第20話 足踏み
柴は、外で電話をかけると言って席を外した。
人の気も知らないで、早速、彼女と話を付けるために意気揚々と出て行く。一人残された美咲は、冷めたディナーを寂しい気持ちと一緒につついていた。
これで完全に終わるかもしれない柴への片想いに、焦りより、悲しみに似た感情が湧いてきた。
柴が出ていって、三十分近く経つ。自分のことなんか忘れて話が弾み、彼女の元へと行ってしまったのでないかと、財布も不安になる。
かといって、柴を探しに行くことが美咲にはできない。
冷たくなったスープを下げ、メインの肉料理をそろそろ出してもいいかとウェイターがお伺いを立ててきた時、重く沈んだ顔をしたし柴が戻ってきた。
「どうでした?」
戻ってきてくれたことに、とりあえずはホッとする美咲が尋ねた。
しかし、柴の表情が結果を物語っていて、居たたまれない雰囲気となる。
「もう、そんな次元の話じゃないって言われたよ。僕に戻るつもりはない、他に好きな人ができたってさ」
柴は力なく席に着いた。
「……そうですか」
「いつだってタイミングが悪いんだ、僕は。相手のことを考えてるつもりで結局、何もわかってなくてダメにしてしまう。本当って恋愛って難しいよね」
しみじみと実感したように柴が言う。
美咲も同じように恋愛の難しさを考えていた。沈黙をする二人の元へ、ウェイターがメインディッシュを持ってきた。
「……まあ考えても仕方がない。食べようか」
わざと明るく言って、柴はナイフとフォークを手に取る。
この後、柴は言葉少なであった。
こんな時に何を話せばいいのか。そもそも、話をした方がいいのか、黙っていたほうがいいのか、美咲には分からない。
デザートが済み、コーヒーを飲んでる時に柴が思いついたように言った。
「悪いけどさ、もう出ようか」
「……はい」
無言のまま柴の後について行く美咲。
柴は美咲を気にするでもなく、足早に歩いて距離が徐々に開いていく。
このまま柴は、自分の事などお構いなしに行ってしまうんだと不安になったその時、柴は立ち止まり振り返った。
「帰り道、こっちで合ってた?」
美咲も反射的に立ち止まる。
「はい」
「送るよ」
柴は美咲の歩調に合わせ、隣を歩き始めた。
「今日は本当にごめんね。お礼のつもりがなんか変な風になっちゃって……」
「いえ」
「気に障ったでしょう?こないだの事といい、君にはかっこ悪い所ばっか見られている気がする」
「そんなことないです」
「君は優しいな。君といると何でも許してくれそうで、気持ちが楽になる」
「そうですか?」
「なんか、好きになっちゃいそう」
「え?」
「ははは、冗談。……でも、なんで君は、僕なんかと一緒にいる訳?もしかして、僕のこと好きだったりして」
「はい、好きです」
「え?」
軽い口調で話していた柴が、スッと息を飲んだ。そして、吐き出すように言う。
「……そうか……そうなんだ」
「はい」
嫌な沈黙が二人を包んだ。柴が何かを言おうとした時、美咲が遮るように先に言葉を発した。
「あ、もう、ここでいいです。今日はご馳走様でした」
「ああああっ」
美咲は、動揺する柴を残して、細い路地へと入っていった。
* * * *
楽しいはずの晩餐会が一転、大騒ぎとなる。
クーデターは、首都アッサラームの宮殿から少し離れた国会の建物を爆発して始まったという。
クーデターを起こしたのは、デムンバールの過激派ビアン・バ・アンバラ率いるモスラムという組織で、デムンバールをはじめ、近年、中東で勢力を拡大しているという。
デムンバール国軍は直ちに応戦を始め、一時、アッサラームは砲弾が飛び交い、爆発音が轟く戦場と化した。
だが、それも朝方になると、爆発音も遠くの方から聞こえてくる程度に変わっていった。
情報によれば、モスラムはゲリラ戦で国会議事堂と軍の本部があるミヤンという首都の隣の都市を爆撃して壊滅に追い込んだが、プラリントン宮殿に進行するまでには至らなかったようだ。
途中、国軍の反撃にあい沈静化されられたという。
モスラム派は散り散りになり退散したが、どこに残党がいるのかもしれない予断を許さない状況だという。
宮殿内部で待機を命じられたかぐやに、ゴーネルが逐一、報告してくれた。
「結構、危ない国だったのね」
かぐやは溜め息混じりに呟いた。
