第28話 とんとん拍子
都内の有名レストランに現れた両親は、見たことのない笑みと浮かべ、ドレスアップしていた。
「遅くなってすいません」
母親の勝子が額の汗を拭きつつかぐやに向かって頭を下げた。
体は小さいが、芯の通ったしっかりした女性である。母は顔を上げて、かぐやをまじまじと見つめて、息子の顔を見て、父親の顔を見て感嘆の声を漏らした。
「なっ」
父親が嬉しそうに頷く。
「美しい娘さんだろう。竜太郎には釣り合うと思えない」
「ええっ……かぐやさん、本当にこんな子でいいの?」
母の問いに、かぐやは笑って頷いた。
「立ち話も何ですし、お父さんお母さん、座りませんか?」
かぐやが柴家を促すように言った。
会食の間、両親はかぐやを質問攻めにして、かぐやは嫌な顔一つせずに答える。
「あんまり質問攻めにするなよな、かぐやも困るだろう?」
あまりにしつこいので、柴が堪らずに言ったほどだ。
「いいんです、何でも聞いてください」
かぐやは穏やかに微笑んで返す。
「じゃあ、式はいつ頃、考えているの?」
母親が唐突に訊いた。
「式って……まだ、そこまで考えていないよ」
柴が驚く。
「何時でもいいぞ、式場の手配はすぐにできる。なんなら、明日にでもできるぞ」
父親はかぐやをすっかり気に入っているようで、大乗り気である。
「明日って……まだお互いの心の準備も出来てないのに、ねえ?」
柴はかぐやを見た。
「私は構いません。竜太郎さんとなら、何時でも結婚する意志はありますので」
かぐやは当たり前のように答えた。
「おお、嬉しいことを言ってくれる。なあ?」
父親は母に同意を求めると、母もうなずいて、
「本当に。……それじゃあ、来月の頭なんてどうかしら?」
「おお、いいな。早速、親戚連中に知らせないと」
両親は柴の思いなど放っておいて、二人で盛り上がっている。
ため息をつく柴の手に手を乗せて、かぐやが見つめる。
「大丈夫、きっとうまくいくから」
柴はただ、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
両親は早速、式の準備があるといって新幹線に乗って静岡に帰るという。
「そんなに急がなくても……」
駅まで見送りに行った柴が言うと、父親が真剣な表情で顔を近づけてきた。
「善は急げだ。かぐやさんの気持ちが変わってしまう前にな」
このままいくと流されて行ってしまいそうなので、意を決して自分たちのペースでやらせてほしいと言おうとした瞬間、新幹線の発車のベルに阻まれた。
帰り道のタクシーの中、柴は無口であった。
「どうしたの?」
隣に座るかぐやが訊いた。
「君は本当にいいのかい?こんなに早く結婚式を開くなんて……」
「もちろんよ」
かぐやは即答した。この迷いのなさが魅力でもあり、他人にとってプレッシャーであった。
「ボクは正直不安だ。というか、結婚だなんて考えられない。だって、将来もまだ決まってないのに……」
「心配しなくても、私がちゃんと支えていくから。それとも他に何か、気になることでもあるの?」
かぐやが顔を覗き込むように訊いた。
「それは……」
「美咲のこと?」
図星をつかれた。
「いいよ、会って来て」
「え?」
「竜太郎さんの気持ちがそれで済むなら、私の為でもあるから」
かぐやの自信に満ちた目が、逆に柴を戸惑わせた。
美咲はかぐやに会うなと言った。しかし、かぐやは気が済むなら会えばいいという。
こういった一事をとってみても、かぐやの人として、女として度量の大きさを感じずにはいられない。しかも、自分が信じられていることがなんだか嬉しくかった。
だが、美咲との連絡はなかなか付かなかった。
美咲は大学を休み、携帯はまったく繋がらず、LINEの返信も既読すらつかない。実家に電話をすれば母親が、今は都合が悪いと言っているの一点張りだ。
そんな日々が続き、美咲への気持ちが急速に衰えていくのを拍車をかけるように、実家の両親から式場の予約が取れたという電話が入った。
「それで近々、かぐやさんのご両親お会いしたいんだが、都合を聞いてみてくれ」
「わかった。かぐやが帰ってきたら聞いておくよ」
父親からの電話があったその夜、柴は話をしようとかぐやの帰りを待った。
