第30話 かぐやの正体
美咲が、かぐやのことを調べようとしたきっかけは、些細な疑問と大きな嫉妬からであった。
些細な疑問とは、大学入学当初にすぐに友人になったかぐやであったが、自分の事はほとんど喋らず、かぐやの過去を知る者は大学に誰ひとりいなかった。
あれだけ人目を引く容姿を持っていながら、大学へ入るまで全くの無名で、大学に入って僅か半年であの活躍だ。そのギャップを今まで誰も気にもとめなかったのもおかしい。
でも、柴を取られて行き場を失った感情が、かぐやへの嫉妬心へと変化した時、その疑問が、かぐやに一矢報いる気がした。
しかし、どうしていいのか分からず、美咲は止む無く探偵を雇って調査を頼んだ。だが、これもまた一筋縄ではいかない。かぐやの履歴書を大学側から手に入れることすら困難を極めたのだった。
そして、瞬く間に一ヶ月が過ぎ、ようやく履歴書を入手した探偵は、出身地である埼玉県越谷市まで尋ねた探偵は、そこで香夜舞が別人であることを突き詰めた。
そこで、高校の同級生たちに写真を見せると、現在、秋葉大学に通う香夜舞とは、別人だと言われたということが判明した。履歴書の住所に暮らす香夜舞は、三月に交通事故で死亡しているというのだ。
そこまで調べた探偵は報告に来て、突然、調査を取りやめると言ってきた。美咲が理由を尋ねても答えてくれない。
ただ、雰囲気から何か歯切れの悪さを感じる美咲であった。
美咲は仕方なく自ら調査に乗り出したのだが、プロである探偵が手こずった調査を素人である美咲が出来るわけもない。唯一の手掛かりの本物の香夜舞についての調べることにして、埼玉県越谷市へと向かった。
埼玉県越谷市県立高校普通科に本物の香夜舞は通っていた。
探偵の調査の内容によれば、どこにでもいる普通の女子高生だということである。就職が決まり、将来の期待に胸を膨らませていた折に、交通事故に遭い亡くなった。
免許をとりたてで、スピード出しすぎてハンドル操作を誤り、電柱にぶつかって即死だったという。
美咲はこの事故を知った時、小さな疑問を抱いた。調査報告を読んだ感じでは、香夜舞という人がスピードの出し過ぎで事故死するタイプには思えなかったからだ。
そのことを探偵に聞くと、「警察の調査から出た結論だから」と邪険に言われた。
警察の捜査能力がどれほどのものかは知らないが、やはり、この事故が引っかかる。
いくらなんでも、かぐやが事故を起こし本物の香夜舞を殺害したとは思えないが、疑問に思ったことから調べてみようと、越谷警察署に向かった。
「すいません、昨年の三月に起きた交通事故について知りたいんですけど……」
大学の研究調査の一環として、と嘘をつき当時、事故を処理したという警察官に話を聞けた。
「現場は見通しの良い直線で事故を起こすようなところじゃなかったが、ブレーキ痕、その他の状況から彼女が単独事故起こした当時、120 km ぐらい出したと推測されている。君らくらいの年代の子はスピードについて無知だから、毎年、全国で何件か、こういう事故が起きるんだよ」
「それじゃあ、事故についておかしな点はなかったんですね?」
「なかったねえ……あっ、そういえば」
中年の人の良さそうな警察官が思い出したように声をあげた。
「何ですか?」
「現場近くに暮らすおばあちゃんが事故の唯一の目撃者だったんだけど、あの事故は誰かが光を車に当てたせいだって言うんだ。けど、他に目撃者もいないし、そのおばあさん、少しボケていてね」
「……光ですか」
美咲はその言葉に心臓の高鳴りを覚えた。
越谷市の警察署を後にした美咲は、探偵の報告書にあった香夜舞の友人を訪ねることにした。因みに本物の香夜舞とかぐやとのつながりは、探偵の調査では確認が取れなかった。
美咲は、香夜舞の小学校の頃からの親友だったという尾崎裕子という大学生に会った。
「舞ちゃんが交通事故で亡くなったって聞いた時は、ホントに驚きました。しかも、スピードの出し過ぎだなんて……」
