38 年始
年が明けた最初の営業日。久しぶりに、脩斗は店に立った。達己も一緒だ。
「もう、本当に大丈夫なの?」
「ええ。寝てばかりいても腰が痛いですからね。そろそろ身体を動かさないと」
脩斗のネクタイには、アカリから貰ったネクタイピンが留まっていた。彼もまた、このクリスマスプレゼントを喜んでいた。
「似合うよ、シュウさん」
「達己も。お揃いなのが嬉しいですね?」
「はいはい」
初めてのお客は、ハノンだった。
「明けましておめでとう! もしかしてボクが最初のお客さま?」
「ええ、そうですよ。今年もよろしくお願いします」
「お願いしまーす」
脩斗の予想通り、ハノンはまずブレンドを注文した。一週間以上、仕事をしていなかった脩斗であったが、特別な一杯を滑らかな動作で作ることができた。
「あー、やっぱり美味しいや。まあ、冬馬のが一番ではあるけどね?」
「そういえば、恭子さん、でしたっけ。彼女とはどうなったんですか?」
脩斗が聞くと、待ってましたとばかりにハノンは語り出した。
「ボクのことを、包み隠さず言うことになった。吸血鬼の存在も明かす。その上で、恭子ちゃんが冬馬との付き合いを続けるのか決めて貰う。それでね、脩斗。この店を使ってもいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう。ボクとしちゃあ、ヒヤヒヤしてるんだよ。今まで一度だって、そういった関係を作ったことはないからね」
それからするすると話は進み、三人がここで待ち合わせて「これからのこと」を相談することに決まった。
次にやって来たのはセツナだった。
「ハノンじゃないか」
「やっほーセツナ。明けましておめでとう! ささっ、隣座りなよ」
セツナはブレンドを注文した。ハノンと同じく、これを気に入ったようだ。
「ところで、ハノンさんとセツナさんってどちらが年上なんっすか?」
達己が尋ねると、二人は顔を見合わせた。
「ハノンの方が上じゃないかな? だってほら、親が……」
「あー、セツナ、その話はパス」
いつも明け透けに物事を言うハノンが話題を止めたことに、脩斗も達己も驚いていた。よっぽど聞いてほしくないことなのだろう、と思った脩斗は、別の話を振った。
「セツナさんは、パートナー探しはいかがですか?」
「上手くいかないもんだね。まあ、気長に構えてるよ。この前の酔血持ちの子は、ヒカルちゃんに先越されちゃったしね」
「なになに!? その話、知らない!」
セツナはハノンに、桃音の一件を話した。
「実はボク、桃音ちゃんのこと知ってたんだよね。でも、不公平になると思って言わなかったってわけ」
「ああ、それで良いんだよハノン。あたしだって年は食ってるんだ。若い吸血鬼に今回は譲るさ」
さらに、吸血鬼がやって来た。カケルだ。
「明けましておめでとうございます、シュウさん、達己」
カケルはセツナとは面識が無かったが、同族だとすぐ気付いたので、彼女の隣に座った。
「初めまして。カケルです」
「あたしはセツナ。よろしくね」
「カケル、ボクとは久しぶりだね! 彼とは順調?」
「順調っすよ、ハノンさん。今、あいつ帰省してるんで、暇でここ来ました」
カケルは達己に声をかけると、彼の特別な一杯を頼んだ。吸血鬼がわらわらと集まり出した店内。まさか、アカリやヒカルまで来るんじゃないだろうなと思った達己だったが、さすがにそれは無かった。
「へえ、大学生のパートナーなんだね」
「そうっす、セツナさん。春から社会人なんで、バッチリ養ってもらいます」
「いいねぇ。今、あたしはパートナーが居ないんだ。出会いは?」
「道で偶然、すれ違って。そこからストーキングして、古着屋でバイトしてるのを突き止めて、客になって口説いたってわけです」
「カケルお前、ストーカーしてたのか?」
呆れたような声を達己が出した。
「そうだぞ。そうでもしないと、パートナーにはなれないもんだ。達己こそ、最近はどうなんだよ。人間同士ならまだ簡単だろう?」
「俺の話はよせよ、カケル。俺まだ今年で二十四だぞ? 結婚とか考えてねぇっつーの」
そう言う達己に、セツナがこんなことを述べた。
「もしかしたら、吸血鬼のパートナーになるかもしれないしね。達己くんほどの美味しい血なら、あたしだって本当は名乗りをあげたいもの」
「済みません、セツナさん。誰かのパートナーになっちゃうと、この店追い出されるんで」
「追い出すだなんて、人聞きが悪いですよ、達己。でもまあ、そういう取り決めをしましたからね」
この店で血を提供する間は、誰のパートナーにもならないこと。それが、脩斗と達己の間の約束だった。
「でも、僕はいいんですよ? 達己が誰かとパートナーになりたいのなら、いつでも言ってください」
「俺はこの店が気に入ってるからさ。そんなことにはならないよ、シュウさん」
「ふぅん、なるほど。脩斗のパートナーで居たいってわけね? 達己ったらー」
へらへらと笑うハノンに、達己は困り顔を浮かべるので精一杯だった。
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