43 本気
達己は久しぶりにラブホテルに居た。相手は千波だ。何人かの女の子と連絡は取り合っているものの、こうして定期的に会うのは彼女一人になりつつあった。かといって、彼女とどうこうなろうという気は起きなかった。
「そういえば、帰省してたんでしょ?」
ベッドの上で寝転びながら、千波が聞いた。
「ああ。予想通り、地元の会社を紹介されそうになったよ。早く帰ってこいってさ。鬱陶しいのなんのって」
「帰らないの?」
「誰が帰るか。今の店、すっげー気に入ってるしな」
達己は修斗の顔を思い浮かべた。今頃一人で営業している頃だ。頭痛外来で貰った漢方が効いたのか、彼の体調はすっかり元通りになっていた。なので、彼を一人立たせることについて心配は少ない。
「行ってみようかな? その、シュウさんの店」
「別にいいけどよ。めちゃくちゃわかりにくい所にあるぞ? 看板も出てないしな」
「住所だけ送ってよ。探して行くからさ」
「はいはい」
一度ベッドから降りた達己は、テーブルに置いていたスマホを操作し、千波にラインを送った。それから千波の隣に戻り、彼女の柔らかな髪を撫でた。
「お前って、結婚とか考えないの?」
「全然。別に、独身でもいいかなーって思ってる。でも子供は欲しいな」
「シングルマザーにでもなるわけ?」
「そうなっちゃうね。誰か良い人いない? 達己」
「俺はごめんだぞ?」
「分かってるよ。どうせなら、もっとカッコいい人の遺伝子が欲しいな」
「お前なぁ」
拳で千波の頭を小突いた達己は、こんなことを言ってみた。
「シュウさんも、相当カッコいいぞ。今年で三十六歳なんだけどな。彼女とか、そういうの全く居ない人でさ」
「お店が恋人なんじゃない?」
「ああ、そうかも。だから、もしお前程度の顔の女が店に来ても、なびかないだろうな」
「何よその言い方」
「仕返し」
しかしながら、達己は千波の顔が好きだった。大学のとき、同じサークル内で知り合い、互いに遊び人であることを確かめた彼らは、ドライな付き合いをしようという約束でこういう仲になった。
千波はああは言っているものの、いずれ誰かと結婚して収まっていくのではないかと達己は考えていた。彼女はチャラチャラしている一面はあるものの、基本的には気立てが良い性格だ。もし、彼女が誰かと結婚するようなら、この関係はもう解消しようと彼は一方的に考えていた。
「そうだ。気になるお客さんと、何か進展はないわけ?」
にひひ、と意地の悪い笑い方をしながら千波が聞いた。
「何もねぇし。っていうか、彼氏もうちのお客さんだし」
「そうなんだ? 妬かないの?」
「……まあ、少しはな」
本当は酷く嫉妬していた達己だった。クリスマスのときだって、散々仲の良さを見せつけられたのだ。そして、アカリと弘治の仲が、自分によってこじれるのは避けたかった。彼女からは、あのネクタイピンを貰えた。それだけで良いのだと、達己は自分に言い聞かせた。
「達己がそうやって誰かに本気になるとこ、初めて見たかも」
「別に、本気じゃねぇし」
「嘘だぁ。その子のことを考えてるとき、目がマジになってるよ?」
長い付き合いの中で、千波は達己の癖をよく知っていた。彼がアカリのことを想起するとき、寂しそうな目をしていることに彼女は気付いていた。
「うるせぇなぁ。早くシャワーでも浴びてこいよ」
「えー、一緒に入ろうよ」
「やだね」
達己は女性と一緒にシャワーを浴びることを嫌った。自分の貧相な体つきを見られるのが嫌だったのだ。そこまでは知らない千波は、一緒に入浴してくれないことを寂しく思っていた。しかし、いつものことだ、と仕方なく一人で浴室に行った。
千波がシャワーを浴びている間、達己は天井を見つめていた。彼女に指摘されたことが、胸に刺さっていた。そんなにも自分はアカリに対して本気なのか、と驚いた。
「あがったよー。次、入れば?」
ガウンを着た千波が、達己に声をかけた。
「そうする」
ベッドから跳ね起きた達己は、汗とともに、アカリの幻影を洗い流した。それから、身体を拭いて、歯をよく磨いた。千波はぷかぷかとタバコを吸って待っていた。
「そろそろ、私のこと飽きた? 達己」
そんなことを千波は言った。
「うん。飽きた。でも、お手軽だからな」
「私もすっかり飽きちゃった。けど、確かに便利よね、達己って。今日だって、急に呼び出したのに」
「それはたまたまだ。元々店に立つ日じゃなかったの」
「ま、いっか。こうして来てくれたんだし」
そうして男女は舌をからませた。すっかりくたびれてしまうまで、それは続いた。
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