第17話 合コン




「でさあ、そのイタリア男がしつこく言い寄ってくるものだから、本当に参っちゃって。ホテルの中まで入って来るものだから、私は言ってやったのよ……」


 いつもの風景、秋葉大学の学食には大勢の男子学生に囲まれたかぐやが中心で話をしている。


 そこにズカズカと勢いよく美咲が飛び込んでいく。


「イタリアの種馬なんて気取っているけど、あんたの顔は種無しスイカみたいだってさ。もちろんイタリア語でよ。でも、イタリアには種無しスイカなんてないんだって。男は意味を理解してないし、余計にしつこくされたわ」


 かぐやがお手上げのポーズを取ると、どっと笑いが起こる。


「かぐや、ちょっといいかな?」


 美咲がいつになく真剣な眼差しでかぐやの話に割って入った。


「何かしら?」


「ここではちょっと……」


 美咲は周囲の男たちを見回して言った。


「構わなくてよ。皆さんに聞かれて困ることなんてないから」


「私はあるの。いいから来て」


 美咲がかぐやが腕を引っ張って、男たちの間を抜けていく。学食を出て、階段の踊場まで来たところでかぐやは腕を振りほどく。


「ちょっと何?どこまで、連れて行く気なの?」


「あなた、本当に結婚する気あるの?」


 美咲は憮然と尋ねた。


「あたり前じゃない、何言ってんのよ、今頃?」


 かぐやは手を腰に当てて、平然と答えた。


「だったら何で、候補者全員をフッったのよ?」


 美咲が声を荒げた。


「だって、気に入らないんだから、仕方ないでしょ」


「あなたのために時間を割いて、全員とデートした私の立場はどうするの?」


「そんなの知らないわ。あなたをねぎらうために相手を選べって言うの?」


「そうじゃないけど、それにしたって一言ぐらい言ってもいいじゃない。小坂さんの一件以来、何も言ってこないし、どうなっているのかとか、ダメだったとか。私は、秘書の人に今日聞いて……」


「それは悪かったわね、美咲様にご報告が遅れてしまい、大変失礼いたしました」


 いちいち気に障る言い方をするかぐや。


「もういい。あなたに協力することはなんてもうないんだし、結婚するのはあなたなんだしね。残り一ヶ月しかなくて、結婚相手が見つからなくても、私の知った事じゃなかったわ」


「よく喋るわね。心配してくれるの嬉しいけど、既に手は打ってあるから」


「えっ?」


 美咲の驚きをよそに、かぐやは思わせぶりな笑みを浮かべる。


「日本人だけで判断するのは止めにしたわ。世界は広いだし、私が気に入る人がきっといるはずよ」


「はあ……」


 瞳を輝かせているかぐやに対し、ため息しか出ない美咲であった。


 その頃、かぐやが世界に向けてインターネットで配信した花婿募集の広告は、ものすごくスピードで拡散され、アクセス数を伸ばしていた。








 *       *       *       *








 美咲の恋は、長い片思いのトンネルの中、未だ出口の見えない状態であった。


 一時期、小坂に惹かれたが、やはり美咲とは年齢の差や人生の状況が違いすぎて、恋まで発展しなかった。


 美咲が思うのは、やはり柴竜太郎一人である。


 柴とは、ニュー・エナジーコーポレーションの一件以来、まともに口も聞いていない。美咲を未だに AV 女優と思っているのかわからないが、それを確かめる勇気はない。


 美咲の毎日の日課は、柴が部長をしている茶道部の茶室の前を通り、偶然を装い会えることを期待することと、あとは柴が行きそうな場所に足しげく通うことであった。


 たまに見かけたその日は、それだけでハッピーたが、会えない日の方が多い。それもそのはず、柴たち四年は本格的に就職活動に入り、ほとんど大学に顔を出していないのだから。


