30 クリスマス・イブ
クリスマス・イブがやってきた。
その日、冬馬は恭子の家に居た。在宅勤務を早々に切り上げ、急いで向かったのだ。
恭子は張り切ってディナーを手作りしていた。冬馬はそれまで、イブの日はハノンと二人きりだったので、人間と取るそういった夕食を楽しみにしていた。
冬馬が買ってきたシャンパンを飲み干し、二人はキスをした。恭子の手が首筋に伸びるのを、彼は制した。
「ごめん。それ以上のことは、ハノンを紹介してからにしたい」
「分かりました」
とはいえ、恋人同士となった二人だ。酔いも回っていたし、軽くじゃれ合い、イブの夜を楽しんだ。
***
ディナーを手作りしていたのは、アカリも同じだった。さらに、ケーキも用意していた。もちろんそれらを食べられない彼女は、弘治の食いつきっぷりを見て、それで満足した。
「今度はアカリね。はい」
弘治は右手を差し出した。するとアカリは首を振った。
「ねえ、今度からは、左手からでもいい? その……薬指から」
はにかんだ弘治は、うやうやしく左手を出した。
「はい、どーぞ」
「んっ……」
かぷりと薬指を噛んだアカリは、身を震わせた。今夜の血は、なぜか甘く思えた。
「そうだ。これ、プレゼント」
弘治が用意していたのは、片手に乗るくらいの小さな箱だった。アカリはその場で中身を確かめた。ルビーがあしらわれたピアスだった。
「ありがとう、弘治!」
「えへへ。アカリなら、こういうの似合うと思って」
我慢ができなかったアカリは、早速ピアスを身に付けてみた。
「どう?」
「すっげー可愛い。それにして良かった」
アカリのサンタクロースになれたことに、弘治は幸福だった。当然、アカリも。
***
二組の男女が微笑ましい夜を送っている間、カケルは仁に文句を言われていた。
「おい、ホールなんて買ってきてどうするんだよ。カケルは食べないのに」
「だって、可愛かったんだもの。それでも一番小さいサイズだぞ?」
ローテーブルには、サンタクロースの飾りが乗った生チョコレートのケーキがあった。
「クリームくらいなら大丈夫でしょ? ほら、舐めろよ」
「やめろって仁」
仁はクリームを指ですくってカケルに舐めとらせた。そのままの勢いで、カケルは歯を立て、血を吸った。
「まったくもう、僕の胃袋を考えてからにしてよね? 二日に分けて食べるよ」
血を与えながら、仁は言った。
***
ゆっくりと自宅でのイブを送っている吸血鬼たちが居る一方、ヒカルはサンタ服を着てスナックに居た。かきいれ時だ。
「ヒカルちゃんってば、イブの夜も何も食べないの?」
梓が聞いた。ダイエット中だ、とヒカルは雇い主に告げていた。
「はい、済みません」
「徹底してるわね、最近の子は」
ヒカルはお客たちの求めに応え、次々と酒を注いで回った。忙しさに目が回りそうだったが、これが終わればしばらく休みが貰えるので、張り切って仕事にかかった。
***
賑やかなイブを過ごしている者も居る一方、一人静かな夜を送っている者も居た。桃音だ。
『年末には一度帰ってきなさい』
三日前に父親からきたそんなラインを、既読だけつけて置いていた。桃音はコンビニで買ってきたチューハイの缶を開け、そのまま口をつけてぐびぐびと飲んだ。
一缶開けたところで、もうしんどくなってしまい、桃音はベッドに倒れこんだ。そうだ、こんな日こそシュウさんの店にでも行けば良かった。そう思いながら、彼女は眠り込んでしまった。
***
開店前の「
「なあ、シュウさん、この在庫って……シュウさん!?」
達己が見ると、客席と壁の間に、脩斗は座り込んでいた。
「おい、シュウさん! 大丈夫か!」
「済みません……ちょっと、頭痛が……」
そのままふらりと上体を床に預け、脩斗はすっかり倒れこんでしまった。
「ちょっ、どうしよう。シュウさん。シュウさん!」
達己はためらっていた。この程度のことで、救急車を呼んでもいいものか。しかし、頭痛というのが気になる。動かすのもまずいような病気だったとしたら? 達己は思い切ってスマホを取り出した。
「あっハイ……住所ですか? えっと……」
慌てて達己は店の名刺を取り出し、住所を告げた。ほどなくして現れた救急隊員と一緒に脩斗を運びだし、達己も救急車に乗った。
***
「あれ? イブも開けるって言ってたのになぁ」
セツナを連れたハノンは、「closed」の札がかかっていることに驚いた。念のため、扉を開けようとしてみたが、達己はしっかり施錠してから救急車に乗ったため、開かなかった。
そんな事情を知らない吸血鬼二人は途方に暮れた。
「仕方ないね、ハノン。どうする?」
「どこか適当なバーでも行こうか。セツナは普通のお酒も飲めるんでしょう?」
「ハノンよりは強いと思うよ」
「何さ、それー。まあいいや。さて、どうするかなぁ……」
呑気な声を出しながら、二人はイブの雑踏の中に消えていった。
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