第32話 かぐやはかぐや




結婚式の後に催されるはずの披露宴会場は、三百人の列席者が入る大広間となっていた。


式も終わっていない時間なのに、列席者がぞろぞろと披露宴会場にやってくるのを式場の係員たちは驚きの目で見守った。


「まず最初に、私がなぜこの香夜舞さんに不審を抱いたかを説明いたします」


新郎新婦が席に座り、美咲は司会者のように演壇の前に立って、マイクを使って喋り始めた。


列席者はご丁寧に自分たちに割り振られた席に座り、事の成り行きを見守る。ただし、マスコミの人間は完全にシャットアウトされた。


「……彼女とは大学入学時に知り合い、すぐに打ち解け友達になりました。だけど、彼女は自分のことをほとんど話さず、そのくせ、私のことは何でも知っている。はっきり言ってズルいと思いましたが、あまり気にしてませんでした。恋人を寝取られるまでは……」


「なんだ、女のジェラシーか」


会場から嘲笑する声が聞こえる。


「確かにそうです。でも、人間、最も恐ろしい感情はジェラシーじゃないでしょうか。ジェラシーが人を変えるのです。私がかぐやの粗を探して、なんとか彼女一泡吹かせてやりたいと考えていました。そして、私と同じ気持ちの女性たちを見つけ出し、協力を仰ぎました。ここに彼女たちを呼んでいます。どうぞ」


美咲に呼び出されて、ぞろぞろと入ってくる老若女十数名。


「彼女たちはかぐやに恋人や夫を寝取られたと訴える被害者たちです」


会場がざわめきが起こる。


「彼女たちの証言を集め、私はかぐやの本当の顔を知りました。それによれば、彼女は本当に男を騙すことに長けています。そして、その男たちの持つ社会的権力を上手く利用しているのです」


列席者の中には、身に覚えがあるのか、急に咳き込む者もいる。


「ここにいるかぐやそのその権力を利用してまず戸籍を手に入れました。去年の初めに亡くなった本物の香夜舞さんの戸籍を手に入れ、彼女になりすまして大学の裏口入学をしました。更に会社を乗っ取り、今のようにのし上がってきました。目的はいたって単純、かぐやは社会的に満たされ、さらに高いスペックの高い男性と繋がり、やがて世界で一番優れた男と結婚し、子孫を残すことなんです」


「それが彼か?」


老人が柴を指さして言った。


「……その事を後で話します。その前に、大学に入学する以前のかぐやはどこで何をしていたか?ここから話すことにします。これからが本題です」


先の話を黙って聞いている聴衆たちは、美咲の話にすっかり引き込まれてしまった。柴はかぐやの表情を見つめるが、彼女は能面のように眉一つ動かさない。


「かぐやのことを調べてみても、大学以前の彼女の痕跡は何一つ見つかりませんでした。亡くなった香夜舞さんについて調べてみても、かぐやとの繋がりは出てきません。かぐやのそれ以前は、地球上に存在していなかったのかのように突然、現れたんです。そんなことが考えられるでしょうか?整形して自分を変えたのか、それとも他国からの亡命者か?しかし、真実は違いました。それらの事がよっぽど本当らしく聞こえます。信じられない話ですが、おそらく皆さんは私の話を信じないでしょう。でも、これが真実なのです」


「早く言えよ」


ヤジが飛んで、笑いが起こる。


「その前にまず、これをご覧ください」


美咲はそれを無視して、協力者である被害者女性たちに合図を送る。すると、彼女たちは大きなスクリーンを用意して、映像を流し始める。スクリーンには、老人がベッドで座っている映像が流れる。


「お名前は?」


映像では、美咲の声が流れる。


「名前……?竹取と呼ばれている」


映像の中の老人は枯れた老木のような顔をしており、力なく答えた。


「おじいさんはどこから来たのですか?」


「わしは変な船に乗って、姫に連れて来られたんじゃ」


「姫とは誰ですか?」


「姫……竹を切ったら出てきた美しい娘じゃ……しかし、本当は人間ではなく恐ろしい生き物だった」


「一見、頭が狂った老人に見えますが、この人の脳の CT で調べた結果は正常でした。この人は去年三月頃、私の家の近くで保護された老人です。住所も言ってることも意味も分からず、服装もおかしな格好していたといいます。現在、精神病院に入院していますが、この人にかぐやの写真を見せたらどうなったと思いますか?」


映像では、美咲が老人に写真を手渡している。


「おじいさんこの人を知っていますか?」


老人はオドオドしながら写真を見る。すると、


「これは……これはかぐやじゃ、かぐや姫ではないか。姫はどこにおるんだ?姫に会わせてくだされ。わしを家に帰れるように言ってくだされ」


老人が興奮しだした。


「この老人とかぐやには何らの関係あることがこれではっきりしました。そこでかぐやに聞きたいのですが、この老人は誰ですか?」


皆がかぐやに注目をする。


柴は知っていた。映像が流れ、かぐやの気配が変わったことを。


「知らないわ」


かぐやは無表情に答えた。


「そういうと思ったわ」


美咲は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「じゃあ次に、この老人に柴さん写真を見せた時の反応です」


「これはどこかで見たことがある……おお、まるで、宮津の宮殿下ではございませんか」


「みやつのみや殿下とは?」


「帝です。かぐや姫に求婚をしたのですが、帝の側室たちに刺客を送られて、かぐやは命からがら逃れたのです」


老人の顔がアップになっていく。


「完全に頭のおかしい人だと思われるかもしれませんが、この人は正気なんです。そして最後に私はこの老人にある物語を聞かせました。皆さんもご存知の竹取物語です」


「かぐやとの出会いによく似ておる」


「老人の言葉が物語っています。つまり、かぐやは千年以上前に、実在した人物なんです。そして、現代にタイムスリップしてきたのです。これは私の考えですが、彼女は宇宙船で時空を移動して来たエイリアンです」


すると、どこからともなく笑い方がして、それが次々と伝わって会場は大爆笑の渦となった。


「いやー面白い余興だね。本当に最高だ」


恰幅のいい紳士が立ち上がった。


「さすが、かぐやさんの結婚式だ、ただの結婚式とはまるで違う。こんな仕掛けを用意しているだなんて、いやさすがだ。度肝を抜かれて、話に引き込まれてしまったよ」


次々と同意をするように頷く人々。


「いや。……しかし、少し結婚式としてはどうかと思うがね。我々は暇ではないのだ。このようなやり方で盛り上げるのはどうかと思うよ。それに時間を取り過ぎだ。ここから披露宴をやるのか、私はもう帰らせてもらうよ」


と、一人が席を立つとそれにつられて、次々と席を立つものが出ていきた。


「待ってください」


美咲が訴えても、出ていく人は止められず、虚しく会場に人がいなくなった 。残されたのは、両家の親族だけだ。


「君はなんてことをしてくれたんだ」


柴の父親が詰め寄る。


「待って、父さん」


それを柴が止めた。


「悪いけど、父さん。ここは僕たち三人で話はさせてくれないか?」


「しかし、お前……」


「ごめん……これは僕たちの問題だから」


柴に言われて、しぶしぶ、親族たちも会場から外に出て行く。披露宴会場には三人だけが残った。


「柴さん信じて。これは、本当のことなの。私自身、彼女に洗脳されていたの」


美咲の言葉を柴は手で制し、かぐやの方を見つめた。


「君は本当に宇宙人なのか?」


「よかったわね美咲。作戦が成功して、式をぶち壊す事ができて」


かぐやはやけ気味に言った。


「俺の質問に答えろ、俺も洗脳したのか?」


「それは違うわ。あなたには何もしてない。あなたのことは本当に愛している。それが答え」


「目的は一体、何なんだ?こんな事をして、一体何をしようとしている?」


ふうっ~とため息をつく柴。


「本当に信じられないが、どうやら本当の事らしい」


「危険よ、柴さん。かぐやから離れて」


美咲が叫んだ。


「ちょっと待って、私は人に危害は加えないわ」


「香夜舞さんを殺したじゃない」


「あれは本当に事故、彼女の名前を借りたけど、殺してはいない」


「じゃあ、あなたは何しに地球に来たっていうの?」


「宇宙人が地球で暮らしちゃあいけないの?私の種族は、私しか残ってないから地球人と交配して子孫を残さなければならないのよ」


「ならば、僕じゃなくても……誰でもいいだろう?」


「それがいろいろと試しても妊娠しなくて……でも、あなたはやっぱり違ったみたい。本能が求めてることは遺伝子に組み込まれているようよ。見事、的中したわ」


かぐやは自分のお腹を押さえた。


「どういうことだ?」


柴が驚く。


「私、妊娠したの」


「そんな……」


「まさか、私のことを殺したり、宇宙人だってバラして矢面に立たせたりしないよね?そんなことしたら私はモルモット。お腹の子供だって生きていけないわ」


言葉を失う二人。


「お願い、この事は二人だけの秘密にして。もう、結婚なんて望まないから、母子共々静かに暮らせさせて」


「そんなの卑怯よ、子供をダシにするなんて……」


美咲は目に涙を溜めて、拳を握りしめたが、その後が続かない。


「それに美咲、私は宇宙人だからといって敵とみなすのは偏見じゃないの?確かに、あなたから現代人の記憶と、竜太郎さんを奪ったけど……それは謝る。でも、あなたが復讐したいと言うのなら、私だって生きるために戦うわ」


かぐやが好戦的な目を向けたのと同時に、美咲は拳の力を解いた。


「もう、いいわ」


美咲が疲れたように項垂れた。


「私が柴さんにフラれたのは事実なんだし……」


「美咲……」


閑散として披露宴会場に男一人と女二人、そして、ウエディングケーキが静かに佇んでいた。








*       *       *        *








エピローグ





あれから一年が経った。


かぐやを妊娠は嘘でなかった。次の年の四月に男の子を出産した。


もしかして、手足がたくさん生えた子供が生まれてくるかと心配したが、見た目は人間そのものであった。しかも、ものすごく可愛い。


柴さんは結局、かぐやと結婚した。


子は鎹ではないが、責任を感じたのだろう。そういう人だから好きになったのだ。


私と言えば、相変わらず大学生だが、といっても前より忙しい大学生活を送っている。何しろ 、KanKam のモデルとして活動し、弁護士を目指しているのだから。


私はかぐやを通じて女を習った。


宇宙人であっても、かぐやは女である。地球に移民して生きていく彼女の姿は、まるで他家に嫁いで生きていく女の姿そのものだ。


姑に受け入れられず苦しむ嫁が、自分の居場所を作り、やがて子を産みたくましく成長する。まさに昔の女としての生き様、そのモノである。


今ではかぐやと本当の親友になれた気がする。彼女がいたから今の自分がある。かけがえのない存在だ。


悪いことを避けるのが人生ではなく、悪いことを乗り越える力をつけるのが人生であると教えてくれたのもかぐやだ。


しかし、かぐやを移住させることを地球人として勝手に決めてしまったことは、よかったのかと時々、考える。


何しろ、今では柴さんは、かぐやの尻に敷かれて、かぐやは再びその魅力を取り戻しつつある。それにつられるように周りの男たちが慌ただしくなっているのだ。


今の世の中、妻の不倫も当たり前に行われている。かぐや姫伝説は終わりそうもない。



                                   おわり

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かぐや姫の恋愛事情 kitajin @kitajin

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