 自然とため息が漏れる美咲。


 講義の終わりに友人の麻美あさみが声をかけてきた。


「今日さー、合コンがあるんだけど、メンバーが一人足りないんだ。来れないかな?」


 最近、どういう理由か合コンに誘われるようになった。


 いつも勉強があるからと断っているが、この二週間、柴に会えないフラストレーションが溜まり、お酒でも飲みたい気分であった。


「すごいよ今日は。モデルの卵、イケメン揃いなんだから」


 麻美は嬉しそうに言う。


「わかった、付き合うから」


「ほんと?よかった」


 何がいいのか、美咲には理解できない。


 こんなにも遠い相手をなぜ思うのか?もっと相手は、他にもいるだろう。美咲はそれでも、なぜか柴に対して特別な思いを感じている。


 しかしそれも、そろそろ断ち切るべきなのかもしれないと、合コンで素敵な出会いを期待することにした。





 合コンはちょっとお洒落なレストランで行われた。


 麻美の言うとおり、男の子たちはみな長身で顔がよく、モデルの卵らしくオシャレな人達ばかりであった。


 女の子も麻美の友人の中でも綺麗どころを集めてきたようで、その場は美男美女ばかりで美咲は場違いのように思えた。


「美咲ちゃん彼氏いないんだ。不思議だね、こんなにかわいいのに……別れたの?」


 隣に座った、真中吾郎というモデルというよりホストクラブの方が似合いそうな、派手なシャツの茶髪の男はよく喋った。


「いいえ、元々いないんです」


「もしかして、今まで付き合ったことないの?」


「おかしいですか?」


 真中のオーバーリアクションに美咲は唇を尖らせた。


「いや……ただ、もったいないなと思って。もっと、人生を楽しまなくちゃ。恋愛するのって、色々大変だけど、やっぱ楽しいし……」


 笑顔でそう言われると、自分がずいぶん勿体ないことをしてきたような気がしてきた。


「それに男は、そんな君が持ってるほど怖い生き物じゃないよ」


 皆が打ち解けて、美咲も場の雰囲気に和むことができた。





 トイレから戻ろうとしたその時、男子トイレのドアが勢いよく開いて、中から足をフラつかせながら男が出てきた。


 驚く美咲は立ち止まり、男を先に行かせるが、よく見るとそれは柴であった。


「柴さん?」


 その声に、柴は美咲に気付いた。


「やあ、偶然だね。君は、えーと、何て言ったっけ?背の高い……」


 相当酔っているようだ。


「大丈夫ですか?」


「ハハッ、思い出した。 AV をやってた子だ。大変だね、その若さで AV なんて出て……」


「 AV 、AV って……AV なんて出てません」


 本気でムキになる美咲。


「そっか……まあいいや。じゃあね」


 柴はふらつく足取りで行ってしまう。


「で、この町に宇宙人がいるって噂が広まったの」


 席に戻ると、みなお酒が入り、そうとう陽気になっていた。


「また、そんなデマを……麻美ちゃん、マジでほら吹き」


「本当なんだって。三月に宙町そらまちの竹やぶに隕石が落ちて、そこで宇宙人を見た人がいるって、結構、噂になっているんだから……」


 美咲は柴のことが気になっていた。


 普段の柴から想像できない酔っ払いぶりであった。でも、だからと言ってこの場を離れて、柴のところに行くことはできない。


 チャンスも、美咲にとっては素通りするだけの、ただの風景でしかない。場の雰囲気に溶け込むフリを続け、言われるがままに次の店まで行くこととなる。


 何組か、いい感じの雰囲気が出来上がって、美咲は付かず離れず一同についていく。そこへ麻美が言いよってくる男を振り切って、美咲の所にやってきた。


「ねえ美咲、楽しんでる?」


「まあね」


 美咲は曖昧に微笑んだ。


「なんで、誰とも付き合ったことないなんて正直に言うのよ?引くでしょ、男の子たち」


「やっぱそっか。変な子だって思われているんだね」


「違うよ、美咲は同性から見ても綺麗だって。ただ、心ここにあらずって感じ。楽しむ時は楽しまなくちゃ」


「それができれば苦労はないわ」と言いたかったが、「そうね」と答える。


「ほら、またそれっ」


 すかさず麻美がツッコんだ。


「その妙な突き放したところが、一緒にいる人を寂しくさせるものなのよ。もっと、自分の感情に素直にならなくちゃ。かぐやみたいにさ」


 美咲は黙った。


「……ごめんね。ちょっと、言い過ぎた」


 麻美は美咲が黙っているのを怒ったと思ったらしく謝ってきた。


「違う。かぐやで思い出した。……たしかに麻美の言う通りだ、本当に」


 美咲は不意に立ち止まる。


「どうした?みんな行っちゃうよ」


 一団が、どんどん離れていく。


「ごめん、私、思い出したことがあるから帰るね」


「えっ?私で言ったことで怒ってるの?」


 麻美が不安げな顔を向けて尋ねた。


 美咲は微笑んで首を振る。


「違うの、本当にそんなんじゃない。私には好きな人がいる。その人に会いに行くことにした」


「あっ……そう」


「じゃあね」


 手を降り、美咲は来た道を戻って行く。

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