第6話 かぐやしか勝たん
学園祭二日目は、昨夜のお祭り騒ぎの学生が、二日酔いを引きずっての参加となった。
「なんだ実行委員のお前が二日酔いじゃ、情けないぞ」
柴が横を歩く朽木に言った。ミスコンで司会をやっていた男だ。
「少しのつもりがつい飲み過ぎちゃって……だけど今日はミシェルの接待だけだろ?別に二日酔いでも構わんだろう」
「そういう気の緩みが思わぬ事態を招くんだ。何年か前、そういう気の抜けた実行委員がいて、ゲストを怒らせて帰れしちゃったことがあるだろ?何とかというお笑い芸人、ほら、今テレビによく出てる……」
何かを言おうとして、柴は学舎の前にできている長蛇の列に気がついた。
「何だあれ?」
「さあ?」
二人が近づいて行くと、列に並ぶ全て男がチラシを手にしていた。最後尾の学生からそのチラシを見せてもらうと、柴は思わず苦い顔になる。
『ミスターアキバコンテスト開催。予選は午前十時までに受付。優勝者にはミスアキバの香夜舞と1日デート券』
「なんだこりゃあ……」
柴は思わず呟いた。
「いろんな駅前で配ってるようです」
男子学生が言う。
「たった一晩でこんなものまで作って配ってるなんて、大したもんだな」
朽木が呆れながら笑う。
「ああっ」
チラシを見ていた柴があることに気付いて声を上げる。
「開催場所がコンサート会場になってるじゃないかあれほどダメだって言ったのに」
「まあ、すでにバンドの会場はセッティングしてあるし、無理だと分かっているでしょ」
朽木はあくまでも第三者のように平然としている。
「よくない。いたずらに混乱を招く恐れがある。とにかくあの女を探さなくちゃ……かぐやっていう新入生を……」
「かぐやさんなら前にいますよ」
当たり前のように男子学生は言った。
「何だって?」
長蛇の列の長い列の一番先頭まで走って行くと、仮設テントの下に長机、鉄パイプが並べられて、がぐやと美咲が座っていた。
かぐやは出場者のプロフィールを見ながら、一瞬で審査をしている。
「ごめんなさいね、またの機会にお願いします」
「あのー、握手してもらえませんか?」
落とされた学生は記念に握手をしてもらい、上機嫌で帰っていく。
「ちょっと、君たち……」
柴が何かを言おうとするを、かぐやは手で制し、
「横入りはダメ。一番後ろに並んでちょうだい。実行委員長でもズルは良くないわ」
「誰が出るかぁ。そうじゃなくて、この会場、場所が違うだろう?」
柴はチラシの文字を指差した。
「別に合ってるわよね?」
かぐやは慌てる風でもなく、隣の美咲に同意を求めた。美咲は返答に困る。
「君はちゃんと言ってくれなかったのかい?」
柴に言い寄られて、顔を伏せて縮こまる美咲。
「美咲を責めないで。ちゃんと聞いたわよ、東棟の一階の貧乏くさい部屋でしょ?ダメよ、あんな狭いところじゃ。コンテストってやつは太陽の下でやらなくちゃ意味がないの。だから、あの会場は同じく貧乏くさいロックバンドに譲るわ」
かぐやは事なげもなく言った。
「こっちこそ狭いんだよ。人気バンドなんだ」
「大丈夫、コンサートに人はいかないから。ほとんどミスターコンテストの方に来ると思うし」
「そんなこと有るものか」
「それに彼らもミニライブ感覚でいいんじゃない?そういうふうにセットも組んであるし」
「はあ?セットも組んだ?」
柴は言葉を失う。
「そうよ、皆さんに協力してもらって、両方の会場のセットはもう完成しているわよ」
「……おい、行くぞ」
柴は朽木に振り返り、その場を去ろうとする。
「ああ、朽木さん?コンテストの司会、よろしくね」
背中に向かってかぐやが言った。
「喜んで」
朽木は振り返り、満面の笑みを浮かた。
両方の会場はすでに出来上がっていた。
ミスターコンテスト会場のセットには、美術部の絵やオブジェがはめ込まれていて、なかなかの舞台となっていた。
それを見て柴は脱力感を覚えた。
「負けたな。彼女の言う通りやるしかない」
隣で朽木が慰めるように言った。
「お前、さっき司会を頼まれて喜んでいたな」
柴は恨めしそうにつぶやく。
「バカ、どうせやることがないから引き受けたまでだ」
「分かったよ、俺の負けだ。けど、ミシェルに何て言えばいいんだ?」
そのことを思うと柴の気持ちは重くなる。
午後1時から開演まで、決勝出場者は舞台でリハーサルを行っている。それをボーッと見ていた柴に実行委員の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「柴さん、ミシェルが来ました」
その言葉で、飛び跳ねるように立ち上がる柴。
キャンピングカーが学園内で敷地に入ってきて、その後ろに機材のトラックがついてくる。キャンピングカーが止まると同時に待ちわびた女性のファンたちが一斉に車に群がる。
すると、キャンピングから長髪の赤やら金やら紫色の髪の色をした男達がボンテージファッションに身を包み現れた。
女たちの歓声が響き渡る。
その声が余計に柴を憂鬱とさせる。トボトボと近づいていくと、柴を追い越すように力強い足取りで一人の女は前に出た。
「ようこそ、お待ちしていました。さあ、こちらでございます」
それはかぐやであった。
かぐやの誘導で、驚く柴の前を通り過ぎ、一団は行ってしまう。
「ちょっ、ちょっと待って」
慌てて一団を追いかけていく。
楽屋として用意した科学実験室には暗幕が貼られている。
「なんだよ?野外ライブって聞いたけど」
ミシェルのリーダー、ソニアが言った。
「申し訳ございません。手違いがありまして、ライブは別の場所になりました」
柴は冷や汗をかきながら、頭を下げる。
「で、どこなの、その場所は?」
「このすぐ隣の部屋です……」
「え?教室でやんの?音楽の発表会じゃないんだぜ」
呆れ返るメンバーたち。
「申し訳ございません」
柴が平身低頭、謝る。
「気が乗らねえから、やめようか?」
ソニアがメンバーたちに言うと、脱力した空気がメンバーたちに漂う。
「そこをお願いします。皆も心待ちにしていますし……」
「でもなぁ、こんな狭い中でやるってのはなあ……」
やり取りを黙って見ていたかぐやが、すっとミシェルの前まで行った。
「今のあなたたちの実力なら、教室で充分よ。悔しかったら東京ドーム埋め尽くすくらいになってから言って」
「なんだと?」
ソニアがかぐやに顔を近づける。かぐやは動じることはない。
「かぐやさん」
二人のにらみ合いにあたふたする柴。
すると、ソニアが「フッ」と微笑んで、椅子に座った。
「なかなか言うね。度胸もいいが、顔もいい。気に入ったよ、俺と付き合わない?」
「えっ?」
驚く柴。
「ミリオンセラーを出すぐらいになったら、考えてもいいけど」
「フン、まだまだ分不相応っていいたいのか?俺たちでは」
苦笑いするソニアに、かぐやは微笑んで見せた。
「まあ、いいだろう。教室でライブをやってやるよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
柴は何度も頭を下げた。
しかし、かぐやの言った通りであった。
蓋を開けてみれば、第一回ミスターアキバコンテストは大盛況で、男女問わず客がどっと押し寄せるほどであった。
一方、ミシェルのライブは集会室でも余るほど客で、それを知った柴は彼らが帰る時、またしても冷や汗をかくこととなる。
審査員と会場の投票により、第1回目ミスターアキバと準ミスターが決まり、かぐやは舞台上がり選ばれた学生に花束とキスをプレゼントした。
すると会場は歓声と悲鳴と怒号に包まれる。こうして学園祭は大盛況のうちに幕を閉じた。
翌日、美咲が学食で昼飯を食べていると、かぐやとミスターグランプリのカップルが仲良く腕を組みながら現れた。
「相変わらず、みすぼらしいもの食べてるわね」
かぐやに言われて、内心、ほっとけと思う美咲。
「私たちはこれから彼のお父さんが経営するホテルのレストランでランチなの」
「そんなこと言うために私のところに来たの?」
呆れる美咲。
「違うわ。一応、学内にお披露目しながら歩いているの 。だって学園の花ですから、私たち、ねっ」
まるでバカップルがやるように、かぐやは男に身を寄せながら、学食内を歩いて笑顔を振りまく。みんな、羨望と嫉妬の眼差しでそれを見つめる。
「ここいいかな?」
かぐやに気を取られ、目の前に立つ男を見上げたら柴であった。
「えっ、あ、どうぞ」
慌てる美咲。
「昨日はすまなかった」
いきなり柴は頭を下げた。
「え?いや、こちらこそ、あんなことになってしまって……」
美咲はかぐやの方を見ていった。
「違うよ、君は美術部だろ?展覧会を取りやめにしてしまった」
「いえ……とんでもないです」
まさか、そっちのことを言われるとは思ってなかったので驚いたが、やはり嬉しかった。
「ボクは昨日から自分のことが情けなくてね、実行委員なのに、何も考えられてなかった」
柴は俯いて、つぶやいた。
「そんっ……」
美咲は慰めの言葉を言おうとしたが、
「……それに比べてかぐやさんはやっぱりすごいな。何か別次元の雰囲気がする」
どちらかといえば、昨日まで苦手意識のあるようであったのに、かぐやを見る目が変わった柴に、美咲は内心、穏やかではなかった。
唯一、かぐやに惹かれない男がいると思ったのに、それも幻になるかと美咲がつまらなそうに柴を見つめた。
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