第22話 かぐや姫VSシンデレラ




 柴は電車には乗らなかった。


 二人はタクシーで街まで出て、レストランで遅めの夕食を取ることにした。


「なんでも、デムンバールという国が日本への原油の輸入を一時ストップしたらしい。そのあおりでうちの工場が潰れたようなんだ」


 さっきまでとは打って変わって、柴は落ち着きを取り戻し、他人事のように話している。


「元々、デンバールは日本への原油価格を上げようと何度か強引なやり方をしていたようなんだけどね、まさかこんな強引な手を打ってくるとは、逆にデムンバールが心配になって来るよ」


 美咲はデムンバールと聞いて嫌なイメージがわいた。かぐやが行った国だからだが、まさか、今回の事にかぐやが関わっているとはさすがに思えない。


「どうにかならないんですか?」


「親会社がもろにあおりを受けたもんで、取引を中止したいって言ってきたんだ。受注がストップしてしまったから、すぐに新しい取引先が見つけようとしたが、ダメみたい」


 柴はさすがに落胆の色を見せた。重苦しい雰囲気に流れる。


「……でも、まあ仕方ないさ」


 柴はわざと笑みを浮かべ、食事を再開した。


「これからどうするんですか?」


 美咲は恐る恐る尋ねた。


「そうだな……とりあえず、大学を卒業を目指すのと、司法試験を受けるよ。親の会社を手伝うって、弁護士を諦めけど、本当はまだ諦めきれてないし。……それと」


「それと?」


「もう一度キミとデートがしたいな。今度は一日かけて」


「えっ?」


「なんだか、親の跡を継がなくてよくなったからって思われるかもしれないけど、この事に関してはラッキーだと思っている。ダメかな?」


「いえ、いいです」


 美咲は顔が熱くなるのがわかった。


 二人はなんだか食事をする気分ではなかった。


 柴は今後の事を考え、美咲は柴とのことを考えていた。一緒にいられる未来に胸が熱くなる。


 その夜は柴に送られて夜道を歩いた。満月が輝く夜だった。


 かぐやが結婚する宣言をしてから一ヶ月が経とうとしていることを、ふと思いだした。





 翌朝、朝食をとりながらテレビを見ていると、ワイドショーでかぐやの顔がドンと現れ、眠気が一気に吹っ飛んだ。


「ニューカグヤ・コーポレーションの社長で、グラビアアイドル兼モデルの香夜舞さんがデムンバールの王子を振ったことが、今回の原油ストップに影響を与えたという情報がありますが、実際はどうなんでしょうか?」


 司会者がコメンテーターに話を聞いている。その後ろのモニターには空港に押し掛けた記者に、手をかざし取材拒否をしているかぐやが映っていた。


「まさか、という話ですが、あながち否定できません。デムンバールでは先日クーデターが起こり、首謀者が空港で射殺されたという情報が入ってきました。そこにかぐやさんが何らかの形で関与していたという関係者からの証言もございますし、もしそれが事実なら、彼女はとんでもないことをしでかしたかもしれませんね」


「詳しいことは本人の口から聞くのが一番でしょうが、デムンバールを発って、パリを経由して日本に帰って来る予定でしたが、かぐやさんの消息はパリでプッツリと途絶えてしまったようです。どこで何をしているんでしょうかね?全く……」


