33 お見舞い

 クリスマスが終わり、一気にツリーやリースが片付けられた街中。昼間の住宅街に、サングラスをかけた白銀の髪の吸血鬼が現れた。彼は真っ直ぐに脩斗の住むマンションへ行くと、インターホンを押した。


「ハノンだよー」

「ハノンさん? どうぞ」


 ハノンは店に来るときとは違い、ラフなダウンジャケットとパーカー姿だった。スーツに見慣れていた脩斗は、珍しいなと思いながら、部屋の中へ彼を招き入れた。


「頭痛、どうなの?」

「まだ少し。薬は飲んでいるんですけどね」

「何が要るのか分かんなかったから、とりあえず手ぶらで来たよ。どうしよう? 買ってきて欲しいものとかある? それとも、食べるもの作ってあげようか?」

「いいんですか?」

「そうだ、雑炊とかなら食べられそう? ボク、卵とか買ってきて、ちゃちゃっと作るよ」

「ぜひ……お願いします」


 世話焼きの吸血鬼は、まずは炊飯器に米をセットした後、近所のスーパーへと向かった。脩斗が元々自炊をあまりしない方だと彼は知っていた。なので、手作りのご飯が一番喜ぶだろうとは分かっていた。

 それに、ハノンがわざわざ脩斗の元へ来たのは、彼が頼れる相手がハノンしか居ないだろうと踏んでのことだった。倒れた直後の世話は達己がやったが、彼は十歳以上年下だ。それからのことは、きっと達己相手だと遠慮してしまうだろう。だから押し掛けるような真似をしたのだった。


「さーて、ハノンさんの作るご飯は美味しいよ? 何しろ何十年も専業シュフやってるからね。そんじょそこらの人間には負けないよ?」

「ふふっ、それは楽しみです」

「脩斗、ゆっくり横になって待ってて」


 ハノンの言葉に甘えた修斗は、ベッドに寝転がったまま、吸血鬼が料理をするのを待っていた。ほどなくして、卵をたっぷり入れた雑炊が出来上がった。


「いただきます」

「どうかな?」

「すっごく、美味しいです」


 柔らかな卵の食感と甘い香りを修斗は堪能した。誰かに作ってもらうご飯を食べることなど、ここ何年も無いことだった。

 ハノンにしか告げていないことだったが、修斗の両親と弟はとっくの昔に亡くなっていた。交通事故だった。天涯孤独の身となった修斗にとって、頼れる肉親という者はもうこの世に存在しなかった。


「やっぱり、人の手を借りなきゃダメですね、こういうとき」

「吸血鬼だけどね?」

「生き血でお返ししましょうか?」


 珍しく脩斗が冗談を言った。


「病人の血をすするほど飢えてはいないよ、バカ。それよりさ、一体どうして倒れたの?」


 ハノンがアカリから伝え聞いていたのは、頭痛で倒れた、ということだけだったので、修斗は事の次第を話し出した。


「頭痛外来かぁ。ちょっと調べたげる。年末年始で医者も閉まるでしょう? 大丈夫そうだったら、午後診でどっか診てもらおうよ。ボクも付き添うからさ」

「ありがとうございます」


 それから、ハノンが見つけた医院に二人は行った。救急での検査に問題が無い以上、やはり原因は特定できない。代わりに、漢方を処方された。これが効いて、早くカウンターに立てればいいのだが、と修斗は思った。

 帰宅した二人は、ソファに横並びになって「これからのこと」を話し始めた。


「今のストックが切れたら、もう達己のだけで何とかお願いするしかないですね」


 血の話だった。現在、パートナーがおらず定期的に通っているのは、ヒカルとセツナの二人。ヒカルはともかく、セツナは高齢の吸血鬼だから、特別な一杯だけに頼らずとも何とかやっていけるだろうとハノンは見当をつけていた。


「店自体もさ、無理して開ける必要は無いんじゃない?」

「僕もそう思います。ただ、達己が開けたがっているようでしてね。その辺はもう、彼に任せてしまおうと思っています」


 再び、めまいのようなものに襲われた修斗は、断りを入れてベッドに横になった。彼の右手を、ハノンは軽く握った。


「修斗は頑張り屋さんだから。出会ったときからそうだった」

「僕にとっては、懐かしい話です。ハノンさんは?」

「つい昨日のことのように覚えてるよ」


 それから、ハノンはゆっくりと修斗の肩をさすり、とんとんと優しく叩きはじめた。まるで親が子にするような仕草であった。修斗の孤独を唯一知るハノンにとって、それは当然の行為だった。


「六年前。一博のバーで働いていたとき。あのときから、修斗は頑張ってた。早く独立したいっていう焦りもあったんだろうけどね? 傍から見てると、心配なこともあったよ」

「そうなんですね……」

「でもこうして、今は一人前のバーテンダーになった。それ自体、誇れることだと思うよ?」


 そうしてハノンは、昔話を始めた。

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