39 共に生きる

 夜七時。脩斗の店は貸し切り状態となっていた。ハノンと冬馬はすでにそこに居て、恭子が来るのを脩斗と達己と一緒に待っていた。

 ためらいがちに、ゆっくりと扉が開かれた。黒いロングコートを着た恭子は、初めて見る白銀の髪の男性の姿に鼓動が高鳴った。


「いらっしゃいませ、恭子さん」


 脩斗はコートを預り、冬馬の右隣に座るよう恭子を促した。冬馬の左隣にハノンがいるから、彼が間に挟まれた格好だ。


「こんばんは。わたしが恭子です」

「ボクがハノン。ありがとうね、今夜はわざわざ来てくれて」


 恭子は冬馬に予め言われていた。ハノンを紹介すると。そして、にわかには信じがたいような話をするのだと。彼女はすっかり身構えていた。ハノンとは、一体どういう男性なのだろうか。


「さて、まずはお酒でも頼もうか。ボクはブレンドで。お二人は?」

「オレはジントニックを」

「わたしもジントニックで」


 三人の酒は達己が作った。脩斗はいつも通りの穏和な笑みで、彼らのことを見つめていた。


「お待たせしました」


 達己が次々とグラスを置いた。三人はまず、乾杯した。切り出したのは、冬馬からだった。


「単刀直入に言おう、恭子ちゃん。ハノンは、吸血鬼だ」

「……はい?」


 きょとんとしたまま、微動だに出来ない恭子。その反応を予測していた冬馬は、気にせず続けた。


「オレは十年以上前から、ハノンと同居し、血を分け与えている。酔血持ちといってな。オレの血は、とても珍しい血らしいんだ。だから、最低でも週に一度、数滴与えれば彼は生きていける。そうやって、オレたちはパートナーとして暮らしてきたんだ」


 一気にそう言い終えた冬馬は、恭子の様子を伺った。彼女は修斗の様子を気にしているようだった。


「本当のことですよ、恭子さん。そして、僕と達己も酔血持ちです。このバーは、吸血鬼さまに向けて、血を混ぜた赤ワインを提供しているんです」


 修斗までが真面目にそう言うので、自分が担がれているのでは無いかと思った恭子は、しばし沈黙した後、こう言った。


「でも、なぜそれをわたしに話したんですか?」

「恭子ちゃん。オレは、ハノンとパートナー関係を結んだままで、君と結婚を前提に付き合っていきたい。だから話した。信じられないようだったら、証拠を見せてあげてもいい」

「お願いします」


 これは、示し合わせていたことだった。


「恭子ちゃん。今からボクが修斗の血を吸うから、瞳を見てて。色が変わる」


 カウンター越しに、修斗は右手を差し出した。ハノンは恭子の方を見たまま、人差し指から血を吸った。赤く濁っていくその様子に、恭子は息を飲んだ。


「傷口は、こうすれば治る」


 ハノンは修斗の人差し指を舐めた。修斗はそれを恭子に見せた。


「本当、なんですね」

「そうだよ。ボクはこの十年間、ずっと冬馬の血を吸って生きていた。でも、冬馬と恭子ちゃんの幸せも願っている。だから、必要とあればボクは身を引くよ」

「ハノン!?」


 これは、打合せには無いセリフだった。冬馬はハノンの茶色に戻った瞳を見た。ハノンも真っ直ぐに、見つめ返した。達己はそんな彼らの様子を、固唾を飲んで見守っていた。今日、彼の役割は、お酒を作ることのみだ。そして、証拠を見せ終わったところで、修斗の役目も終わった。


「いいかい、恭子ちゃん。吸血鬼は、人に依存しないと生きていけない。今までの生活も、ずっとボクは冬馬に頼りきっていた。住むところとか、光熱費とかね。その負担を、若い二人に押し付けるのはどうなのかって正直思うんだ」


 恭子は一度目を閉じ、深呼吸をした後、ハノンに言った。


「わたしは……わたしは、構いません。冬馬さんは仰っていました。ハノンさんは家族のようなものだと。だったらわたしも、ハノンさんの家族になりたいです」


 意表を突かれた言葉に、吸血鬼は目を点にした。てっきりこわがられたり、嫌われたりするものだとばかり彼は思っていたのである。


「冬馬さん。わたしと結婚してください。その上で、ハノンさんとの時間も過ごせるよう、わたしは努力するつもりです。もう、何を言われても揺るぎません。とっくにその覚悟はできています」


 頑固なところは冬馬と似ているな、と内心ハノンは思っていた。だからこそ、二人は惹かれ合ったのかもしれないとまで感じた。


「恭子ちゃん……本当に、いいのかい? 結婚したとして、その家計の中からハノンの生活費を出すことになる」

「はい、構いません。わたし、冬馬さんのこと本気で好きですから。それに、ハノンさんのことも、好きになっていきたいです」

「……大したもんだね、冬馬が惚れた子っていうのは。お見事だよ。いいよ、恭子ちゃん。三人で共に生きる方法を、探っていこうか?」

「はい、ぜひ!」


 恭子の目から、涙がこぼれ落ちた。意図せずプロポーズしてしまった自分への驚きもあった。しかし何より、重大な秘密を打ち明けてくれた冬馬の実直さに、彼女は心打たれたのであった。

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