞いていた。仁とセツナを交え、話し合いをするのだと。夜七時半に、まずセツナが来た。


「いらっしゃいませ。早いですね、セツナさん」

「ああ。先に一杯やっておきたくなってね」


 セツナは修斗の特別な一杯を頼んだ。今日の彼女はセミロングの黒髪を高い位置で結っていた。


「シュウさんはどう思う? 今回の話……」


 ベージュの唇を動かし、セツナは修斗に聞いた。


「三人ともが納得する結論であれば、それでいいと思いますよ」

「まあ、君ならそう言うよね。悪い。今回は、あたしたち三人で決めなきゃね」


 時間ぴったりに、カケルと仁が顔を見せた。


「セツナさんはもういらっしゃいますよ」

「こんばんは、シュウさん、セツナさん」

「……うっす」


 セツナの姿を見た仁は、すぐに顔をそむけてしまったが、脩斗に促され、吸血鬼たちに挟まれて座ることになった。


「それで? カケルくんは、もう了承してるんだって?」

「はい。パートナーの思いを優先したいですから」

「そっか。あたしは正直、仁くんのパートナーになりたい。定期的に酔血を飲ませてくれる人が欲しい。けれど、カケルくんと上手くやっていけるかどうか不安はある」


 素直な気持ちを口に出した吸血鬼に、酔血持ちは答えた。


「僕、二人のことを平等にできるよう、努力します。卒業のタイミングで、三人で暮らせるような部屋に引っ越したいと思っています」

「そう、そこまで考えてくれているんだね」


 セツナは膝に置いていた両手をきゅっと握った。


「カケルくん。正直なところ、どうなんだい?」

「俺だけの酔血持ちでいて欲しいっていう気持ちはあります。セツナさんだって、そうでしょう?」

「ああ、そうだよ。パートナーになるなら一対一がいい。でも、仁くんがそこまで覚悟を決めてくれているんなら、新しい関係性を作ることを目指してもいい」


 仁は意を決して、カケルとセツナの手を繋いだ。


「三人で、やっていきましょう? 僕なんかの酔血で良ければ」


 カケルとセツナは、それぞれその手を固く握り合わせた。


「分かった。仁がそう決めたのなら、俺はそうする。セツナさんと上手くやれる方法を探す」

「あたしも努力する。幸い、前のパートナーがたんまりお金を残してくれていたからね。新居を借りるための準備くらいはわけないよ」


 そうして、三人は決意を固め、一旦手を離した。


「……さて、こんな夜は何を飲みたいですか? お三方」


 ゆったりと微笑みながら、脩斗が言った。


「普通の赤ワインかな」


 セツナが言った。脩斗はワイングラスを三つ用意した。


「僕、カケルのことも、セツナさんのことも、大事にします」

「それには、互いのことをもっとよく知らないとね。二人はどうやってパートナーになったんだい?」

「こいつが古着屋でバイトしてましてね。客になって、近付きました」

「ほう……?」


 馴れ初めを話すカケルと仁。セツナは代わる代わる彼らの顔を見ながら、それを聞いていた。


「あたしは、ハノンほどは年をとっていないけど、相当なおばあちゃんだ。けれども、こういった共生関係を結ぶのは初めてでね。ひとつ前のパートナーとは、喫茶店で出会ったんだ……」


 今度はセツナが話し始めた。途中、赤ワインを注ぎながら、脩斗もそれを聞いていた。


「そんなわけで、一人の時間はもう十分楽しんだよ。これから、三人で過ごすことに異論は無い。むしろ、楽しみだ」

「そう言って頂けると嬉しいです、セツナさん!」


 仁はセツナの手を取った。


「いくつか、決め事を作っておこうか? 仁、そしてカケル」


 彼らの間の決め事は、まずこうだった。吸血する回数は、平等にすること。するときは、二人きりのときにすること。細かい家事分担なんかは、一緒に暮らし始めてから徐々に決めるということ。


「やっていく内に、どうしても合わないようなら、あたしは身を引くよ。だから、とりあえずはお試しといったところだな」

「分かりました、セツナさん。よろしくお願いします」

「セツナでいいよ、カケル。あたしも呼び捨てにしてるんだ」

「じゃあ、セツナ。よろしくね?」


 カケルとセツナは、握手をした。これもまた、吸血鬼と酔血持ちのあり方だ。脩斗はそういう場に立ち会えたことに感謝していた。自分の店がきっかけとなって、こういう繋がりが生まれていく瞬間を、彼は何よりも幸福に感じていた。


「早速だけど、仁の血を吸いたいな。今晩は、今泊まっているホテルに来てもらっても?」

「いいの? セツナ」


 仁は鼓動が早くなるのを感じた。


「俺は構わないよ。行っておいで、お二人さん」


 カケルは手を振った。そうして仁とセツナは連れだって店を後にした。残されたカケルは、達己の特別な一杯を注文した。


「カケルさん、お疲れさまです」


 脩斗はワイングラスを置いた。カケルは視線をカウンターに落としていた。


「……ぶっちゃけ、妬いちゃいますけどね。でも、パートナーの意向が第一。それが吸血鬼ですから」

「そういうものなのですね」


 達己の特別な一杯を飲んだ後、カケルは誰も居ない部屋へと帰っていった。これが、彼らの第一歩となったのであった。

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