第27話 誕生パーティー




 窓から降り注ぐ木漏れ日は、夏の暑さ含み、ベッドルームに朝を告げていた。


 昨夜のニュースでは、全国的に梅雨明け宣言が出されたと言っていた。いつの間にか、世間では夏休みに入ろうとしている。 


 柴は蒸し暑さで目が覚めて、エアコンの入れてボーッとした頭で、今日やることを考えていた。


 父の会社が倒産し、かなり遅い就職活動もままならず、今年は就職浪人だと覚悟を決めていた。


 あのつまらないすれ違いの夜から既に三週間が経っていた。


 当初、柴はこんなすれ違いや誤解は事情をちゃんと説明すれば誤解はすぐに解けるものと思い込んでいたが現実は違っていた。


 あの夜、かぐやをタクシーを呼ぼうと携帯を開くと、いつのまにか電源が切れており、オンにすると美咲からの電話やメールが十数件入っていた。


 美咲がどんな思いで待っていたのかがわかる。


 すぐに電話をしたが繋がらず、次の日は大学で待っていたが美咲は現れずに連絡もつかなかった。そうこうしていると事態が妙な方向へと動いていく。


 父親の会社が、石油の高騰の煽りを受け倒産したのは先月。それが別の融資先が見つかり、再建の目途が立ったというのだ。


 数日後、かぐやから美咲に連絡が付かないけど、どうしたらいいかと相談してきた。


「こないだの事で、美咲に謝ろうと思って連絡しているんだけど、相手にされなくて。それで、お詫びと言ってはなんだけど、パーティを開くことになっているので、そこにお二人を招待するわ。あなた達もその方が仲直りしやすいでしょう?」


 柴は、確かにかぐやの言う通りだと思った。


 妙な誤解から始まった今回の騒動、自分でもなんであんなことになったのか不思議だった。落ち着いた今となったら冷静に話せる。


 美咲の携帯はあい変わらず着信拒否であった。しかし、LINEは既読が付くので、パーティーの誘いを送って、当日、ホテルで待ち合わせることにした。


 都内の高級ホテルのワンフロアを貸切って、盛大なパーティーが開かれていた。着飾る大人たちを見て、自分がお門違いのような気がした。


 フロアの前で美咲が来るのを待っていると、思わぬ人物に声をかけられた。


「なんだ、竜太郎?」


 振り返るとそこには似合わないスーツを着た父親が立っていた。


「なんで、親父がここにいるの?」


 ビックリして声を上げる。


「このパーティーに来ている人に出資してもらって、会社を立て直せたんだ。それで、その人に招待されて、わざわざ静岡から出向いたってきたってわけだ」 


 父親は嬉しそうに言った。


「本当なの?」


「あー、うちの製品を買いたいと言ってきた会社があってな。どうなっているのか、よく分からんがツキが回ってきたってわけさ」


「そいつは良かったね」


 なんだか、キツネにつままれたような気分だったが、久しぶりに見るオヤジの笑顔は嬉しくかった。


 工場を興して二十五年、ひたすら町工場一筋でやってきた親父にとっては、会社が再生できることは何よりのことだろう。


「あの人だ、出資してくれた一人……」


 オヤジが指差したところにスーツ姿の長身の男と、談笑するかぐやがいた。


「どっち?」


 柴は慌てて訊いた。


「出資者ってどっちの人なの?」


「もちろん、男の人だよ」


「そう……」


 何となくホッとした。かぐやが自分の実家を立て直すお金を出したと知ったら、複雑な気分を味わうことだっただろう。


 かぐやはこちらに気づいて、近づいてきた。


「どうも、よくいらっしゃいました」


「いやー、すごいパーティーだね」


 パーティーでのかぐやは一段と輝いていて、参加者の中では群を抜いて美しい。


「まだ、美咲は来てないの?」


「それが連絡がつかなくて」


 柴は顔をしかめた。


「竜太郎」


 父親がわざとらしく入って来る。


「こちらさんは?」


「彼女は、大学の後輩で香夜舞さん。カグヤ・コーポレーションの社長でもあるすごい人だよ」


「初めまして香夜と申します。柴さんにはいつもお世話になっております」


 かぐやはしおらしく挨拶をする。


「そうですか、その若さで社長ですか。へえ……」


「小さい会社です」


 かぐやは謙遜してみせる。


「やめないか、オヤジ」


 柴は顔を赤くする。


「しかし、僕たちがいると場違いのような気がするよ。有名人の顔もチラホラ見かけたし」


「来て、作家の荒木仁宏を紹介するわ。柴さんファンだったでしょう?」


「えっ?本当に来てるの?」


 かぐやに手を引かれて、柴がついていく。


「こんなにすごいパーティーだなんて、もっとお洒落して来るんだった」


 柴はジャケットにジーンズ姿を見下ろした。


「そんなこと構わなくてよ、私の誕生日パーティーだから」


「ええっ?そうなの?」


 柴が驚いていると、すぐ目の前にベストセラー作家が立っていた。


 その後も、テレビや雑誌で見たことのある顔、聞いたことのある名前に次々とかぐやが引き合わせてくれて、柴はすっかりとのぼせ上がってしまった。 


「君は本当にすごい人だね」


 人酔いして会場から抜け出し、ロビーのソファーに座る二人。傍らに付き添う、かぐやはニッコリと微笑んだ。


「あの人達より、あなたの方がきっと、もっとすごくなるわ」


「そんなことないよ。僕なんて……」


 静かなロビーに二人きりの空気が流れる。


「ああ、そういえば誕生日プレゼント、また今度わたすよ」


「ううん、いいの。こうしてあなたといるだけで……」


 潤んだ瞳をしてそんなセリフを言われては、今まで張っていた防御壁が崩れそうだ。かぐやは柴の心の変化につけこむようにスッと身体を寄せて肩に頭を乗せた。


 かぐやのやらかくて長い髪の感触と、嗅いだことのない良い香りが柴の理性を破壊していく。


「もう少しこのままでいい?」


 かぐやの甘い囁きに、柴はただ頷くしかない。


 その時、会場からアナウンスが聞こえてきた。


「それでは皆さん、カウントダウンを始めます。香夜舞さん、十九歳の誕生日を迎えるその瞬間を皆でお祝いましょう。あと1分で零時を回ります」


「会場に戻らなくていいの?」


 柴は訊いた。


「……そうね、一応、主役だからだから、戻らないとマズいわね」


 ゆっくり肩から頭を上げて立ち上がり、かぐやが真っ赤なドレスの皺を伸ばして、シャキッと伸びをする。


「さあ、柴さんも一緒に行こ」


 かぐやは柴を立たせようと手を伸ばした。


 その手を掴んだ柴を、ぐっと引き寄せるように立ち上がらせると、二人の顔が間近に近づいたその瞬間、時間が止まった。


「カウントダウン……10……9……8」


 見つめ合う二人。どちらか動くと同時に、もう一方が引きつけられるように唇が重なり合った。


「……ハッピーバースディー」


  会場では主役不在もお構いなしにクラッカーが鳴り響き、歓声が上がる。二人は、白い大理石のロビーで夢中でキスをしていた。





 すべてはあの夜に美咲からの電話が繋がらなかったことに端を発している。


 後輩に送別会をしてもらい、酔っ払った足で店を出ると、かくやが隣の店から出てきた。


「偶然ですね」


 かぐやの連れと柴たち一行がすれ違った瞬間、そこにマスコミのカメラマンが突然、現れた。そして、かぐやに狙いを定めてフラッシュを容赦なく浴びせる。


 かぐやは踵の高いヒールを履いており、階段からバランスを崩して柴の前に縺れるように倒れてきた。柴はそれを受け止めるように抱きしめた。その瞬間をカメラマンは二人の姿を撮った。


 逃げていくカメラマンをかぐやの連れの二人の男が追いかけていき、柴の後輩は盾になって、かぐやを庇い、その場を離れた。


 酔っ払った頭で、自分の部屋が近いことを思いつき、とりあえず部屋で応急処置しようと向かったら部屋の前に美咲がいた。


「……アルバイト?」


 傍らで寝ていた、かぐやが目を覚ました。


「うん、君はもう少し寝てるんだろう?」


「……今夜だったよね?あなたのご両親がこっちへ来るの」


「そうだよ」


「楽しみね」


 かぐやはベッドの中で微笑んだ。


 美咲との関係が終わり、柴はかぐやと生活をしている。考えてみるとよくできた話、と言うか妙な話だ。


 これがもし偶然でないとしたら、美咲が言っていたかぐやの恐ろしい策略だとしたら……?


 自分は正しい選択をしたのだろうか?ふと柴の脳裏に過ぎった。

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