54 祝い
水曜日が来た。ヒカルは桃音というパートナーを見つけたことだし、もう来ないかなと修斗が思っていたら、ハノンとアカリを引き連れヒカルが来店した。
「いらっしゃいませ」
「やっほー修斗。今日は……ははっ、また誰もお客さんいないねぇ?」
時刻は九時。開店してから、一組のお客も来ていなかった。
「今晩は達己も居ませんし、凄く暇でしたよ」
「よかったね、修斗。これからは忙しくなるよ?」
三人はブレンドを注文した。三つのワイングラスを並べ、特別な一杯を作った修斗は、ハノン、アカリ、ヒカルの順にそれを差し出した。ハノンが叫んだ。
「改めまして、ヒカルと桃音ちゃんに乾杯!」
グラスを打ち鳴らし、吸血鬼三人組の会話が始まった。
「本当に良かったよね、パートナーになれて」
アカリが目を細めた。
「はい。しばらくは、お互いの家を行き来して、血を貰おうと思ってます」
「ん、それがいいよ。まだスナックでは働くんでしょう?」
ハノンが聞くと、ヒカルは頷いた。
「水商売もけっこう楽しいですしね。アタシに合ってます」
「そういえば、人間だった頃って何してたの?」
アカリが尋ねると、ヒカルは気恥ずかしそうに目を伏せて言った。
「美容師です」
「えっ、マジで!? じゃあ、お金払うからボクの髪切ってよ!」
「道具がありませんよ、ハノンさん」
「そっかぁ。ボク、決まった美容院に行ってたんだけど、そろそろ見かけが怪しまれる頃でさぁ。お店変えないとって思ってた頃だったんだ」
吸血鬼として人間に紛れて生きることは、そういう不都合も生じる。そのことを、ヒカルは思い知った。何年も長い関係を続けられるのは、パートナー以外にはまず存在しない。
「スナックも、そう長くは続けられる仕事じゃないからね。そういう意味でも、桃音ちゃんという酔血持ちを確保できて良かったよ」
アカリが言った。
「それに、桃音ちゃんには、吸血鬼と酔血持ち以上の感情があるんでしょう?」
目を見開き、思わずワイングラスを落としそうになったヒカルは、もう一つの手でそれを支えた。
「アカリさんには、バレバレでしたか」
「いや? 適当に言っちゃっただけ。そっか。女の子としても、好きなんだね?」
ヒカルは両手で顔を覆った。
「だって、可愛いんですもん……。しかも、アイドルですし」
「あはは! ヒカルったら、顔赤いの!」
ハノンがヒカルの顔を指した。ますますヒカルは手を顔面に押し付けた。
「ハノン、虐めすぎ。まあ、あたしから言ったことなんだけどね」
「アカリの勘もたまには当たるもんだねぇ」
勘、と聞いて、修斗は思った。アカリは達己の気持ちに気付いているのだろうかと。ハノンほどではないが、彼女も高齢の吸血鬼だ。知っていてもおかしくないな、と修斗は考えた。
すると、扉が開き、梅元がやってきた。
「いらっしゃいませ、梅元さん」
「こんばんは、シュウさん。今日は綺麗なお嬢さん方がお揃いだね。おっと、一人は男性だったか」
梅元は、ハノンのことをよく覚えていた。
「あっ! 桃音ちゃんとパパ活してた人だ!」
ハノンも覚えていたが、その覚え方が雑だった。
「まあまあ梅元さん、ボクの隣に座りなよ」
「梅元さん? 梅元さんって、あの……」
「そうだよ、ヒカル。桃音ちゃんをここに連れてきた人」
ヒカルは会釈した。三人のことは、修斗が紹介した。
「こちらは、ハノンさん、アカリさんに、ヒカルさんです」
「どうも。梅元です。パパ活はしてません」
場に居た全員がどっと笑った。
「そうだ、シュウさん。ちょっとした報告があるんだ」
「なんでしょう、梅元さん」
「俺。再婚することになってな」
「おめでとうございます。お相手は?」
「それが、元の嫁さんなんだ。あいつとは色々あって一度別れたんだが、老後が見えてきて、やっぱり一緒になろうってことになってな」
梅元は頬をかいた。
「シャンパンでもご馳走しましょうか?」
「悪いな、シュウくん。そう甘えるつもりじゃなかったんだが」
「いえいえ、いいんですよ。僕からもたまには奢らせてください」
「じゃあ、みんなも一杯いこうよ! あっ、今日はボクが持つから、アカリもヒカルも気にしないで!」
そうして、梅元の再婚祝いパーティーが始まった。
「梅元さんって、実際おいくつなの?」
ズバリとハノンが聞いた。
「六十四だよ。もうすぐ年金貰える歳」
「へえ! そうは見えないけどね」
「そういうハノンさんこそおいくつで?」
「ボク? ボクはね、内緒!」
ハノンは唇の前に人差し指を立てた。
「ハノンさんって、不思議だよな。スーツ着てなきゃ未成年の女の子にも見えるよ」
「たまーに女の子っぽい服装もするよ? ボク、そういうの似合うからさ」
二人の話が弾んでいるな、とすっかりヒカルが油断していた頃に、桃音の話題が飛び出した。
「それでね、梅元さん。このヒカルちゃんって子、今桃音ちゃんのこと狙ってるの」
「ちょ、ちょっとハノンさん!?」
「ええ? それは、女の子同士って意味でかい?」
「うん。ヒカルは桃音ちゃんに惚れてるの」
「もう、やめてくださいよー!」
ヒカルはじたばたと足を動かした。アカリはそれを薄目で眺めながら、タバコに火をつけた。
「アイドルって、女の子同士の恋愛もご法度?」
ハノンが梅元に聞いた。
「一応な。まあ、バレない程度にやってくれればいいさ。そうか、桃音に彼氏じゃなくて彼女ができるかもしれんのか……」
「そんなんじゃないですってば、梅元さん!」
ヒカルは腕をぶんぶん振った。修斗は我関せず、といった様子で、端の方で伝票を整理し始めた。こうして、標的になってしまったヒカルは、梅元とハノンの攻撃にただただ耐えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます