第23話 告白
午後九時、所用で柴が遅くなると連絡があったので、『安心とタイムス』というカフェで柴を待つ。美咲はふと、昔の自分の事を考えていた。
子供の頃から自分は、どこか遠慮して生きてきたような気がする。
一人っ子で、甘やかされて育てられてきたはずなのに、親が必要以上のものを与えてくれることを嬉しく思うより、むしろやり過ぎだと思ってきた。
小学校の四年の時、学校で一人選ばれる「優秀学生賞」という勉強ができる生徒の称号にも、喜んで励みにするどころか、その後は目立たないように力を抑えていた。
美咲の人生哲学は、優・良を目指すより、可の存在になるように自分を当てはめてきた。
でも、もし一番を目指していたら?
かぐやのようにアグレッシブに生きていられたら、自分はどうなっていたのだろう?
かぐやと出会ってから、自分を抑えていたものが体の中で暴れだし、外に出ようともがいている。
かぐやは自分の理想、心の中の自分だと思っていた。でも、今は違う。心を驚くほど静かで恐れるモノも焦燥感もない。
「なんでだろう?」
急激な変化に自分でも驚く。
この変化をもたらしたものは、やはりかぐやであるのは間違いない。
かぐやがデムンバールでどういった経験をしてきたのかわからないが、かぐやの心情にも変化が起こったということだろう。
かぐやは、なぜ柴を結婚相手として選んだのか?まさか自分に対する当てつけで、結婚相手と言ってるとも思えない。
かぐやの目も真剣であった。そのかぐやを目の当たりも自分は動じていない。その自信はどこから来るのだろうか?
「お待たせ」
柴が五分程遅れてやってきた。 T シャツにジーパンというラフなスタイルだが、均整がとれていてカッコイイ。
美咲は笑顔を返して、まじまじと柴を見つめた。
「どうした?僕の顔に何かついてる?」
「いいえ、別に。……ただ、カッコいいなって思って見とれてたんです」
美咲の言葉に柴は少し驚いた顔をしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて照れた。
この自信は、柴に愛されているからだろうか?それとも自分の思いが通じたからであると思ったが、どうも違うみたいだ。
柴は席に着くとソワソワとしていた。注文を済ませ、何かタイミングを計っているようだ。
美咲は柴を見つめながら、もし、ここで柴と付き合うことが無くても、例えかぐやに取られたとしても、この自信はちょっと消えそうにないと思っていた。もちろん、そんなこと望んではいないが。
「実は……改めて言うのもなんだけど……」
柴が話を切り出した。
「僕と付き合ってくれないか?君のことが好きになったみたいだ」
ストレートな告白であった。少し前なら、その目をすぐに回避してしまったけど、今は違う。まじまじと見つめることができた。それが逆に柴を動揺させるようだ。
「なんか、実家に帰らなくなったから付き合うみたいに思われるかもしれないけど、そうじゃない。本当は君のことが気になっていた、ずっと前から」
「……何時からですか?」
「初めて会った時から」
柴は言いづらそうであった。初めて会った時といえば、かぐやのミスコンの出場を申し込みに実行委員へ行ったときである。
「ウソ?」
あの頃の自分は、今に比べて全くイケてない。
「本当だよ、キレイな人だって思っていた」
柴は照れくさそうに言って、誤魔化すように答えを催促した。
「それで返事は?」
「え?」
「付き合うか、どうか?」
「はっ……」
じらさずに返事をしようとした瞬間、その目に、店内に入ってくるかぐやの姿が飛び込んできた。かぐやは美咲に気づき、にっこりと微笑んで手を振った。
「まあ、こんなところでお会いするなんて偶然ね。ご一緒によろしいかしら?」
真っ直ぐ美咲たちの席につくと、かぐやは返事を持たずに横の席の椅子を持ってきて二人の間に割って入った。
柴は唖然とかぐやを迎えた。
「ごきげんよう、柴さん。……しかし、暑いわね。記録的な猛暑ってやつなんですって。すいません注文いいですか?」
当たり前のように注文をとるその様を、美咲が黙って睨んでいた。
「ああ、お二人さん。何か話をしてしているんじゃかったの?私に構わず続けてね」
「いや、まあ……」
柴は、美咲に伺いを立てるように見た。
美咲は途端に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「かぐやにも是非、聞いてもらいたいんだ。私たち付き合うことになったの。ねっ?」
「え、あ……まあ」
柴が慌てて返事をする。
「へーっ、そうなんだ。それは、おめでとう。よかった、ほんと嬉しいわ。これで美咲にもようやく彼氏ができたってことか」
かぐやはワザとらしく喜ぶ。
「ようやく、っていうのは何かトゲをかんじるけど、ありがとう。……かぐやの方こそ、そろそろ本命を一人に絞った方がいいんじゃない?早く結婚しないとまずいんでしょ?」
美咲が牽制する。
「それがなかなかいい人がいなくて。……柴さん、よかったら紹介してください」
かぐやは柴に意味深な視線を投げかけた。
「いやぁ、僕の周りでかぐやさんに見合うヤツはいませんよ」
「これだけ魅力的だとかえって迷うみたい。選択肢が多いと一人に絞れないのよね?」
美咲は皮肉を言った。
「でも、今までは好きな人が見つからなかっただけなの」
かぐやは柴を見つめた。
「でも、心から人を愛せるって素晴らしいことですよね?」
「まあ、そうだね」
「かぐや、あなたはここに何しに来たの?私たちに会いに来た訳じゃあないのよね?」
美咲は素早く話題を変える。
「まあね」
「それに今回の騒動、どうするつもりなの?」
「どうするもこうするも仕方ないわ、収まるのを待つしかないでしょう」
「収まりがつかないでしょ、これじゃあ?どこかへ出てちゃんと説明するとかした方がいいんじゃない?」
「何を説明するの?男女の間の話しなんて、公にするのも野暮ってもんでしょう?」
「デムンバールの王子とは何があったの?」
「何も。ただ、あいつは想像以上にクソ野郎だっただけ」
「確かにそれは公にしない方がいいみたいだな」
柴が引きつった笑みを浮かべる。
「そうでしょう?それより私は静かに暮らしたい。愛する人とね」
かぐやがまたしても柴に意味深な視線を向ける。
「静かに?とてもかぐやの言葉とは思えない」
「でも、今回の事はボクも運命と言うか、不思議な力を感じるんだ」
柴が二人を交互に見て言った。
「今回の騒動で、結果うちの会社が潰れて、僕はこうしてここにいる。これは何か、特別なものに感じずにいられないんだ」
「それ当たってますよ、きっと、これは運命よ。三人がこうして、ここにいることもね」
かぐやははしゃぐように言った。
「なんだか、かぐやの出現で、妙な雰囲気になっちゃっいましたね」
店を出たところでかぐやとは別れた。ひょっとしたら、ついてくるのかと思ったが、あっさりと帰っていった。
「君たち、なにか喧嘩でもした?」
柴が、先ほどの二人の間の不穏な空気を感じ取って訊いた。
「えっ、そう見えました?」
「なんとなく、二人の言葉の至るところにトゲを感じたんだけど?」
柴が微笑んだ。
「そうかもしれません。だって、かぐやには振り回されっぱなしだし、もういい加減うんざりなんです」
「確かに、彼女の自由奔放さには周りは振る舞わされるよね。だけど、それが彼女の魅力だったりするんだよな」
柴の言葉に、美咲の胸がチクリと痛んだ。
「この後、どうしますか?」
「それは、帰ろう……」
美咲は、今までの人生で使ったことのない女の目をしている自分に気づかない。
「ぼ、僕の部屋を寄ってく?」
美咲は柴の腕を掴み、コクリと頷いた。二人の寄り添う姿を電信柱に隠れてかぐやが見つめていた。
「勝負はこれからよ」
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