大学の活動の一環として、若い人の交通事故について調べている、という名目の突然の訪問にも、尾崎は快く応じてくれた。親友の死を話せる相手が現れたことで緊張は和らいだのかもしれない。
「本当に、突然で、人間ってあんなにあっけなく死ぬんだって、今でも信じられないんです」
そういって尾崎は顔を引きつらせた。
「舞さんはどんな方でしたか?」
「舞はとても、大人しくて真面目な子でした。だから余計、スピードの出し過ぎなんて、信じられなくて……」
「何か、悩みとかあったのでしょうか?」
「亡くなる前日に会ったんだけど、就職する会社の研修が始まるって、すごくやる気だったの……」
思い出したのか、涙で声が詰まる。それを見て美咲も自分のことのように思えて、胸が熱くなった。
「……彼とかはいたんですか?」
「いなかった……でも気になる人はいないみたい」
「どういう人?」
「それが教えてくれなくて……だけど、いつか綺麗になって彼を見返してやる、とは言ってた」
「見返してやる?」
その言葉に美咲は胸がズキッとした。
「何かあったみたい。でも、何も話してくれなかった。もしかして、そのことが事故の原因かもしれない……」
尾崎裕子はまた泣き出した。
それから二人の友人を紹介してもらって話を聞いたが、これといった情報はなかった。
香夜舞の両親にも話を聞きたかったが、さすがに娘を亡くした親に話を聞く自信は美咲にはなかった。どんな態度で会えばいいのかも分からない。
最後に、光を見たという老人を探すことをした。警察が住所を教えてくれなかったので、自力で事故現場付近一帯を巡って見た。
すると、事故現場から100 M ぐらい離れた表通に一人立ち尽くす老婆の姿を見つけた。もしやと思い、近づいて声をかけてみる。
「あのー、すいません。おばあさんは今年の三月頃、この先で起きた交通事故を目撃されましたか?」
老婆は固まったまま、無反応であった。
「十八歳の女の子が電柱に車をぶつけて亡くなった事故なんですけど……」
「……さあ?見てないね」
老婆は美咲を見ずに答えた。
「そうですか……」
人違いとため息をついた時、老婆がおもむろに言った。
「ドーンと音がしたその後、外に出てみると目が眩むような光に包まれて、気を失ったんだ」
美咲は耳を疑った。
「あれは、空の上から照らされた光だよ。間違いない」
その瞬間、美咲は忘れかけてきた記憶がふっと蘇った。
それは、大学入試を控えた夜、近所の竹やぶの前を通った時に、頭上から光が降ってきて、眩い光の中に着物を着た女性の姿が……。
「ああっ……」
驚愕と共に、鮮明に記憶が繋がる。
「じゃあ、やっぱりかぐやは……」
自分の考えが信じられなかった。
* * * *
かぐやの両親との会食を終え、結婚式はとんとん拍子に進んでいく。たが、ここにきて、柴はスッキリしない気持ちを抱えていた。
会食の夜、両親たちとホテルで別れ、タクシーの中で柴は切り出した。
「なんで黙ってたの?」
「……何を?」
疲れたのか、かぐやはこの時、無口であった。
「親父の会社の融資の件だよ。話をまとめたのは君だっていうじゃないか?」
「そんなの大げさよ、小坂さんに少し話をしただけなの」
柴はムスッとしたまま黙った。
「何、ヤいてるの?」
「ボクの就職の話も、二人で勝手に決めたんじゃないのか?」
「まさか、あれは小坂さんが純粋にあなたの能力を買っているから出た話よ」
「信じられないな」
「どうしたの?何をそんなにイラついてるの?」
かぐやは子供をあやす母親のように訊いた。それが余計に気に入らないのだが、だからといって苛立ちの原因がかぐやに対する不信感とは言えない。
「すまない。色々あって、疲れているんだ。けど、自分の将来は自分で決める。……それと、些細なことでも隠し事はないようにしようよ」
「そうね、わかったわ」
かぐやは素直に頷いた。
それから、あっという間に月日が流れ、結婚式当日になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます