29 酔血
酔血持ちであること。それは、吸血鬼から目をつけられるということだった。
達己のときは、タイミングが良かった。彼は就職先が見つからず悩んでいたし、脩斗としても、そろそろ誰かを雇いたかった。なので、ハノンも交えて、酔血持ちとしてここで働かないかと説得したのであった。
「まずは吸血鬼の存在から説明しなくちゃだからね……」
ハノンは遠い目をした。
「達己はやけにあっさりと信じましたよね。僕としてはありがたかったですけど」
「まあ、脩斗が変な冗談を言う方じゃ無いって分かってたから信じたんだと思うよ」
「桃音さんも、信じてくれるでしょうか?」
「分かんないね、まだ。それより、いきなりヒカルとかと出くわしたらまずい。彼女をきっと口説き落としにかかるだろう?」
「そうですね……」
ヒカルは週一回のペースでこの店に来ていた。この先、桃音がどういう進路を選ぶかは分からなかったが、偶然この店で出会うこともあるかもしれない。二人はその心配をしていた。
「先に、ヒカルに告げておくのはどうですか? 酔血持ちの女性が居ると」
「そうだね。ヒカル、パートナーは出来れば女の子がいいとかも言ってたから、喜ぶだろうね」
「もし、二人がパートナーになったら……」
「うん。ボクたちにとっても、一番いい結果だ」
しかし、と脩斗は思い当たった。セツナの存在だ。彼女はパートナーを亡くし、次の酔血持ちを探しているはずだった。
「でも、ハノンさん。セツナさんってご存知ですよね?」
「ああ、あの子もパートナー居ないんだった。それじゃあ、ヒカルにだけ教えるのはちょっと不公平だよね?」
「ですよね。どうしましょうか?」
「しばらくは、様子見しよっか? 桃音ちゃんも、実家に帰るかもしれないんでしょう? だったらボクたちの出る幕じゃないや」
二杯目となるブレンドを飲み干し、ハノンはため息をついた。脩斗は黙ってお代わりを作り始めた。
「脩斗。この仕事、楽しい?」
組んだ指に顎を乗せながら、ハノンが尋ねた。
「ええ、楽しいですよ?」
「本当に? 吸血鬼と関わるようなことして、後悔してない?」
少し、間があった。それは、脩斗が真剣にその問いに対しての答えを出そうとしたがためであった。
「危ない仕事をしているという自覚はありますよ。自分の血を抜いてお酒に混ぜてるんですからね。でも、後悔したことは一度だって無いです」
「そっか。それなら良かった」
脩斗は三杯目をハノンに差し出した。グラスを受けとったハノンの瞳には、ただ真っ直ぐな表情をする脩斗の顔が映し出されていた。
「さーて、もうすぐクリスマスだね?」
ハノンは話を切り上げた。
「そうですね。期間中、店は開けておきますので」
「達己は?」
「彼ももちろん。ほら、決まった恋人が居ないと、こういうとき便利ですね?」
「あはっ、本当だねぇ」
「年末年始もギリギリまでは開けますよ」
帰省の話をハノンは出さなかった。脩斗にはもう、帰る所が無いことを知っていたからであった。
「それじゃあ、イブはセツナでも誘ってここ来ようかな? ほら、冬馬には恋人できちゃったし」
「そうだ。あの後どうなんです?」
「三人で会うことになったよ。もちろんこの店でね。そのときはよろしくね? 冬馬は、恭子ちゃんと付き合いながら、ボクの酔血であり続けるつもりだから」
「そうでしたか。分かりました」
それ以上聞いてこようとしない脩斗にやきもきしたハノンは、自分から話し始めた。
「ボクだって、冬馬を一人占めできなくなるのは嫌だよ? 酔血持ちを見つけた吸血鬼というのは、途端に執念深くなるものなんだ。でも、それ以上にボクは、冬馬の人間としての幸せを願っているから」
一息にそう言い、ゆっくりと目を閉じたハノンは、そっと吐息を漏らした。
「お優しいんですね、ハノンさんは」
「罪滅ぼしみたいなもんだよ。今までのパートナーのね。最初の方は酷かったさ。無理やり拘束したこともあった。……文字通りの意味でね?」
「ハノンさんが仰ると、洒落にならないですねぇ」
脩斗は苦笑した。それから、人間のお客がやってきたので、ハノンはもう三杯で打ち止めにすることにして、店を出た。
それから、その日の営業を終えた脩斗は、ハノンに言われたことを思い返していた。吸血鬼相手に仕事をすること。確かに、それ自体に後悔は無い。それに、達己も居る。
不安要素は無くはないが、当分はこのまま、平穏に店を回していければいい。それが彼の願いだった。
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