第5話 二日目も騒動
「これで本当にいいの?」
舞台袖でその光景を見ていた美咲は首を振り、つぶやいた。
かぐやは拍手と喝采を浴びながら、学部長から優勝者のマントとティアラを送られる。そして、舞台上を一往復して再び中央のマイクの前に立ち、スピーチを始めた。
「皆さん、どうもありがとう。まさか自分がミスアキバに選ばれるなんて思ってもみませんでした。……でも、選ばれたからにはミスアキバにふさわしい行動を取れるように日々精進したいと思います」
「よく言うよ」
美咲と同時に隣の男も同じセリフを吐いた。
壇上から降りてきた柴である。美咲は柴と目が合い、会釈する。柴は美咲に微笑んで、
「確か、かぐやさんの友達だよね?」
「ええ、まあ……」
美咲は申し訳なさそうに頷く。
「あそこまでいくと返って清々しいよね」
「確かに」
美咲は大きく頷いた。
「……でも、こうして選んでくださった事は、私にとって一生の宝物です」
男たちの野太い声援を受けながら、かぐやは相変わらず手を振っている。
「今後はミスアキバとして、秋葉大学を世間にアピールしていける存在になって行きたいと思います。そこで……」
その瞬間、美咲はすごく嫌な予感がした。
「明日、学園祭二日目はミスターアキバコンクールを開催したいと思います」
会場から歓声とどよめきが起こる。
「ちょ、ちょっと待って」
柴が慌てて舞台へと上がっていく。しかし、間に合わず、
「必要資格は秋葉大生であればどなたでも結構です。そして、栄えある優勝者には、私と一晩のデート権がついてきます」
今までにない歓声が上がる。
「ちょっと待ってください」
柴が止めに入った。
「あら、何か?」
会場からブーイングが起こる。柴がかぐやからマイクを奪い取る。
「そんな予定はない。できませんので……申し訳ありませんが、今のは無しです」
「あら、やらないって言うの?皆さんがこんなにも盛り上がっているというのに?」
会場からはブーイングと罵声が飛ぶ。
「申し訳ございませんが、明日はここは使えないです。人気バンドのコンサート会場になるので」
「そんなもの前座でやらせればいいんじゃない。メインはミスターアキバコンクール、そうよね?」
会場の男性だけでなく、女性もまた、面白そうだと乗ってきた。
「優勝賞品には私がついてくるんだから、盛り上がらないわけがないでしょ?そんなチンケなバンドのコンサートよりも」
会場のテンションは、もはや歯止めが効かなくなっていた。
「審査基準は私の気に入った人だから、ただのイケメンだけじゃダメよ。何かキラリと光るものを持っていなきゃあね。その時の私の気分で決まるから、誰にでもチャンスがあると言っておくわ」
「だから無理だって。そんなコンテストが開けない」
「あなたも出てみる?」
会場はヒートアップしていく。かぐやの強引な進め方に言葉を失う柴。
「私も出ていいかな?」
どさくさに紛れて、傍で見ていた学部長がいった。
「もちろんです。でも先生、権力を使っても優勝は出来ませんよ」
どっと笑いが起こる。
「フフフッ、面白そうだ。柴君、私が許可する。明日はミスターアキバコンクールを開催したまえ」
学部長が嬉しそうに言った。
完全に雰囲気に飲まれた会場に、柴はただ疲れた表情で黙っていた。
* * * *
「あの、ちょっと」
ミスコン会場から離れ、再び路上の絵描きに戻ろうとした美咲に後ろから声が掛かる。振り返ると柴が立っていた。
「何でしょうか?」
美咲は緊張しながら柴を見た。
「君はかぐやさんととても親しそうだ。友達なんでしょう?」
「……まあ、そういうことになってます」
「その君にお願いしたいんだけど、かぐやさんを説得してくれないかい?ミスターアキバなんて、できないって」
美咲は一瞬にして、拒絶反応を示した。
「……でも、学部長も許可したし、やれないんですか?」
「明日は、無理を押してようやく出演をしてもらえることになったミシェルのライブなんだよ。それを前座なんて、とても言えない。……と言って、学内のどこにも使える場所はないし、どうにもならないんだ。だからミスターコンクールなんてやれないって、君からも言ってもらえないかな?お願いします」
柴は直角に腰を曲げて頭を下げた。そうでなくても人に頭を下げられたら、NOとは言えない美咲である。
「……言うだけは言ってみますけど、私の言葉で彼女が折れるとは、とても思えませんが」