「いえ、本来は穏やかな国なのですが、今の国王が即位した時に、西の都の油田地帯を一手に開発するために、そこに住むモスラム派の民を追い出してしまったことで、こういう事態になったのです」
「なるほど、恨みが火種だったのね。それじゃあ、根深いわね」
「国王は先進国との油田の取引により莫大な富を得て、一方では国民が貧困に喘いでいるのです。モスラムでなくても、そりゃあ怒りますよ」
ゴーネルは鋭い目をしながら、訴える。
「でも、動けないのは苦痛よね」
かぐやは困ったように腕を組んで、豪華な椅子に身体を鎮める。
その時、ドアが激しく開いたかと思うと、先頭に三十代後半くらいの厚化粧をした中年の女と、それに続き二人の若い女性、王子が続いて部屋に入ってきた。
先頭の中年女性は、何やかぐやに向かって言ってきたが言葉が分からない。
「王子の第1夫人です」
中年女性を指して、ゴーネルがかぐやに耳打ちする。
「ああ、この人が……」
かぐやは、何やら怒っている風の第一夫人を値踏みするように視線を這わせる。
「で、この人なんて言ってるの?」
「怒ってますね」
ゴーネルは困ったような顔をして、王子の方を見た。
「すまない、かぐや」
王子の指示により、夫人の二の腕を取って連れて行こうとする二人の侍女たち。だが、第一夫人は頑として動こうとしない。
「ねえ、何て言ってるのよ?」
かぐやは苛立ち、ゴーネルに通訳をせがむ。
「はい、彼女はこの国から出て行って欲しいと言っています。今回のクーデターやその他の国の災いをもたらしているのは、あなたが来たからだと言っております」
言いづらそうにゴーネルが答えた。
「はあ?」
「彼女は預言者なのです。とても、よく当たります」
なるほど。どおりで彼女を取り巻く連中が、彼女に恐れおののいている様子が分かる。
「冗談じゃないわ。私は昨日、この国に着いたばっかりよ。問題をもっと別のところにあるはずじゃない」
「ノー、ノー、ダメです。彼女に逆らっては……」
ゴーネルがかぐやを制する。
「ジュファル、何か言ってよ」
「ハーディネス、さあ、行こうか」
ジュファルは困ったように、第一夫人の腕を引っ張る。夫人は相変わらず、何かを叫びながらかぐやを睨みつけて、しきりに訴えながら連れていかれる。
「なんだか、疲れたわ」
かぐやにしては珍しく、ため息をつく。
その夜、かぐやは夢を見た。古い記憶の中の唯一の汚点のような夢であった。
――宮津の宮みやつのみや殿下の東宮御所に招かれたかぐやは、そこに居並ぶ豪族の中に、不穏な空気を感じていた。
「よくぞ、参られたかぐや殿。ささっ、近くに」
宮津の宮殿下は微笑みを称え、かぐやを招く。しかし、かぐやは周りの刺すような視線を前に動かない。
「恐れながら殿下、この女は魔物でございまする」
一番、上座に近いところに座る右大臣の大上之山左衛門おおうえのやまざえもんが宮津の宮に向かって言った。
「魔物?何を根拠に?」
「宇佐美うさみの方かたの霊言でございます」
「宇佐美の方の?」
宇佐美の方とは、都の影の支配者と言われる祈祷師で、宮津の宮の側室の一人であった。
「今年に入り、都では冷害により作物が育たずに民は貧困に喘いでおります。なんでも東の国に不穏な者の存在が叫ばれています。殿下がこの者と契りを交わすことで、災いが一層増し、国を滅ぼすこと宇佐美の方は言っております」
大上之山左衛門が捲し立てるように言う。
「殿下」
その時、かぐやが二人の間に割って入った。
「大上之山様の話、根も葉もない事でございまする」
かぐやの発言に一同は騒然とした。
この時代、女が男の話に口を挟むのはタブーとされており、しかも、身分の上下が非常に厳しく、まして、右大臣を名指しするなどあり得ない話であった。
「全ては、宇佐美の方の嫉妬でございます。殿下を私めに取られんがための策略でございます」
「黙れ、ここをどこだと心得る?恐れおおくも宮津の宮様の御前であるぞ。口を慎まんか」
大上之山左衛門がかぐやの前に立って、叱責する。
「誰か、この者を捕らえよ」
大上之山の命を受け、警備の者がかぐやを取り囲む。
「殿下、話を聞いてくだされ」
しかし、かぐやの訴えに顔を背ける宮津の宮。
「殿下っ」
かぐやはそこで目覚めた。朝日が室内に入り、外から小鳥がさえずりが聞こえていた。
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