第13話 ドレスアップ






 学食に入ると一番に、柴とかぐやがいちゃついている姿が目に入った。


 美咲は二人の元に一直線に歩いて行き、かぐやを睨みつける。


「ちょっと、あなたのために徹夜してプロフィール見てたのに、何してるの?」


 しかし、かぐやは慌てることなく、微笑を浮かべた。


「見て、分からない?」


「あんた真剣に結婚する気があるの?」


「あるわよ、ねえ?」


 かぐやは隣の柴を潤んだ瞳で見つめる。


「そうだね」


 柴もかぐやを見つめ返し、今にもキスしそうなほど顔を接近させた。


「柴さん、どうしたんですか?こんな女の上辺の魅力にハマって……柴さんだけはそんな人とは思いませんでした」


「あら、それはどういう意味?」


 かぐやは立ち上がり、美咲を見下ろした。


「こんな男だよ、僕は。誰も彼女の魅力にはかなわないのさ」


 柴も立ち上がり、かぐやを見つめる。


「キャ、嬉しい」


 かぐやが柴に抱きつく。


「ムキ―ッ、悔しい」


 美咲は歯ぎしりして、地団駄を踏む。


「あなたには彼らがお似合いよ」


 かぐやが、美咲の背後を指さす。


 振り返るとそこには、デブやチビやハゲの男たちが大勢いて、誰もが手に花束を持って立っていた。


「あなたのために公募しておいたの。こんなのしか集まらなかったけど、この中から好きな人を選んだら?」


「美咲さん、結婚してください」


 男たちが一斉に美咲に迫ってくる。


「いやよ」


 かぐやと柴が高らかに笑っている。


「止めてぇ、来なくていいって」


 美咲は逃れようともがくが、なおもゾンビのように群がる男たち。追い立てられるように廊下に出ると、本当にゾンビが廊下に押し寄せ、襲ってきた。




「ハッ」と目覚める美咲。夢であった。


 目が覚めると心臓がバクバクなっていることに気づく。


「リアルな夢……」


 目を擦り、下を見るとプロフィールの上に大量のよだれが広がっていた。


「あーあっ」


 慌てて拭こうとしたが、


「まあ、いいか」


 と諦めて、プロフィールの束を掴んで、バツの段ボールの方に入れる。


 プロフィールの山を枕に寝ていたようだ。


 携帯の時計を見ると、明け方の五時を回っていた。部屋を出ると、社員も誰もいなかった。


「社員でもないのに……」


 美咲は思わずつぶやいた。


 始発の電車で帰るため、トボトボと駅に向かって歩いていると、カラスの群れが美咲を敵だと思い、騒ぎ立てる。


「いいよ、もう。何もしないから、放っておいて」


 カラスにしか文句の言えない自分を思い、イヤになる美咲であった。








 *       *       *       *








 翌日は日曜日で、朝一番にかぐやのオフィスに来るように呼ばれた。


 かぐやのオフィスには、たくさんのモデルのような男たちがいて、かぐやを中心に談笑していた。


「あのーっ」


 おずおずと部屋に入っていく美咲に誰も気づかない。


「……それで、また男の方が頭が悪くて、これはフランス産のワインだよって気取って言って、ラベルを見たら、カリフォルニアワインだったの」


 男たちから笑いが起こる。


「あら?美咲」


 かぐやが入口に立つ美咲に気づく。


「かぐや、用件は何?今日は勉強しようと思っていたんだから、用件を早く言って」


 男たちが美咲に気づき、注目しているので早口になる。


「お見合い相手の選別は終わった?」


「終わったわ。プロフィールから、お見合い相手を選んでおいたから」


「そう。ありがとうね」


 かぐやは軽くあしらって、男たちと話を続ける。


「で、女のほうも無知だから、すごい、なんて喜んでいて。どこに田舎者だよこのカップルは、って思って見たら、男の方が総理大臣だったのよ。総理大臣が、愛人を連れて堂々と食事して馬鹿をひけらかしているこの国は、マジでヤバいと思ったわね」


 美咲のことを完全にほったらかしで、盛り上がっている。


「それだけ?」


 美咲は思わずつぶやいた。


「美咲」


 眠い目を擦りながらエレベーターを待ってると、フロアに響くかぐやの声がした。


「あなた、なんで帰るの?」


 まるで自分が間違っていると勘違いさせるように、かぐやが迫ってきた。


「用件は済んだんでしょ?私だって忙しいのよ」


 美咲はムッとしながら言い返す。


「まだ、終わってないでしょ?用件を伝えてないわ」


「はあ?……用件?何よ?」


「今夜はデートだからね」


「デート?……デートって誰が?」


「決まってるじゃない、あなたよ。あなたが選別した男たちとデートをするの。選別した全ての男たちとデートして、さらに絞り込むのがあなたの役目。私にふさわしい相手をね」


