第12話 かぐやの花婿候補





 美咲は泣きたかった。


 先日、柴に勇気を出して話しかけたとき、思わぬ誤解を生んでいることに気づいたからだ。




「このあいだはご馳走様でした」


「ああ、飲み会のこと?……構わないよ」


 美咲もだが、柴はもっとぎこちなかった。


「……彼女さんとは、あれからどうなりましたか?」


 余計なお世話と思ったが、話題がないので思わず聞いた。


「……まあ、なんとか」


 その時、友人が呼んだので柴は「じゃあ」と行ってしまう。


 なんだか、その場から逃げるように早足であった。


 柴と合流した友人の口から、「…… AV 」という言葉が聞こえてきた時、美咲はハッとした。


 振り返り二人を見ると、なんだか自分のことを話題にしているように思えた。その瞬間、身体がカッと熱くなる。


 そういえば柴に『ニュー・エナジーコーポレーション』 のことを話した覚えがあった。


 柴が 『ニュー・エナジーコーポレーション』をどういう会社か知っていたら、当然、そこで働いていると話した美咲を AV 女優と思っていても不思議はない。


 柴だけではない。美咲が、 AV 女優であるという事実無根の話が、学内に広まっているのかもしれない。そう考えると、まるで学校中の人間に、白い目で見られているという錯覚さえ抱く。


 美咲は居たたまれなくなり、かぐやに電話を入れた。


 しかし、かぐやは美咲の愚痴を早々に切り上げ、とある場所に来てほしいと指定してきた。美咲は次の日、都心にある真新しいビルに赴いた。


 そこはオフィスビルで、眩いばかりの大理石の床に、パリッとしたスーツを着たビジネスマンが闊歩している。美咲は完全に気後れした。


 最上階のフロアに降り立つと、ドラマに出てくるようなオフィスになっていて、目の前の壁に金の文字でデカデカと、ニュー・カグヤコーポレーションという文字が目に入った。


「まさか……本当に?」


 美咲は面食らい、オフィスから出てきた女性に声を掛け、かぐやのことを聞いてみると、「社長なら奥にいます」と言って案内された。


 美咲は、よく映画に出てくるようなガラス貼りの部屋に案内され、中で、かぐやらしき女性が大きなデスクの前に座って仕事をしているのを見た。


「社長、鮎川さまです」


 女性がドアをノックして中に声を掛けると、美咲に気づいたかぐやは、指を二度曲げるジェスチャーをして、入るようにと促す 。美咲は恐る恐るドアを潜り中に入る。


 かぐやはデスクに座り、書類を捲りながら電話をしていた。


「……あまりパッとしないわね」


 中に入った美咲に、ソファーに座るようにジェスチャーをする。


 待ちながら、室内を見回す美咲。


 きれいに装飾されたオフィスに、デスク、パソコン……その前に座るアリスブルーの Y シャツにタイトな黒のスカートを履いた、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンといった感じのかぐやがいた。


「お待たせ」


 電話を終えてかぐやが美咲へと近づいてきた。


「あなた、これは一体どういうこと?」


 美咲は率直な疑問をぶつけた。


「言ったでしょ、会社を持ったって。ここでは一応、社長よ。カッコ、雇われだけどね」


「どこをどうしたらそうなるの?つまり、あの『ニュー・エナジーコーポレーション』を乗っ取ったってことなの?」


「オブラートに包まなければ、そうかも。……けど、そんなことはどうでもいい。それより、来てもらったのは大事な話があるからなの」


 かぐやの大事な話は、美咲にとって単なるやっかい事でしかない。美咲は気が重くなるのを感じだ。


「何、大事な話って?」


「私、結婚することにしたの」


「えっ、マジで?」


 思わず、普段、使わない言葉が口から出た。


「正確には、結婚しなくちゃいけないの。私が十九になるまでにね。そして、二十歳までに子供を産まなくてはいけないのよ。そういう決まりになっているの」


「ちょ、ちょっと待って」


 相手の理解が追いついてないのに、サラッと話すのがかぐやの得意技だが、美咲は頭の混乱しそうであった。


「それは、あなたの家系で決めたられている、決まりってことなのね?」


「まあ……そうかな。正確には、月の決まりなんだけど」


「月の決まり?何よ、それ?」


 またしても訳のわからない言葉が出てきたので、美咲はイラっとする。


「例えば、人間が月の満ち欠けに左右されることは知ってるわよね?」


「なんとなく」


「女性の月経なんて、その象徴みたいなものよ。……そして、私の体もそうできているの。つまり、十九までに月が満ち始め、二十歳で完成するってこと。逆にそれを過ぎたら私は、私は衰え、子供を授かることができない。つまりは役目を果たせずに死ぬってこと」


「はあ……」


「適当な返事は止めて」


「だって、なに言ってるか分かんないいんだもん。要は、結婚して、子供を持つってことなのね。それなら、そうすればいいじゃない。かぐやなら、その気になればすぐ相手は見つかるでしょ?」


「それが上手くいかないから、あんたの微力でも借りたいって言ってんの」


 頼みごとをする相手を貶してくるのはかぐやらしい。


 ここで断ろうとすれば、かぐやはムキになって言いくるめようとするに違いにない。美咲は諦めたように聞いた。


「で、私は何をすればいい?」


「それよっ」


 かぐやは部屋の隅にある山積みされたダンボールを指さした。さっきからこの部屋にはそぐわないダンボール箱だと思って、気になっていた。


「何あれ?」


「結婚相手を雑誌で募集したところ、全国から送られてきた花婿候補のプロフィールや手紙などなど」


「……募集したの?」


「だって、候補は多い方がいいじゃない?よりすぐりの中から選んでこそ、いい人材にめぐり逢えとってものよ」


「一体、何人ぐらい来たの?」


「雑誌が発売されたのが一週間前で、今のところ一万通くらいかな?まだまだ、来てるみたい」


「一万……」


「この中から、あなたが良さそうと思う人をチョイスして欲しいの」


「ええ?」


「私は忙しいから、よろしくね」


 とデスクに戻る。


「私だって忙しいわよ、それにあなたの結婚相手でしょ?」


「確かにね。でも候補を絞るくらいあなたにだって出来るでしょ?要するに選別よ。一万人を百人くらいする作業」


「そんな簡単に言わないで。それだったら、他の人に頼めばいいじゃない。たくさんいるんでしょう、社員が?」


 話している間も、後ろを歩く女性たちの姿を、先ほどから何人も見ている。


「それがダメなの。私は、美咲という人間の目しか信じてない。だから、他の人にはこんなことは頼めない。美咲が選んだ人なら、間違いないって受け入れられるってわけ」


 かぐやの言葉には毒がある。人を麻痺させる毒が……。


「じゃあ、私が柴さんがいいって言ったら、あなたは結婚するの?」


 美咲は思わず自分の願望を口にして、しまったと後悔した。


「喜んで。でも、あなたはそれでいいの?」


 言い返す言葉が見つからない。


「まあ、そんなに深刻に考えないで。バイト料も出すし、一日でできる仕事だから、お願いね。美咲」


 もう、やることが前提のかぐやの態度に、「ノー」と突っぱねられない自分が腹ただしい。





 別の部屋が用意されていて、気がつくと、全国から送られてきた、独身男性のプロフィールとにらめっこしている美咲がいた。


「しかし……」


 段ボールの半分を見終えて、時刻はすでに夜の八時を回っていた。開始から八時間が経過していた。


「愛に飢えた男が多いと言うか、かぐやの表面の美しさに騙されている人間が多いと言うか……」


 夕食のサンドイッチをパクつきながら、プロフィールに目を通していると、なんだか、だんだんと楽しくなっていた。


「この人すごい。東大卒のオックスフォードに留学。で、生物学で博士号を取得か。……でも、顔はイマイチなんだよな。それに、歳は三十五か」


 何枚かペラペラめくっていると、一人の男の顔写真に目が留まった。どことなく柴に似ていて、優しそうな顔の男だ。美咲はその男のプロフィールに目を通す。


「小坂雷蔵。慶応卒で、二十五歳のとき、インターネット会社を起業、現在は通信技術を中心に様々な分野に進出している……ピスター社か」


『ピスター社』なら美咲も聞いたことがある。


「年齢はちょっと高いけど、いいかも」


 美咲はもう一度プロフィールの写真を見て、それを合格の箱の中に入れた。


 気を取り直して、再び、他のプロフィールに取り掛かろうとしたとき、部屋のドアが開き、事務員の女性が両手に段ボールを抱えて入ってきた。


「新しく届いた分です」


 美咲は、唖然とその様子を見つめ、大きくため息をついた。

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