かぐやは学業と仕事を両立しており、帰ってくるのはたいてい深夜だ。一緒に暮らして三週間になった。
「ただいま」
かぐやはいつも疲れを見せず、帰ってくるなり柴に抱きつきキス 。柴もようやく、そういうかぐやに慣れてきた。
「親父から電話があって、式場の予約が取れたって。それで、君の両親と会いたいと言ってきた。そういえばボクも君の両親とは、まだ会ってなかったのを忘れていたよ」
着替えをするかぐやに話をきり出した 。背中を見せているので、かぐやの表情は見えない。
「実家は東京だったよね?」
「……そうよ」
なぜか、かぐやの返事に気のなさを感じる。こんなことは初めてであった。
「ご両親は健在だよね?」
不安になって柴が訊いた。
「ええっ」
「じゃあ、何時なら都合がいいか、ご両親に確認を取ってくれないかい?」
「わかった」
「……どうかした?もしかして、両親と仲が悪かったりするの?」
柴はかぐやの声色の違いが気になって訊いた。
「まさかちゃんと連絡しておくから」
振り返ったかぐやいつもの彼女であった。
翌日、思いがけない人物から電話があった。
大学の卒業論文を書きによった図書館で切り忘れた携帯の着信音が鳴って、非難の目を向けられる。着信を見ると美咲となっていたので、慌てて外へ出て折り返しの電話をかける。
「もしもし?」
「柴さん、私です。美咲です」
その声に足が止まり、胸にこみ上げるものがあった。
「君は今までどこにいたんだ?連絡したんだぞ、一体……」
思わず声をあげて、すれ違う人の目に気づき、取り繕うように咳払いをする。
「ごめん、つい心配していたもんだから……別に君を責めてるわけじゃないんだ。むしろ責められるのは僕の方だし」
電話の向こうは沈黙であった。
「もしもし?」
切れているのか確認すると「ごめんなさい」と返事が返ってくる。
「いや、いいんだよ。……ところで用件は何?」
「これから会えませんか?」
美咲は重い口調であった。
「もちろん、ボクも会って話をしたかった」
二人はよくデートに使った『安心とタイムス』で会うことにした。午後七時の約束だが、美咲は現れたのは八時を回った頃であった。
美咲はダークブルーのワンピースに真珠のネックレスという姿でどこか喪服を思わせた。
「遅れてごめんなさい」
美咲は詫びて席に着いた。
「ずいぶん遅かったね、何かあった?」
待たされた柴は感情が口調に表れた。
「埼玉から帰ってくる途中、電車が事故で止まっってしまって。連絡すべきだったけど、あいにく携帯の電源が切れていて……」
美咲の話が言い訳っぽく聞こえる。
「そう……で、用件って?」
柴はぶっきらぼうに訊いた。
美咲は言いづらそうにしながら、小声で切り出した。
「……かぐやと結婚するの?」
さすがに良心の呵責を感じて、すぐに返事を返せない柴。しかし、その間まを答えとして受け取って美咲は目を伏せた。
「そう……」
「何度も君に連絡を入れたんだけど、繋がらなくて……君には悪いと思ってる。ごめんっ」
柴はテーブルに頭をつけて謝った。
「最初に断っておくけど……」
美咲は静かな口調で話し始めた。
「今から話すことは決して嫉妬からのデタラメではないって事だけは分かってほしい」
「何の話?」
「私が言ったよね、全てかぐやの策略だって。私たちはまんまとそれにハマったの」
「やめてくれないか、そういう話をするのは」
柴は拒絶反応を示す。
「私はあることがきっかけで、彼女のことを疑い、探偵を雇って調べてもらったの」
柴は信じられないものを見る目で、美咲を見つめる。
「そこまでするか?」
「愛する人を奪われた女は何だってするわ」
美咲の真っ直ぐな眼差しに、柴の方が反対に目を逸らした。
「それで、分かったことをこれから話すわ」
居住まいを正しす美咲を、柴は黙って見つめた。
「……かぐやには前々から謎が多い、つかみどころがないと女性だと思っていたけど、とんでもない事実がわかったのよ。かぐやには過去がない」
「はあ?」
「彼女を調べてみても、何も見つからなかった。かぐやは存在しないの、大学に入学する以前の彼女はね」
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