第31話 結婚式
結婚式の当日の朝は静かな目覚めであった。
かぐやは準備のために、前日の夜からホテルに泊まると言って家にいなかった。だからか、柴は今日が結婚式だという気がしなかった。そのくせ、しっかりと目が覚めて、準備を始めている。
牧師の前に立つまで花嫁とは会えない習わしらしい。
バージンロード歩いてきたかぐやが、目の前に立ってベールを上げた瞬間、結婚をひどく後悔したらどうしようか、と頭によぎった。
まさか、あんな美人がウエディングドレス姿で愛を誓ってくれると思えば、自分は幸せ者だとわかっているのだが、手放しに喜べないのは性格のせいだろうか?
柴は、自分は、いつだって冷静で、客観的に物事を見る性格だと分析する。それとも、美咲のことが頭のどこかで引っかかっているからだろうか?
シャワーを浴びて戻ってくると、かぐやからメールが来ていた。
『おはよう、結婚式の朝だね。なんか照れ臭いけど、教会で待っているねダーリン。今日は最高の1日。私たちにとって歴史的な一歩な訳で、絶対に成功させようね。愛している、かぐや』
メールを見ても心は熱くならない。かといって、結婚をやめたいかと言ったら、そういう訳でもない。
かぐやと付き合いだしてから周囲の反応は、柴をラッキーボーイ、世界一の幸せ者だと囃し立てた。この幸せを逃したら一生後悔する、と嫉妬交じりに言われたのだ。
週刊誌などにも連日のように記事が書かれ、結婚式にも大勢のマスコミが訪れるという。まさにシンデレラボールのように柴を祭り上げているのだ。
マスコミだけではない。政界や財界、かぐやが挙げた出席者のリストを見たら、忙しいスケジュール、驚くような錚々たる顔ぶれが自分たちの結婚式に出席してくれる。
ここで尻込みをして逃げ出そうものなら、その後の人生、抹殺されかねないほどの一大事になっていた。
「これも全て、彼女の策略なのか?」
自分だけではない。もちろん両親も同じく人質に取られているようなもので、逃げ場のない状況に追い込まれたようなものである。
父親が迎えに来た。柴はいつも学校に行くのと同じようなテンションで、同じように準備を終えて父と迎えのハイヤーに乗って式場へと向かった。
結婚式場は都内でも随一の高級ホテルのチャペルで、年間、365日24時間、結婚式が行われている。
6月の大安の日曜日。最も倍率の高いこの日に、柴竜太郎と香夜舞の結婚式行われる。午前九時に続々と参列者がホテルに到着した。
新婦の控室。ウェデングドレスに身を包んだかぐやに、母親が付き添い、係りの者が世話を焼いていた。
「本当にお美しいですわ」
係りの女性が、鏡の中のかぐやをウットリとした眼差しで見つめた。かぐやは自分の映る姿を見つめ、口角を上げていた。
一方、柴家の控室では両親が落ち着かずにいた。
「お前、白のタキシードが似合わんな」
ソワソワしている父親が、柴の姿を改めてみて思わず呟いた。
「ほっとけ」
「しかし、お前が結婚するなんてな。しかも、大学在学中に……とても信じないよ」
付き添い人の朽木が言った。それは本人が一番強く感じている事だ。
「人生には流れに逆らえないことがあるもんだと思ったよ、どうしようもない」
「おいおい、とても、これから結婚式を迎える男の言葉と思えんな」
そこへ、小坂が入ってきた。
「世界一幸せな新郎だな」
柴を見つめて微笑む。
「……まあ」
柴は苦笑で返した。
午前十時に式が始まる。時間が押し迫ってきて、父親と朽木は式場へと向かい、一人部屋に残された柴は、係りが呼びに来るまで待機となった。
その時、携帯がなった。
すぐにでも係りの者が来そうな雰囲気だったので、どうでしょうか迷ったが、結局、荷物の中から携帯を取り出した。
ディスプレイに美咲の名前があった。まだ携帯から消してなかったようだ。
「はい」
「よかった、これから結婚式?」
開口一番、美咲は言った。
「君はまさに、絶好のタイミングで電話してきたよ。これから式場へ向かうのさ」
皮肉、混じりに柴が返す。
「お願い、式には出ないで。かぐやと結婚しては駄目」
何故か、その言葉に心が揺れた。しかし、もう引き返せない。
「君は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろよ。あれからいろいろと調べて、大変なことが分かったの。かぐやは人間ではないのよ」
「……キミは頭が大丈夫か?」
「証拠もある」
「竜太郎様、時間です」
ドアをノックして、外から声が聞こえる。
「時間だ。最後に君と話せてよかったよ。これで結婚の決意がついた」
「まだ間に合う……」
美咲の言葉を遮るように柴は電話を切った。
入場曲が流れ、柴と、映画に出てきそうな西洋人の牧師の待つ祭壇に、かぐやが父親に付き添われてバージンロードを歩く。
列席者の中から歓声とため息が漏れるほど、かぐやのウェディングドレス姿は美しかった。
かぐやがピタリと柴の横に立ち、同時に牧師が微笑み、誓いの言葉を唱え始めた。
横に立つかぐやからほのかに香る香水の匂いと、眩いウェデングドレス姿にベールで包まれた顔がうつむいて牧師の言葉に耳を傾けている。柴は横目でかぐやを見つめながら、今までの不安が嘘のように、かぐやへの愛に満ちていくのを感じた。
「夫、竜太郎は、汝は妻、舞を生涯の伴侶として彼女を支え、生きていくことを誓いますか?」
「はい誓います」
「妻、舞。汝は夫、竜太郎を障害の伴侶として生涯を愛し抜くことを誓いますか?」
「誓います」
「……では、この結婚に異議のある者はこの場で発言しなさい。なければ、一生、口を閉じ、二人を見守りなさい」
「あります」
その時、静寂の式場にひときわ大きな声が響き渡り、会場全員が入口を振り返った。
そこには、バージンロードを歩く美咲の姿があった。濃紺のスーツに身を包み、颯爽と歩いてくる。
その時、柴は隣のかぐやから鳴らされた舌打ちを聞いて、思わず彼女を見た。かぐやは真っすぐ美咲を睨みつけていた。
思わぬハプニングに式場からはどよめきが起こる。その全てが闖入者を非難する者ばかりではない。中には野次馬根性で喜ぶ者もいた。
「……そ、そうですか……それでは、あなたの発言を許しましょう」
牧師は何とか態勢を整えるが、形式上の言葉であって結婚に異議を唱える者など存在したことがない。しどろもどろになりながら、向かってくる美咲を受け入れるように手を差し出した。
美咲は、つかつかと階段を登っていき、二人の前に立つと、列席者の方に振り返った。
「皆さん、皆さんは私を頭のおかしい女だと思ってるでしょう。しかし、私は正気です。本気でこの式を中止するためにここに来ました」
どよめきが一層大きくなる。
「美咲……君はどうして?」
柴が泣きそうな声を出した。
「柴さん、ごめんなさい。これは、あなたのためでもあるの。何しろこのかぐやという女性は正体を偽ってあなたと結婚しようとしているのだから」
「その話は前にしただろう」
「違うの、柴さん。あの話には続きがあるの」
「どういう続きか、聞かせて頂戴」
今まで黙っていたかぐやが、美咲に近づき胸を突き出して見下ろした。
「今日こそ、あなたの化けの皮が剥がれる時よ」
その目を睨み返す美咲。
「あなたに何ができるって言うの?オドオドしていた小娘のあなたに?」
「できるわよ、あなたを地球から追い出すためならね」
美咲の言葉にかぐやの片頬が歪んだ。
「ちょっと待ってくれ、お嬢さん。あんたは何の権利があって、式を潰そうとするんだ」
列席者の席の最前列にいた柴の父親が立ちあがり、美咲を指さした。
「息子さんが、得体の知れないモノと結婚するほうがよっぽど大問題と思うんですが?」
「かぐやさんのどこが得体の知れないと言うんだ?」
「全てです」
美咲は怯むことなく言いきった。
「全てだと?」
会場が再びどよめく。
「例えば、そこのかぐやの両親、二人は偽物です」
美咲に名指しされた最前列のかぐやの両親はハッと息を飲んだ。
「二人は代理の家族で演じる派遣会社の社員です。そうですよね?小坂さん」
美咲に言われて小坂の顔が固まる。
「本当か、かぐや?」
柴が詰め寄る。
「嘘よ、みんなでっち上げよ。酷いわ、親友が結婚式を台無しにするなんて。……全て、柴さんを忘れられないっていう嫉妬だからって、酷い」
かぐやが目に涙を浮かべて、美咲のことをさりげなく伝えたことで、周りに嫉妬に狂った女だという印象を与える。
「本当よ、これが証拠」
美咲はポケットから折った紙を取り出した。そこには全く雰囲気が違うかぐやの両親の顔写真が載っていた。
「関西で活動しているから、東京ではパンフレットすらありません。けど、小坂さんの会社のインターネットでこれを見つけました」
「かぐや、どういうことだ?」
「柴さん、こんなことで驚いていては、この先、持ちませんよ。本当のかぐやを知りたければ、場所を変えて説明します」
美咲は二人に背を向けて歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます