第11話 大逆転
柴竜太郎は、疑問に思うことを放っておけない性格であった。
昨夜、鮎川美咲から聞いた『ニュー・エナジーコーポレーション』という会社が頭の片隅に引っかかっていた。
「なあ、ニュー・エナジーコーポレーションって会社、知ってるか?」
柴はこういった雑学に詳しい朽木に聞いてみた。
「お前、よく、その会社名をこんな大衆の面前で言えるな」
柴は、朽木の言ってる意味が分からなかった。
「その会社、表向きは雑誌社を名乗っているが、裏では AV 制作会社をしている。結構、人気があるんだぜ、マニアの間では」
「それ、本当か?」
「レイプものとか盗撮ものなんかをウリにしていて、結構やばい会社なんだよな。噂じゃあ、うちの大学にも出演したことのある学生が何人もいるらしいってことだ」
まさか、あの美咲がこんな会社に関わっていると信じられなかった。
「女って、怖いよな。平気な顔して、そういうことできちゃうんだからさ。所詮、金めあてだろうけど、マジで軽いな」
朽木の言葉を聞きながら、柴は、美咲がそういうことをすると、どうしても思えなかった。
だが、それも彼女が選んだ道、お金の為だと言っても、どんな理由が隠されているのか、他人に計り知れないものだ。
「だが、気になるなぁ……」
「は?」
柴は学食を深刻な顔をして出ていく。
スタジオには三人のスタッフが忙しく動き回って、撮影の準備に取り掛かっている。
その脇で、緊張し固くなってる美咲がいた。
「シャワーを浴びてきた方がいいんじゃないか?」
いつのまにか、細木が横に立っていた。
「私、やっぱりできません」
「別にいいんだよ。君がやらないと言うなら、君を使ったお金をご両親に立て替えてもらうからね」
蔑むように見下ろす細木の目に、美咲は意を決して前へ出た。
「女優さん入ります」
セットは女の子の部屋いう設定で、ぬいぐるみや明るい壁紙となっている。ベッドがあって、その上に上半身裸の、日焼けした筋肉質の男が座っている。
「それじゃあ、段取りを説明させてもらいます」
監督のような男が近づいてきて話し始めた。
「まず彼女がベッドの上に座ってて、そこに村さんが来て、隣に座ります。村さんがキスをして、彼女の服を徐々に脱がしていく。彼女は何も心配しなくても、任せればいいからね」
村さんという男優は、美咲に向かって微笑んだ。
「それじゃあ、テスト行きます」
全員の視線が美咲に注がれる。
美咲は震え、男優がやってくるのを見つめた。誰か助けを求めようとするが、誰一人として美咲に同情の目を向ける者はない。
美咲は全身の硬直して、冷や汗が止まらない。耳鳴りがして気持ち悪くなってきた。
次の瞬間、美咲の中で線が一本切れた。
ベッドから弾かれたように走りだし、セットから飛び出そうとした。しかし、それに気付いた細木が立ち塞がって美咲の腕を掴んだ。
「逃げられないんだ。大人しくしろ」
「止めて」
美咲は必死に腕を振り解こうとするが、その頬に痛みが走った。
「言う通りにしないから、痛い目を見ることになるんだぞ」
細木はドスの効いた声を出した。
美咲はビンタをされて、頭が真っ白になった。その美咲を男優が後ろから羽交い締めにして持ち上げてセットの中央へと連れて行く。
悲鳴か嗚咽か分からない声を漏らす美咲。ベッドへ投げ出されると、男優が美咲の服を脱がし始めた。
「はい、そこまでね」
その時、スタジオに大きな声が響いて、皆が一斉に止まる。
ハンドスピーカーを手にしたかぐやが、謎の男と立っていた。脇の男は小型のビデオカメラを手に持って、一部始終を撮影している。
「なんだ、てめぇらは?」
監督が椅子から立ち上がり、二人に近づいてくる。
「ここで犯罪行為が行われていた証拠は、バッチリ撮らせてもらいました。この人は警視庁生活安全課の課長、杉田さんです」
ビデオカメラを持ちながら杉田が一礼する。
一同に動揺が走る。
「社長はすでに逮捕されたわ。あなた達も観念することね」
「ふざけるな。そんなの嘘に決まっている」
細木が、かぐやに殴りかからん勢いで近づく。
「俺たちは、別に犯罪なんて犯してないぞ。全て彼女が承諾済みでやっていることだ。それに社長が逮捕されただぁ?社長は俺だ」
「あらっ、バカね。自分で逮捕されるようなことを言って」
かぐやが微笑む。
「それに、刑事だと?俺たちをハメようってんじゃないだろうな?」
「本物よ」
「大方、友達を助けようと、芝居をしているだけだろう」
「なんで、そんなことする必要があるの?彼女は彼女。彼女が選んでそうなったんだからね。……けどね、あなた達のやり方はどうかと言っているのよ」
「なんだと?」
「女性の意志を待てばいいものを。そうやって、力づくでやろうとするやり方が、気に入らないのよ。女をまるで分かってない」
「言うことを聞かない女を力づくでいうことをきかせて、何が悪い?」
