23 コスモポリタン

 千波と別れ、一旦自宅に戻り、家事を片付けて休憩してから、達己は店に向かった。木曜日の店に一人で立つのは久しぶりだった。修斗の体調が気になった彼は、開店前にラインを打った。


『体調、どう?』


 返事はすぐに来た。


『おかげさまで、大丈夫になってきました。今夜の営業、よろしくお願いします』


 修斗は余計な嘘をつく方ではない。本当に大丈夫なのだろうと思った達己は、店を開けた。一人目のお客は、吸血鬼だった。


「いらっしゃいませ。おっ、カケル!」

「よう、達己。久しぶりだな」


 カケルは真ん中の方の席についた。


「この前は会えなかったからな。木曜日なら、二人とも居るって聞いて」

「あいにく、シュウさんは今日は休みなんだよ」


 達己は眉をひそめた。


「どうしたの?」

「風邪ひいたみたい。でも、そんなに心配要らないよ。で、今日は俺の飲む?」

「ぜひぜひ!」


 カケルはどちらかというと、達己の血が好みだった。本人の目の前で飲むのは尚更美味しい。彼は特別な一杯をゆったりと味わった。


「パートナー、四年生なのに就職決まってないんだってな? シュウさんから聞いたよ」

「それが、何とか決まってね。あとは卒論だけ。卒業できるかどうかが今度は心配だよ」


 タバコを取り出したカケルは、それに火をつけた。


「達己も吸えば?」

「いや、こっちに立ってるときは我慢するようにしてるから」

「律儀なとこあるよな、達己って」


 それから、カケルのパートナーについてひとしきり話をしていると、カケルのワイングラスの底が尽きた。


「お代わりいく?」

「いや、なんか普通のカクテル飲みたい気分。そうだ、シェイカー振ってるとこ見させてよ!」


 突然の申し出に、達己は腕組みをした。


「それじゃあ……コスモポリタンかな。女性向けだけど、それしか思いつかないや」

「じゃあ、それで」


 達己は久々にシェイカーを使うことに緊張したが、相手がカケルなのでそう気を張らなくてもいいと思い直した。クランベリージュースとライムジュースを取り出し、カクテルを作り始めた。


「おおっ、いかにもバーテンダーって感じ」

「だろ? 本当は女の子相手に披露したいんだけどな?」

「野郎で悪かったな」

「はい、コスモポリタンです」


 カウンターにグラスを置くと、達己は胸を張った。会心の出来だ。


「旨いな!」

「ウォッカが入ってるから、引き締まるだろう? 俺の血に似てないか?」

「そう言われてみれば、そうかも。ウォッカっぽいんだな? 達己の血は」


 そこへ、人間の客が入ってきた。


「いらっしゃいませ、梅元さん。今日はお一人で?」

「そうだよ、達己。女の子連れじゃなくて残念だったな。シュウくんは?」

「今日は休みなんですよ」

「そうか」


 梅元は、カケルと一つ席を離して座った。二人が顔を合わせるのは初めてだった。


「お兄さん、カクテル飲んでるの?」

 

 カケルのカクテルグラスを指しながら、梅元が聞いた。


「ええ、達己がシェイカーを振ってるところが見たくて」

「俺も見たいな。おい、達己。これと同じもの、作ってくれよ」

「かしこまりました」


 もう一杯コスモポリタンを作った達己は、桃音の話題を出した。


「桃音ちゃん、最終まで行きましたね。このまま残れるんじゃないですか?」


 梅元はこめかみに手を押し当てた。


「いや、ちょっと厳しいかもしれん。ネットでの評判はそこまで高くなくてな。インスタとツイッターのフォロワーも、他の子と比べたら少ないし、視聴者投票だと不利かもしれん」

「そうなんですね……」

「何ですか? その、視聴者投票とかって」


 カケルが話に加わった。


「お兄さん、アイドルとか興味ある?」

「いえ、特には」

「うちで世話してた子が、アイドルオーディション番組に出ててな。そうだ、お兄さんも義理でもいいから桃音に投票してやってくれよ。特設サイトから簡単にできるから」


 梅元は席を詰め、スマホを取り出した。その特設サイトを見せ、桃音のことを説明し始めた。


「彼女にとって、これが最後のオーディションなんだ」

「そうなんですね。オレ、投票しますよ」

「助かる」


 達己は梅元の素性をよく知らなかったが、相当桃音に肩入れしていることだけは分かった。そして、同じカクテルを飲む吸血鬼と人間は、次第に打ち解け始めた。


「へえ、大学生とルームシェアしてるのか」

「はい。今頃卒論に集中してるといいんですけどね。就職決まってるのに、留年なんかしたら意味無いっすから」


 カケルはぽりぽりと頬をかいた。


「だよなぁ。俺は大学とか出てないからよく分かんねぇけど、よっぽど大変なんだろう? その卒論ってやつは。そうだ、達己はどうだったんだ?」


 梅元が達己を指差した。


「俺は商学部で、特にそういうの無かったっすよ」

「まあ、就職先も結局ここだしな。意味あったのか? 大学行って」

「痛いところを突きますね、梅元さん。親からはがっかりされてますよ」


 達己は大学進学を機に、親元を離れて一人暮らしをしていた。そんな息子が、バーテンダーになってしまったことに、両親は失望したようだった。そして、達己は、久しぶりに親の顔を思い出した。年末年始は店に立つから、正月休みが過ぎたくらいで、帰省するのもいいかもしれないと彼は考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る