47 コークハイ
しとしとと雨が降り注ぐ深夜一時。人間の客の一団を見送った修斗と達己は、もう店を閉めてしまうことにした。一博の店に行くのだ。
「いらっしゃいませ。おう、修斗に達己か」
「どうも、カズさん」
「ご無沙汰してまーす」
一博の店には他のお客は居なかった。
「こんな日は、もう誰も来ないよ。勘で分かる」
「ああ、僕もそう思って店閉めてきました」
「そうだ、バイトの子、決まったんだよ。しかも、けっこう骨のある奴でな。今日はもう帰ったんだ。残念だったな」
「へえ、お会いしてみたかったですね。ほら、僕って先輩にあたりますし」
「確かにそうだな。で、何にする?」
修斗と達己は顔を見合わせた。今夜は、お客から散々ハイボールをふるまわれたので、もうそれを飲む気分では無かったのだ。
「久しぶりに、コークハイとかいってみたいですね」
「あっ、じゃあ俺も」
「あいよ」
一博は鮮やかな手つきで二杯のコークハイを作った。コーラの甘味が疲れた彼らを癒した。修斗は、新しく入ったアルバイトのことが気になり、一博に尋ねた。
「一体、どういう子なんですか?」
「女の子でな。元々、水商売やってたから、口は立つんだ。覚えも悪くない。まあ、修斗を超えるほどでは無いけどな?」
「僕、そんなに優秀でしたっけ?」
「そうだぞ。俺が育てた中では一番の生徒だ」
嬉しい言葉に、修斗は恥ずかしそうにはにかんだ。こんな風な表情をするのは、一博の前だけだった。達己はそんな顔を見られる自分が特別な存在ではないかと感じていた。
「このところ、腰が痛くてよ。その子が入ってくれて、本当に助かってるんだわ」
「僕も、達己が居てくれて助かっています。救急車も呼んでくれましたしね」
「おい、修斗、救急車って何だ!?」
「あっ、カズさんには言ってませんでしたね。クリスマス・イブのとき、酷い頭痛で倒れたんですよ。それで達己に色々と面倒をかけましてね」
修斗は事の次第を細やかに話し出した。今はもう問題ないという一言で締めて。
「そりゃあ、大変だったな。ありがとうな、達己。お前も不安だっただろうに」
「救急車呼んでいいかどうか、ちょっと迷いましたしね。結果的に呼んどいて良かったです」
「修斗は一人身なんだ。健康には本当に気をつけろよ?」
「はい。そうします」
達己は二本目のタバコに火をつけた。
「俺も吸っていいか?」
「どうぞ、カズさん」
修斗が了解したので、一博もタバコを取り出した。
「そういえば、修斗は禁煙上手くいってるな?」
「ええ。もう五年以上は吸ってません」
「偉いなぁ。それでも、頭痛とかで倒れちまうんだもんな。こんな仕事やってると、ある程度は仕方ないのかもな」
一博は旨そうに紫煙を吐き出した。
「達己が居てくれて良かったな」
「はい。彼が居なかったら、今頃どうなっていたか」
「……なあ、シュウさん。俺が辞めたら、困るよな?」
上目遣いでそう聞く達己。なんだか子犬のようだなと思いながら、修斗は告げた。
「いえ、大丈夫ですよ? 僕はあの店の
達己はその言葉に不満だった。居てくれないと困ると言ってほしかったのだ。
「なんだ、達己。この仕事辞めたいのか?」
一博が聞いた。
「仮の話っす。今すぐどうこうってことじゃないですよ」
「まあ、達己もまだ若いんだ。他に仕事ならいくらでもあるだろう。この業界がキツくなったら、転職すればいいさ」
脩斗だけでなく、一博までそんなことを言う。達己は口を尖らせた。そんな彼の表情に気付いた脩斗は困ってしまった。達己のことを思って言ったのだが、どうやら何かまずかったらしい。
「もしかして、居心地悪いですか?」
「だから、そういうのじゃ無いってば」
なかなか察してくれない脩斗に焦れた達己は、こんなことを口走った。
「シュウさんにとって、俺の存在って何?」
しばし考えた後、脩斗は言った。
「大切なパートナーですよ」
「そっか。それならいいや。これからもよろしくな? シュウさん」
「はい。よろしくお願いします」
コークハイを飲み終わり、誰も居ない部屋に帰った達己は、さっさとシャワーを浴びて部屋着に着替えた。ごろりとベッドに横たわり、スマホを操作した。マッチングアプリのメッセージがいくつか来ていたが、どれも無視した。
「大切なパートナー、か」
脩斗が軽々しくその言葉を言ったのではないということくらい、達己にはよく分かっていた。だから、悩んだ。本当はアカリのパートナーになりたいという自分の気持ちに、彼は真っ向から立ち向かっていた。
もし、店を辞めたとしても、本当に脩斗は困らないのだろう。達己が入るまで、四年間一人で店を回していたし、頭痛の件も問題無い。
アカリに気持ちを打ち明けるべきかどうか。達己はぐるぐるとそのことばかり考え、眠れなかった。なので、のそりとベッドから降りてベランダに行き、タバコを吸った。まだ雨がしつこく降り注いでいた。
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