50 告白
『今夜、桃音に告白します。協力してください』
そんなメッセージが修斗の元に届いたのは、開店準備中だった。遂にその時がやってきたのか、と修斗は身構えた。
『何時に来られますか?』
『八時です』
『では、店を貸し切りにしておきますね』
修斗は「closed」の札をかけたまま、ヒカルが来るのを待った。
「こんばんは」
夜七時半頃、ヒカルが現れた。
「いらっしゃいませ。とうとう、打ち明けるんですね?」
「うん。もうアタシ、限界でさ。あんなに良い匂いされちゃ、すぐにでもかじりつきそうで。思い切って、全部言ってみる」
店を貸し切りにしてもらい、二人だけの話をしたい、とは桃音は聞いていた。なので、札のかかった扉をそっと開けた。時間通りだった。
「いらっしゃいませ、桃音さん」
「こんばんは、シュウさん。ヒカル、話って何かな?」
桃音はヒカルの右隣にすとんと腰かけた。まるで予想がついていないようだった。それもそうだろう。今まで楽しく女友達として接していたのが吸血鬼だったなんて、彼女が考えるはずもない。
「まずは一杯、どう?」
「うん。桃音、カシスオレンジで」
「アタシはブレンドを」
桃音は不安だった。最近できたこの女友達のことは、とてもカッコいいと思っていた。スナックで働いていることもそうだし、赤ワインを飲めるのが大人だと感じていた。そんな彼女がしたい話とは何なのか。彼女には見当もつかなかった。
それぞれ一口ずつ、お酒を含んでから、ヒカルは言った。
「桃音。アタシは、吸血鬼なんだ」
「……ふえっ?」
桃音はポカンと口を開けた。
「そして、桃音は酔血といって、特別な血の持ち主。たった数滴で、吸血鬼を生きながらえさせる、そういう血。だから、アタシのパートナーになってほしい。パートナーとなって、血を分け与えてほしい」
理解の追い付かない桃音は、とりあえず修斗の方を見た。
「ヒカルさんの仰っていることは、本当です。実は、僕と達己も酔血持ちでしてね。吸血鬼のお客さまに向けて、血を混ぜた赤ワインを提供しているんですよ」
「……シュウさんが言うのなら、本当なんだね? 桃音、信じる」
パートナー、という言葉が桃音には引っ掛かった。どうやらヒカルは自分の血を飲ませてほしいらしいが、そんなのこわい。でも、どうやら彼女は困っているみたいだ。
「血を飲ませてもらうのは、指から。噛みつくから、ちょっとだけ痛みは感じる。でも、舐めれば傷口は塞がるし、痕が残ることはないんだ」
「痛いのは、嫌だよ」
正直に桃音は言った。注射でさえ悲鳴をあげそうになるのだ。吸血させるだなんて、とんでもなくハードルが高いと彼女は思った。
「そうだよね。でも、週に一回でいいんだ。それだけあれば、アタシは生きていける」
「ヒカル……」
桃音は潤んだヒカルの瞳を見た。彼女が自分を必要としている。それだけは真っ直ぐに伝わってきた。なので、こんなことを言った。
「試しに一回、吸ってみて?」
ヒカルは桃音が差し出した右手をそっと受け取り、人差し指にかじりついた。ジーンとした痛みに桃音は肩をびくつかせた。しかし、それと共に、何とも言えない感情が自分の中に巻き起こってきた。これは一体、何だろう? 桃音はそれを表す言葉を持ち合わせていないでいた。
「……はい、これで終わり。とっても美味しかった、桃音の血」
舌でぺろりと自分の口元をぬぐい、ヒカルは微笑んだ。ふんわりと優しく、とろけるような口当たりだった。
「なんかね、桃音、不思議な気分になった。何だろう、これ」
「それはきっと、吸血行為の魅了状態です。ハッキリ言ってしまうと、吸われる方も気持ちいいんですよ」
修斗が補足した。ヒカルが継いだ。
「桃音のように、酔血を持っている人間ってとても少ないんだ。だから、アタシは桃音に近付いた。ごめんね?」
「いいんだよ、ヒカル。桃音も……そっか、気持ち良かったんだ」
傷の治った自分の人差し指をまじまじと見つめ、桃音は吐息を漏らした。
「パートナーになるって、つまりどういうことなの?」
「血を与えてもらう代わりに、アタシが桃音の身の回りを世話するよ。そうして生きている吸血鬼たちが何人もいるんだ」
「ってことは、パートナーになっている酔血持ちの人間も何人もいるってこと?」
「ええ、そうですよ、桃音さん。もしよろしければ、その方を紹介してもいいですよ」
桃音はうつむき、唇を噛んだ。とんだ事態になってしまったが、ヒカルのことは嫌いにはなれない。むしろ、もう一度さっきの感覚を味わってみたくなった。
「少し、考えさせて、ヒカル。その、パートナーになるかどうかっていうのは」
「もちろん。じっくり考えて」
それから、修斗は桃音と連絡先を交換した。彼はハノンと冬馬に会わせてみる気でいた。カシスオレンジを飲み終わった桃音は、先に帰って行った。
「……シュウさん、ありがとう」
「どういたしまして」
「まさか、試しに吸わせてもらえるだなんて思ってなかった」
ヒカルは先ほどの高揚感を思い出していた。修斗たちの特別な一杯もいいが、直接すする生き血、しかも酔血というのはかなりの衝撃だった。
「僕とハノンさん、それに冬馬さんからも上手く言っておきますよ」
「何から何まで、本当に感謝してる。ありがとうね、シュウさん」
くたり、とカウンターに伏せたヒカルは、深いため息を漏らした。
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