49 二人

 帰りの電車の中で、カケルと仁はほとんど話さなかった。自宅に着き、二人はとりあえずソファに並んで座った。口を開いたのは、カケルからだった。


「セツナさんのパートナーにって、本気なの?」


 仁は頭の後ろで手を組み、背もたれにもたれかかった。


「……本気だけど? カケルは嫌?」

「嫌っていうか、何て言うか……。何で今日会ったばかりの吸血鬼に肩入れするのかなぁって」


 カケルは足を組み、仁を睨んだ。


「あの人、じゃなかった吸血鬼か。ともかく、セツナさんって素敵だなぁって思っちゃって……」


 仁はカケルから顔を背けた。自分の顔が紅潮しているような気がしたからだ。


「確かに、素敵な吸血鬼だった。俺よりも相当年上だしな。色気あった」

「色気とか、そんなんじゃなくてさ。でも、惹き付けられた。それが正直なところ」


 我慢ができなくなった仁は、ソファから立ち上がり、冷蔵庫から一本のペットボトルを持ってきて、ソファの横に立ったまま中のミネラルウォーターを飲んだ。そちらを振り向いたカケルは、手を伸ばした。自分にもくれ、ということだ。仁はそれを手渡した。


「今日、そんなに酔ってないよな?」


 カケルが聞いた。今晩は、結局アイリッシュコーヒーを一杯しか仁は飲んでいない。


「うん、全然? 何ならウイスキーでも飲もうかな」

「やめとけよ。明日も大学だろ」


 右隣にぽっかりと空いた席をカケルはポンポンと叩いた。促された通り、仁は再びソファに座った。


「別に、不可能じゃないよな? 二人分の酔血になるって」

「まあ、パートナーは一対一だとは決まってないよ。ただ、聞いたことないってだけ。そんなに吸わせてみたいの? セツナさんに」


 ぷらぷらと足を振り出した仁は、ふくれっ面でカケルの顔を見た。


「悪い? そう思っちゃ」

「別に悪くは無いよ」


 話が進まないな、と思ったカケルは、ハーブティーをいれてくることにした。こういうときはカモミールだ。二人分のマグカップを準備して、ローテーブルに置いた。立ち込める湯気が二人の身体を包んだ。


「まあ、それ飲んでちゃんとしっかり考えようか」


 カケルが言った。仁は両手でマグカップを持ち、カモミールティーを飲んだ。その様子が可愛らしい、とカケルは思った。そして、できれば自分だけの酔血で居て欲しいということも感じた。そして、仁が素直にセツナへの思いを吐露した以上、自分もそうすることにした。


「俺は、セツナさんに仁の血を飲んで欲しくない。俺だけが飲みたい」

「でも、酔血持ちって凄く少ないんでしょう? この体質が役に立つんなら、僕はそうしたい。カケルにもセツナさんにも、平等に接したい」

「それが、仁の本音?」

「うん」


 しばらく逡巡した後、カケルは言った。


「ねえ、飲ませて」

「いいよ」


 カケルは仁の右人差し指に嚙みついた。いつもよりも長めに、吸血行為は続いた。


「なあ、カケル、もうその辺で……」


 空いた方の左手で、カケルの頭を掴んだ仁は、指から引きはがした。二人とも高揚感に満ちていた。カケルは人差し指を舐めて血を止めると、仁の瞳を見つめた。仁もそれを射抜いた。


「こういうこと、俺とだけじゃダメ?」


 カケルは聞いた。仁は目を逸らした。


「僕は、カケルのことが好きだよ。でも、セツナさんのことも、好きになっちゃった」


 視線を宙に泳がせたまま、仁はそう言った。カケルはふうっとため息をついた。


「なら、しょーがないか。仁ほどの酔血、俺だけじゃ勿体ないもんな」

「いいの? カケル」

「我慢してやる。俺は、俺の気持ちより、パートナーの気持ちを尊重する。それが吸血鬼だから」


 マグカップを手に取ったカケルは、カモミールティーを一口飲んだ。つられて、仁もそうした。それから、カケルはズボンのポケットからスマホを取り出した。


「セツナさんに連絡取るよ。またあの店で会おうって言ってみる」

「ありがとう」


 カケルはセツナにラインを打った。


『仁とセツナさんがパートナーになるの、俺は了承します。今度、またシュウさんの店で話し合いませんか?』


 返事はすぐに来た。


『分かった。来週の土曜日はどう?』

『大丈夫です。夜八時くらいでどうですか?』

『了解』


 短く素早いやり取りだった。カケルはスマホの画面を仁に見せた。


「来週の土曜日、じっくり話し合おうか」

「うん、いいよ」


 カケルがポケットにスマホをしまうと、仁が肩に頭を乗せてきた。カケルはそれを左手でポンポンと撫でた。撫でながら、仁に語りかけた。


「もし、セツナさんが賛成してくれたとしてさ」

「うん」

「それでも、二人っきりの時間は欲しい」

「うん」


 仁は自分の左手をカケルの右手に絡ませた。それをきゅっと握り合い、二人はしばらくそのままの体勢で夜を過ごしていた。

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