 かぐやは当たり前のように言う。


「いやよ、私だって予定があるんだから」


「予定って何?毎週、欠かさず観ているドラマを観るってこと?同級生に遅れを取らないように必死に勉強すること?下手な絵を描くこと?」


「い、いろいろよ」


「人生にはもっと大切なことがあると思わない?」


 また、かぐやのメチャクチャな説得が始まりそうなので、聞く耳を持たないように背中を向ける。


「ねえ?男と女って何で魅かれあうのか分かる?」


「何を言われようと行きませんから」


 エレベーターが来たので、慌てて乗り込む。


「その意味を知りたければ、今夜パークサイドホテルに来ることね。この人が最初の相手よ」


 かぐやはプロフィールの一枚、閉まるドアの隙間から入れた。


 プロフィールがヒラヒラと舞って滑り落ちる。写真の顔が、美咲を見上げて笑っていた。例の柴似のIT 社長であった。


 美咲はプロフィールを拾い上げてつぶやく。


「誰が行くもんですか」








 *       *       *       *








 パークサイドホテルは一年前にオープンした大人の雰囲気が漂う高級ホテルである。


 そこの最上階のレストランは、予約が取れないほどの超人気店だ。美咲は雑誌で見て知っている程度の知識しかない。


 来るつもりはなかったが、ほんの少し前を通って、どんな雰囲気のホテルか見たかっただけだ。


 だが、ホテルの前を通ると、いきなり初老の淑女が美咲を呼び止めた。


「鮎川美咲様、香夜舞様から承っております。さあ、こちらへ」


 と促されて、まるで糸で操られてるように、淑女の後についていく美咲。


 美咲は、この淑女をお見合いの立ち会い人かなにかと思い、この人が仲介役としてお見合いが進められるのかと思った。


 自分の相手を探すわけでもないのに、美咲はえらく緊張していた。淑女に連れられて入ったのはブティックであった。


「第一印象が大切ですから」


 戸惑う美咲に対して、淑女は言った。


「でも、これは私のお見合いじゃ……」


「分かっております。しかし、使者は主人の姿を表すと申します。それに、あなたはお美しい。ここの服がよく似合いますよ」


 この上品な淑女に言われると、なんだかその気になってきた。言われるままに服を何着か試着して、白いドレスに落ち着いた。


「とってもよくお似合いです」


 鏡に映る自分も、まんざらではないという表情をしている。


「それでは次にメイクをしますので、別室へ」


 淑女に案内され、メイクルームへと入ると、三人の綺麗なお姉さんが待機していた。


「メイクを担当する陣内です」


「よろしくお願いします」


「ヘアメイク担当の吉良です」


「どうも」


「ネイル担当の三河と申します」


 三人が次々と自己紹介をしてくるのを、ドギマギと迎え、会釈をする美咲。


「それでは一時間後に参りますので、何かありましたら遠慮なしに彼女らに言ってください」


 淑女はそう言い残し、部屋を出ていく。


 こうして、ビフォー、アフター並みに、美咲の改装工事が始まった。


 一度、『ニュー・エナジーコーポレーション』で山下のおばさんにメイクされたが、今回はメイクアップは彼女の比ではなかった。


 まるで、プロのモデルや俳優にするように、(見たことはないが、イメージで)陣内というメイクアップアーティストが美咲の顔にメイクを施す。


 陣内は整った顔立ちのイケメン女子で、そんな女性が真剣な眼差しで顔を近づけてメイクをしているので、美咲は内心ドキドキしていた。


 メイクはあっという間に終わり、次はヘアメイクに取り掛かり、仕上げにネイルをして完成した。


 女が輝く、という意味が理解できたような気がする。髪の毛の先から足の爪先まで、鏡に映る自分が輝いて見えた。


「これが私?」


 気が付くと後ろに淑女が立っている。


「これなら、どんな殿方も、あなたの虜となるでしょう」


 美咲は言葉にならず、鏡の中の自分を見入っていた。


「それではデートのお相手がお待ちです。行きましょう」


 淑女がエスコートをする。

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