40 カケルと仁

 ハノン達三人が共に生きることを決めた翌日。修斗の店には再び、いつものようなゆったりとした時間が流れていた。修斗はスマホを操作し、BGMを明るめのものに変えた。そういう気分だったのだ。達己はそんな修斗のご機嫌具合をよく感じ取っていた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは、シュウさん、達己。今日は仁を連れてきたよ」

「どうも。仁です」


 夜九時頃。他にお客は居なかったので、カケルと仁は真ん中の席に堂々と腰かけた。


「初めまして。あなたがカケルのパートナーですね?」

「そうっす。あんたがシュウさんって方ですね?」

「はい。こちらが達己です」


 仁は伸びた髪をわしゃわしゃとかき、カケルに言った。


「で? カケルのお気に入りはどっち?」

「正直に言うと、達己の血の方が好みかな」

「ふぅん」


 仁は達己を睨みつけた。これとよく似た目を向けられたことがあったな、と達己は思い返した。そうだ、アカリと弘治が来たときだった。仁も嫉妬するタイプなのだなと思いながらも、達己はカケルに言った。


「じゃあ、俺のからにする?」

「うん。そうする。仁は?」

「ウイスキー下さい。ロックで。銘柄は何でもいいっす」


 達己が特別な一杯を作り始め、修斗はしばし悩んだ後、グレンモーレンジィの瓶を取り出した。


「口当たりが良くてオススメですよ」


 修斗はそう言いながらウイスキーを仁の前に置いた。続いて達己もワイングラスをカケルに渡した。仁はこういう場には慣れていなかったが、酒だけは好きなので、勢いよくそれを飲んだ。


「ほんとだ。ちょっと、フルーティーな感じもしますね?」

「ええ。度数はそれなりにありますから、飲みすぎにはご注意下さい」

「仁は強いからね。大丈夫だよ、シュウさん。何しろ、酒飲みながら卒論やってたくらいだからね?」

「余計なこと言うなよ、カケル」


 仁の卒論は、一旦書き終わり、後は推敲をするのみとなっていた。その推敲こそが大変な作業なのだが、その景気づけに、彼らはこうして一杯やりにきたのである。


「それにしても、凄いっすね。吸血鬼相手に商売するなんて」


 仁が言った。


「ええ。僕くらいだと思いますよ? こういうことをしているのは」

「酔血持ちってめちゃくちゃ少ないらしいっすからね。それがここには三人も居るわけだ。カケル、ぶっちゃけ直接飲みたいとか思わないの?」

「いや? ここはそういうお店だから。風俗と一緒」

「おいおい、風俗呼ばわりしてくれるなよ」


 達己がカラカラと笑った。そして、カケルの調子に合わせた。


「何ならお代プラスして直接飲ませてあげても良いけど?」

「えっ、マジで?」

「こら、達己。それは禁止だと言ったはずです」


 昨日、ハノンには生き血をすすらせた修斗だったが、それは吸血鬼である証明のためであり、例外だった。カウンターを挟んだ以上、直に血を与えてはならないということを彼らは徹底していた。


「別に、僕はいいけど? カケルが達己くんとパートナーになりたいんだったら、代わるよ」

「だからすぐ拗ねんなって。仁の血が一番だよ」

「本当に? 僕なんかの血が本当に良いわけ?」

「本当だってば」


 仁の精神年齢は割と幼いらしい。そう感じ取った達己は、これ以上ふざけるのはやめておいてやろうと思った。そう思ったのはカケルも同様で、強引に話題を変えた。


「そういえば、エスプリのモモネちゃん! ここに通っているんでしょう?」

「ああ、そういえば梅元さんに吹き込まれていたな。投票したの?」


 達己が聞いた。


「もちろん! オレ、番組全部見て、メールも送ったもん。モモネをどうにかしてエスプリに入れろって」

「……カケル、いつからアイドルオタクになったの?」


 仁が呆れた声を出した。桃音の存在を、彼は知らなかった。


「オレ、一度会ってみたいんだよなぁ」

「へえ、画面越しでも分かるのか? 彼女も酔血持ちだよ」


 達己が余計な一言を出してしまった。


「マジで!? あの可愛さで酔血持ちかよ!? パートナーは!?」

「今んとこ居ないけど、アプローチかけてる吸血鬼は居るよ。ヒカルって子」

「ヒカル? なんか聞いたことあるような……。親は誰?」


 それには修斗が答えた。


「ヒロコさん、という方だそうです」

「マジかよ。ヒロコさんの子? だったらオレとは、いとこみたいなもんです」


 どうやら、カケルの親とヒロコは、同じ祖を持つらしい。なのでいとこという表現をカケルはした。


「なんか、僕の知らない名前がどんどん出てくるんだけど?」


 背の低いグラスを傾けながら、仁は不機嫌そうだった。それを見たカケルは、肘で仁を小突いた。


「だからいちいち拗ねるなってば」

「拗ねてない。会話についていけないからつまらないだけ」


 素直なのか、ひねくれているのか。それを両方併せ持つのが仁の魅力なのか。そういう風に修斗は考えていた。それから、カケルは仁のご機嫌取りに必死になり、あっという間に夜が更けていった。

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