22 千波
脩斗の読み通り、達己はその夜ラブホテルに居た。軽く情事を終えた後の二人は、ベッドで寝転がりながら、ゆったりと会話を楽しんでいた。
「達己、最近他の子ともしてるの?」
「いや、してない。アプリで会う女も、二回くらい会うと飽きちゃってさ」
「へえ。店のお客さんには手をつけてないの?」
「やったらシュウさんに怒られるよ」
店のお客、と聞いて、達己が思い浮かべたのはアカリの顔だった。誰かのことを想像しているな、と気付いた千波は、すかさずそこに突っ込んだ。
「気になる子、居るんでしょう?」
「居ねぇし」
千波にしてみれば、それは見え透いた嘘だったが、今追及したところで答えはしないだろうと思いやめておいた。彼女も達己と同じく、一定の相手を作らないタイプで、こうした「遊び」を楽しめるような女性だった。
アカリのことを想起してしまった自分に、達己は内心動揺していた。第一、彼女は吸血鬼なのに。そして、既にパートナーも居る。
達己は身を起こしてベッドを降り、タバコを吸いにソファに腰かけた。小さなテーブルに置かれた灰皿には、既に二本の吸い殻があった。千波も喫煙者だった。
「私も吸おうっと」
隣に座ってきた千波の体温を肩に感じながら、達己は一服した。二人の吐く煙が狭い部屋に充満した。二人は、今夜はこのまま泊まるつもりでいた。
「そうだ。千波ってアイドルオーディションとか興味ある?」
「ううん。達己そういうの好きだったっけ?」
「いや、最近うちのお客さんになった子で、オーディション番組に出てる子が居てさ。応援してんの」
達己は机に置いていたスマホを取り、最新の動画を再生させた。
「この、モモネっていう子がそう」
「へえ、可愛いじゃない」
番組は佳境に入っていた。最後に残れる五人は誰なのか、競争は熾烈になっていた。
「達己、この子のこと気になってるの?」
「違う子だし」
しまった、と達己は思ったが、もう遅かった。「違う子」が誰なのか、千波はうきうきとしながら聞いてきた。
「ほら、やっぱり居るんでしょう? 気になるお客さん」
達己は深く長くタバコの煙を吐き出した。
「……まあな。でも、そいつ彼氏持ちだし」
「達己ってば、そういうこと気にするっけ?」
「普段はしないけど、その子は特別なの」
大体のことは千波に話している達己だったが、吸血鬼の存在までは打ち明けてはいなかった。彼女とは、そこまでの関係ではないのだ。
「ねえねえ、どんな子? 髪型とかは? ロング? ショート?」
「うるせぇなぁ」
達己は千波の腕を肘で小突いた。アカリのことについて、これ以上話す気になれなかった。それは、自分の気持ちにようやく彼自身が気付き始めたからであった。
タバコを吸い終わった二人は、再びベッドに横たわった。仕事帰りに達己と待ち合わせていた千波は、疲れていたのか、すぐに小さな寝息を立てながら寝てしまった。取り残された達己は、眠れないまま、天井を見上げていた。そうしていると、机に置いていたスマホが振動した。彼は立ち上がってメッセージを確認した。
『明日なんですが、達己に任せていいですか?』
修斗からだった。明日は二人で立つ予定の日だったので、その変更の知らせだ。
『いいよ。何かあった?』
急に修斗が予定を変えることは珍しい。達己は心配になった。
『風邪気味なんです。ちょっと明日は休ませてもらいます』
やはり、体調不良だった。達己は時刻を確認した。夜の十二時だった。まだ店を開けているはずで、接客の合間にラインを打ったのだろうと達己は推察した。そして、そんな状態なら今夜も自分が出勤すれば良かったと思ったが、千波を寝かせたまま一人で部屋を出るだなんてことはできない。
『あまり無理するなよ』
『ありがとうございます』
ますます眠れなくなってしまった達己は、もう一本タバコを吸った。そして、アカリのことについて考えた。数多くの吸血鬼に血を提供している達己だったが、彼女に飲まれるときが一番幸せなのだということを、今さら自覚した。
そして、初めてアカリに特別な一杯を注いだときのことを思い出した。彼はその時の事をよく覚えていた。
「キリっと締まっていて心地いいね」
アカリはそう言ったのだった。それは、達己にとって最大限の褒め言葉であった。思えばあの時から既に、彼女に惹かれていたのかもしれない。そう感じた達己は、ふるふると頭を振って、ロングヘアーの吸血鬼の面影を消し去った。
どうにもなるはずがないのに。達己は思った。そうだ、俺はこのままでいい。このまま、千波や他の人間の女の子たちと遊んでいる俺でいい。そう自分に言い聞かせた達己は、ベッドに寝転がり、無理やり目を閉じた。
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