28 結果

 桃音のオーディションの結果が出た。落選だった。彼女に投票した全ての人間や吸血鬼がそれに落胆した。もちろん、脩斗もだ。

 その日は梅元が桃音を連れてやってきた。結果が分かって二日後のことだった。


「シュウさん、ダメだった。応援してくれてたのに、ごめんね?」


 桃音の目の下にはくまが出来ていた。散々泣いたのだろうと修斗は思った。


「いえ、いいんです。それより、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないから、シュウくんの顔を見に来させたんだ。だよな? 桃音」


 梅元は、桃音の肩をとんとんと叩くと、酒を勧めた。


「やっぱり今日も、カシスオレンジで」

「俺はビールな」

「かしこまりました」


 今夜は達己は休みだった。時刻は夜九時過ぎで、外は雨が降っていた。そんなしっとりとした夜に、桃音は梅元に誘われたことに感謝した。落選してすぐに思い浮かべたのが修斗の顔だったのだが、一人でこの店の階段を上れるほどの勇気はなく、そうこうしていると梅元から連絡があったわけである。


「実家、帰らなくちゃダメなんですよね」


 桃音がぽつりと漏らした。それは以前から彼女が言っていたことだった。


「もう一度、説得してどうにかならないか? 今回、最終まで残ったんだ。次はいけるかもしれん」


 ふるふると桃音は首を振った。


「無理ですよ。うちの親、本当に頭堅いし。どうにもならないです」


 修斗が酒を出した。軽く乾杯した梅元と桃音は、しばらく黙り込んでしまっていた。そこへ、明るく呑気な声がかかった。


「やっほー、修斗」

「いらっしゃいませ、ハノンさん。今夜はお一人ですか?」

「うん、そうだよ。あっ、どうもこんばんは」


 白銀の髪を揺らした、美麗なスーツ姿の青年に、梅元は一瞬見惚れてしまった。


「こんばんは。俺は梅元。こっちは桃音」

「ハノンです。パパ活じゃないっすよね?」

「ははっ、そう見えても仕方ないか」


 ハノンは桃音の右隣に腰かけた。左に居る梅元に挟まれる格好だ。パパ活に見られた、というのが滑稽で、桃音の顔には笑みが差していた。またもや一気に場を変えてしまったな、と修斗は思った。


「桃音、アイドル目指してて。オーディション受けてたんですけど、最終で落ちちゃったんです」

「そうだったんだ。残念だったね」

「地元に帰って就職しろって親からは言われてます。でも、そうする気なんてまるで起きなくて」

「いいんじゃないの? 親の言うことなんか聞かなくてもさぁ」


 うちの娘だって言うこと聞かないよ? そんなことを言いかけたハノンだったが、何とか口に出さずに済んだ。彼の外見からだと、子供が居るだなんていうのは不自然だ。それで、ハノンは子供の目線から物事を言った。


「ボクも親に逆らってばっかりだったよ。けど、そのお陰で今がある。自活できる能力さえあれば、何やってもいいと思うよ?」

「そうなんですかね……」


 桃音はカウンターに目を落とした。


「まあ、アレだ。桃音も二十歳なんだ。自分のことは、自分で決めてもいい年齢だぞ」


 二人の言葉に支えられ、桃音は「これからのこと」を前向きに考え始めた。アイドルになりたいという夢は、やっぱり捨てきれなかった。ふいに、ハノンが聞いた。


「桃音ちゃんは恋人とか居るの?」

「い、いませんよ! 一応、アイドル目指してるんで」

「そっかぁ。一緒に暮らしてる人とかは?」

「いえ、一人暮らしです」

「桃音はシュウくんがタイプなんだ。なあ?」


 梅元がニヤニヤと修斗に向かって笑いかけた。


「も、もう! 梅元さんってば!」

「最初に店に来たときは、恋人候補になりたいとか言ってたぞ?」

「あれは酔った勢いですから!」


 修斗は眉根を下げて彼らの言い合いを眺めていた。ハノンが加勢した。


「あー、修斗はやめときな。本当にこの子、恋愛に興味無いから」

「いえ、興味が無いことは無いですよ?」


 小首を傾げ、修斗が笑った。


「出会ってから一度も、浮いた話聞かないけどね?」

「えっ、そうなんですか?」

「そうだよ、桃音ちゃん。こいつ、草食系っていうか絶食系だから。落とすの無理だと思うよ?」

「落とす気なんてないですから!」


 段々と桃音の声も大きく弾むようになってきた。しかし、酒の弱い彼女のことを思った梅元は、一杯だけで帰ることにした。これでも十分、元気づけになっただろう。


「お気をつけて。おやすみなさい」


 彼らを見送った修斗は、店に残ったハノンが、先ほどとは打って変わって真剣な眼差しをしていることに気付いた。コホン、と咳払いをして、彼の口が開かれるのを待った。


「……修斗。あの、桃音って子、酔血持ちだ」


 ハノンは爪を噛んだ。それは、彼が不安になったときによくやる仕草だった。


「そうですか。彼女の魅力も、酔血から来るものですか?」

「だろうね。ここに入ったときにすぐ分かったよ。まだ自覚は無いみたいだね」

「どうします? 彼女は何度かうちの店を訪れてくれているんですよ」

「どうしようかなぁ……。ちょっと、考えようか?」


 ハノンは空になったワイングラスを突き出した。

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