26 恭子

 新しい吸血鬼がやってきた翌日。修斗は一人でカウンターに立っていた。二人連れの人間の客がおり、彼らと談笑していた。時計の針が夜九時を指した頃、ハノンのパートナーである冬馬が女性を連れてやってきた。


「いらっしゃいませ、冬馬さん。本日はお二人で?」

「ええ。会社の後輩です」

「こんばんは。恭子きょうこです」


 恭子はストレートの黒髪を顎の下辺りで切り揃えた髪型をしていた。顔立ちは非常に幼げで愛くるしく、冬馬が入れ込んでしまうのも無理は無いなと脩斗は思った。


「恭子ちゃん、何にする?」

「わたし、バーって初めてで。よく分からないんですよね」


 きょろきょろと周りを見回しながら恭子は言った。


「それじゃあ、カシスオレンジでも頼めばいいんじゃないかな。居酒屋のやつとはまるで違うよ? ああ、シュウさん、オレはジントニックで」

「かしこまりました」


 修斗は二人分の酒を一気に作り終えると、彼らに差し出した。


「いただきます」


 恭子はバーで飲む初めてのカクテルに驚愕した。確かに、いつも居酒屋で頼むようなものとはわけが違う。しっかりとした果実の甘味が、口いっぱいに広がっていった。


「すっごく美味しいです、冬馬さん」

「だろ? まあ、緊張しないで気楽に飲んだらいいよ。ここはそういう場所だから」


 今夜、このバーに連れてきてもらえたことで、恭子は冬馬との距離が着実に近付いていると喜んでいた。彼らはまだ、恋人とかそういう間柄では無かったが、ただの先輩後輩とはいえない雰囲気が彼らからかもしだされていた。

 修斗はもちろん、ハノンから聞かされていた例の彼女だということは分かっていたが、それを口に出すような無作法な真似はしなかった。


「今夜は二軒目なんですよ。居酒屋で腹ごしらえをしてきました」


 冬馬が言うと、恭子ははしゃいだ声を出した。


「あの居酒屋さんも、とっても良かったです! 冬馬さんって、お洒落なところよく知ってらっしゃいますね?」

「それが趣味みたいなもんだからな。気に入ってもらえたようで良かった」


 二人連れの客が、修斗を呼んだ。会計をしてくれとのことだった。彼は伝票を確認すると、お代を告げた。その間に、冬馬と恭子は話を進めていた。


「実はオレ、ルームメイトが居るんだ。男の子でね。二人で暮らして十年くらいになる」


 恭子は内心落胆していた。いつか彼と恋人になれたら、彼の家に呼んでもらえるかもしれないという期待を持っていたのだ。しかし彼女はめげなかった。


「そうだったんですね。わたし、冬馬さんのこともっと知りたいです。どういう方ですか?」

「仕事は特にやってなくて、専業シュフのようなことをしてくれているよ」

「えっと、それはつまり……」

「恋人とか、そういうのじゃあない。けどまあ、付き合いが長い分、家族みたいな関係にあるのは確かだな」


 脩斗が客を見送るため、一旦カウンターを離れた。家族、という一言が恭子の胸を刺した。そして冬馬は言った。


「恭子ちゃん。君さえ良ければ、いつか彼を紹介したい」

「それって……」


 恭子は唇を結んだ。冬馬はしっかりと彼女の目を見ながら言い放った。


「うん。オレと正式にお付き合いしてほしい」

「は、はい!」


 恭子は突然の告白に、心臓が飛び出しそうだった。脩斗が戻ってきて、彼らの顔を交互に見比べた。二人とも、照れくさそうな表情を浮かべていた。


「どうかされました?」


 彼らの会話をきちんとは聞けていなかった脩斗は、ある程度の予測はしつつも、そんなことを言ってみた。冬馬は堂々と言い放った。


「今、オレの彼女になってもらいました」

「それはおめでとうございます」


 優しい店主マスターの祝福に、恭子はますます顔を赤らめた。


「ハノンを紹介するのに、この店をまた使っても?」

「ええ、もちろん良いですよ」

「ハノンさん……っていうんですか? 珍しいお名前なんですね」


 恭子が首を傾げた。


「本名じゃないらしい。まあ、複雑でね。その辺りも含めて、恭子ちゃんには色々と説明しておかなきゃいけないことが多いんだ」

「大丈夫です。わたし、ちゃんと覚悟はできています」


 恭子は既に冬馬から聞いていた。次に付き合うなら、結婚を前提に、家族となれる人とがいいと。その人に、自分を選んでもらえたことに、彼女は感極まっていた。


「シャンパンでもあけますか?」


 修斗がボトルを指しながら言った。


「ははっ、シュウさん、商売上手だね。ぜひ頼むよ」

「かしこまりました」

「シュウさんも飲みなよ」

「では、お言葉に甘えて」


 三人はグラスを打ち、ゆっくりとシャンパンを味わった。しかし恭子には、よく味が分からないでいた。まさか今日、この場で告白されるとは思ってもいなかったのである。


「冬馬さん、その、これからよろしくお願いします」

「冬馬でいいよ」

「いえ、しばらくはさん付けさせてください。何か、その方が落ち着きますし」


 初々しい彼らの様子に、脩斗の頬が緩んだ。それから、フルーツか何かあったはずだ、と冷蔵庫を開けた。確かにイチゴがあった。それをガラスのプレートに乗せ、二人に差し出した。


「わあ、可愛いですね」

「ありがとう、シュウさん」

「頂き物なんですけどね。お二人でどうぞ」


 晴れて恋人同士となった二人。しかし、その後ハノンとのことは一体どうするのか。脩斗は不安になった。彼らはこの前言っていた。ハノンとの関係も続けていくための方法を、模索すると。

 それなら自分は、それとなくサポートする必要があるだろう。脩斗はそう考えた。次は三人で、この店に現れることがあるのだろう。彼はその日を待ち遠しく思った。

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