 司会者はあきれ顔でコメントしている。


 みさきは話の大きさに、朝食のパンを食べるのも忘れて、テレビに見入ってしまった。


「あなたの友達って、凄いわね。ありえないわ」


 母親がいやいやと首を振って、つぶやく。その時、玄関のチャイムが鳴った。


「誰かしら?こんなに朝早く……」


 母親が怪訝な顔で、美咲と目を合わし対応に出て行く。すると玄関から声が聞こえてきた。


「おはようございます、私は週刊ポリスの記者をしている者ですが、かぐやさんのご友人、鮎川美咲さんのお宅ですよね?美咲さんはご在宅ですか?」


 声がリビングまで聞こえてくる。


 玄関は近いわけでもないのにリビングまで筒抜けの大きな声はワザとだろう。美咲は罪を犯した張本人のように緊張した。


 母親が現れて、「どうしようか?」と尋ねる。


「どうするも何も、私、話すことなんてないよ」


「そうよね、分かった。帰ってもらいましょう」


 母親が玄関で対応するが、相手もなかなか引き下がらない。美咲は居たたまれなくなり、朝食もそこそこにして、裏口から家を出た。


 しかし、学校の正門の前は更に悲惨な状況であった。マスコミが押し寄せ、カメラやリポーターたちが学生を捕まえてインタビューしている。


 美咲は見つからないように節目がちに、足早に通り抜けようとしたが、あっという間に見つかってしまった。


「君、香夜舞の友達じゃないの?」


 馴れ馴れしく声をかけてきたのは、以前、かぐやを追いかけていた見たことのあるライターであった。


「彼女はどこにいるか知らない?連絡つかないかな?」


「し、知りません」


 美咲は行こうとするが、行く手を遮るように男が立ちふさがる。


「そんな知らないはずないでしょう、友達でしょ?かぐやさんがヤバイ状況なんじゃない。友達としてはどう思ってるの?やっぱり、こういう大それたことをするような兆候ってあったのかな?」


 矢継ぎ早に質問されて、言葉が出てこない。困って立ち尽くしていると、後ろから腕を掴まれ引っ張られ驚く美咲。


「彼女は今回のことはまるで関係ないです。話す事なんてないに決まっているでしょ?」


 柴は乱暴にライターを押しのけ、美咲を連れて行く。二人はそのまま学舎へと入っていく。


「あ、ありがとうございます」


 美咲は照れくさそうにお礼を言った。


「全く、どうしようもない奴らだよな、マスコミってのは。……かぐやのことは、かぐやに聞けばいいのにさ、いい迷惑だよ」


 柴は怒ったように言った。


「でも、かぐやはどこに行っちゃったんですかね?出るに出られなくなって、ほとぼりが冷めるのを待ってるのかな?」


「さすがの彼女もこの騒ぎの中、現れたりはしないだろう。……それより今日の午後は空いてる?」


「えっ?はい」


「よかった。実は相談したいことがあるんだ」


「相談?……なんですか?」


「色々とまぁ……。その時のお楽しみって言うことで、今はちょっと」


 言葉を濁し、柴は行ってしまった。お楽しみと言って、なんだか、本当に楽しみで仕方で仕方がないといった風であった。


 美咲も同じように幸せな気分になる。なんだか、二人の心が一つになった共鳴感を覚えた。その時、不意に頭の中で何かが切り替わるのを感じた。


 まるで、ラジオのつまみのひねり、ノイズが入ってから、新しいチャンネルに切り替わったような感覚に襲われ、廊下に立ち尽くす美咲。


 ふと、気配を感じ、振り返るとそこにかぐやが立っていた。


「ただいま」


 かぐやは微笑を湛えていた。かぐやを見て、美咲は思わず鼻で笑った。


「学校の前、マスコミだらけだったでしょ?よく入れたね?」


 二人が対峙している廊下に、他に生徒の姿はいない。


「私はどこにでもフリーパスよ。それより結婚相手のことだけど、やっぱり彼だったわ」


「誰?」


「柴竜太郎」


 かぐやがそう言うと、何となく予想ができていた。


「でも彼、私と付き合うことになったの。たった今ね」


 美咲は自信を持ってかぐやの目を見つめ返して言った。


「意外、あなたがそういう言い方をするなんて」


「私にも自尊心があるのよ。負けたくないっていう気持ちもね」


「知ってる。けど、私も譲る気はないわ」


 二人は見つめ合うというより、睨み合っていた。


「かぐや姫は、結婚できずに月に帰るって話じゃなかったっけ?」


「シンデレラのガラスの靴は持ってないでしょ、あなた?」


「あなたには渡さないわ、絶対に」


「その自身、あっけなくひっくり返してあげる」


 かぐやは不敵に微笑んだ。

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