「男が強引に女の心の扉を開けようとすれば、余計、扉が開かない。分からない?あなたたちのやり方が間違っているのが」
かぐやの言葉に、細木が不敵に微笑んだ。
「これはビジネスだ。女の商品だ。商品をどう売るかは俺たちが決めること。嫌がる女を無理やり犯すのが好きな男は、この世の中には大勢いる。それで俺たちの商売は成り立っているのさ。そして、俺たちは、そのおかげで大金を得ることができる。みんな得をしていんだ。何がいけない?」
「なるほど、ビジネスね。杉田ちゃん、撮った?」
かぐやは杉田に確認を取る。
「はい、ばっちり」
「どういうことだ?」
細木は怪訝な顔をする。
「これもビジネスよ、あなたが好きなね。あなたは、これは女の子達が承知しているって言ったのよね?それを証明できる」
「当たり前だ。書類がある、契約書類がな」
「書類ってこれ?」
かぐやの手には何十枚もの契約用紙が握られていた。
「それは……」
するとかぐやはその契約用紙に、ポケットから取り出したライターで、火をつける。
「バカ、やめろ」
細木が駆け寄る前に、契約書は火を放たれ、瞬く間に燃え広がる。
「これで契約は無効よ。更に、この件で女たちを強請った、脅したりした、これらのテープが警察に行くことになるから。その中には、もちろんあなたたちがしてきたこと全て収められているということを忘れないでね」
「貴様、そんなことをして済むと思っているのか?」
細木がキレて、かぐやに襲いかかろうとするが、すぐに横の杉田に取り押さえられる。
「言ったでしょ、本物の刑事だって。ただしマル暴のだけどね」
「なんだと?」
杉田に抑えられて苦しむ細木。
「細木、お前は山城会にいた頃より、ずいぶんと出世したな」
杉田に言われて、ハッと気づき観念する細木。
「わかった、お前らの言うとおりする。あの女は連れて行っていいから」
「勘違いしないで。言ったでしょ、これはビジネスだから。あなたに仕事を頼みたいの。タダでね」
かぐやは細木を見下ろして、平然と言った。
「ビジネス?」
「まあ、詳しいことは後でね。……逃げんじゃないわよ」
かぐやは意気揚々と引き上げていった。
後に残された細木、スタッフ、そして美咲は、ポカンとその後ろ姿を見送った。
* * * *
数日後、行われたテストの結果に、美咲は嘆く気力も残っていなかった。
『ニュー・エナジーコーポレーション』から引き上げてから数日、自分が何をしていたか心ここにあらずの状態で、逆によく試験を受けてこの順位でよかったかと思うほどであった。
あれから、かぐやとは連絡が取れてない。
『ニュー・エナジーコーポレーション』から、何の連絡もないのは安心した。
それにしてもかぐやは酷い。自分のことを自業自得みたいに言って、さらに自分を放っておいて、行ってしまうなんて……。
昼食をいつものように学食で食べていると、「ちょっといい」と後ろから、声をかけられた。振り返るとそこに藤田若菜が立っていた。
「何ですか?」
美咲は身構えた。
藤田には、ミスコンの時の嫌なイメージがあったからだ。藤田は美咲の隣の椅子に座り、身をかがめて顔を近づけてきた。
「あなた達でしょ、ニュー・エナジーコーポレーションを潰してくれたのは?」
「え?」
美咲は、藤田の口から、『ニュー・エナジーコーポレーション』の名前が出たことに驚いたが、すぐに気づき、
「それじゃあ、あなたも被害者?」
「し、何も言わないで」
藤田は、周囲を見回しながらつぶやいた。
「……とりあえず、ありがとね」
「でも、あれはかぐやがしたことで、私は何もしてませんけど……」
美咲が顔を上げると、藤田は席を立ち、行ってしまった。
すると、携帯電話が鳴った。出ると、かぐやの甲高い声がする。
「ヤッホー、今、どこにいるか分かる?」
「かぐや、あなた、今までどうしてたの?」
美咲は早口で訊くが、それを無視して、かぐやが続ける。
「ミラノよ。ようやくミラノに来れたのよ。今度、新しい雑誌社から写真集を出すことになったの」
「へー、そうなんだ」
美咲は白け声で言って、ハッと気づいた。
「もしかして、その雑誌社って、ニュー・エナジーコーポレーションじゃないわよね?」
「そうよ。まあ、今はニュー・カグヤ・コーポレーションになったけどね」
「ひょっとして、あなた、会社を乗っ取ったの?」
「乗っ取りとは人聞きの悪い。私が社内改革に乗り出して、何とか、まともな会社にしたのよ。よかったら、あなたも雑誌に載せてあげようか?」
「いいえ、結構です」
美咲は即答した。
「あと、今度、面白い企画があって、私が花婿候補を全国から募集するっていう画期的な企画よ。ついでに、あなたは処女喪失の相手も……」
美咲は耳から携帯電話を遠ざけ、静かに通話を切った。
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