「ホント?ありがとう、助かるよ」
柴は願いが聞き入れられたように、笑顔を見せて喜ぶ。
「……でも、絶対にかぐやが人の言うことなんて聞くとはないですよ」
困り果てながら、美咲は言った。
「大丈夫、こっちも何か手を考えておくから。これ僕の携帯の番号、何かあったら連絡して欲しい。それじゃあ、頼んだよ」
柴は番号を書いた紙を美咲に手渡し、慌ただしく去っていく。
嫌な頼まれごとをされて、困りながら腰を下ろし、似顔絵の準備に取り掛かっていると、視線の先に学舎に向かい、男たちを引き連れたかぐやが入っていく姿が目に入った。
美咲は意を決したようにかぐやを追いかけていく。
かぐやは学食に入っていく。アキバの学生のみならず、カメラを持ったマスコミらしき男が何人もいて、何度もシャッターを切ったり、インタビューをしていた。
とてもじゃないが近づける雰囲気ではなかった。諦めてあげて学食を出ようとした美咲の肩を誰かが叩いた。
振り返ると、ガタイのいい男子学生がいて「かぐやさんはお呼びです」とまるでかぐやの従僕のように丁寧に会釈をして、美咲に対した。
「今回のミスグランプリ獲得の立役者、鮎川美咲さん。私の友人です」
かぐやがやってきた美咲を紹介すると周りから「おー」と歓声が起こる。釣られたように一礼する美咲。
「グランプリを取れたのも彼女の働きがあってこそ。ありがとうね、美咲」
「美しい友情だ」
男達の中から声が上がる。
取ってつけたような言い回しを聞いて、美咲は恥ずかしくなった。
「……あの、明日のことなんだけど」
美咲は、恐る恐る切り出した。
「ミスターコンテストをやるっていうあれ……」
「そうそう、いいアイディア でしょう。ねっ、皆さん?」
「本当に素晴らしいアイディアです」
周りの取り巻きの男たちが同調する。
「学園祭には前から決まったプログラムがあるわけだし、突然、そんなことを言われても実行委員会は困るんじゃないかしら?色々、予定が詰まってるって聞くし……」
針のむしろのような状態の美咲を、女王のごとく見下ろすかぐやは静かに言った。
「学園祭は誰のもの?」
「え?」
「学園祭は、誰が楽しむためにやっていることなの?」
「それは……」
「学生でしょ?……秋葉の学生が楽しめるためにやるお祭りなんだから、学生が望む事を最優先すべきじゃないの?」
正論を言われて言葉が出てこない美咲。
「なんちゃらっていうロックバンドが来るより、圧倒的にミスターコンテストがいいっていう学生の想いを、なぜ実行委員が拒否できるの?もう一度よく考えてみなさい、とあの実行委員長に言っておくことね」
「え?」
「頼まれたんでしょ?あの頭でっかちに。ちゃんと実行委員長を説得するの、それがあなたの役目よ」
「ええ~っ」
美咲は、疲れがドッと出たように項垂れた。
重い足取りで実行委員会の事務所へと向かう。恐る恐る中を覗くと、大きな声で柴が電話をしていた。
「……ホントに?なんとか確保できそう。よかった、ありがとう」
電話を切ると入り口に立っている美咲に気づいた。
「ちょうど良かった。いい知らせがあるんだ」
柴の明るい笑顔を向けられると、途端に緊張が解けた。
「両者の案を上手く活かせる方法が見つかった」
「本当ですか?」
美咲も笑顔になる。
「ミスターコンテストを開催する場所を確保できた。西棟の一階、集会室をいま書道の展覧会をやっているんだけど、そこが不人気でさ。それを四階の美術展覧会、これがもっと不人気で、それを止めて、書道に場所替えして、空いた一階の集会室でコンテストを開くことにしたんだ」
美咲は返す言葉を失った。
取りやめにされる美術部は美咲の所属する分で、展覧会は美術部の学生が、学祭のために長い月日をかけて作り上げたものが展示されている。美咲も、2週間かけて作った手のオブジェが展示してあった。
「そ、そうですか……」
「これが、僕たちができる最大の譲歩だ。それを彼女に伝えてくれないか?」
「分かりました」
美咲は一礼して、事務所を出て行く。
結局、弱い者が虐げられ、疎外されるのが世の常だ。自分自身が否定されているようで、とても悔しかった。もはやミスターコンクールもかぐやもどうでもよくなっていた。
美咲は学舎の中庭に戻り、似顔絵の準備を再開した。
そのとき、目の前が暗くなり見上げるとかぐやが一人、仁王立ちで立っていた。夕陽が後光のように差し、この世のものとは思えない美しさであった。
「美咲、ちゃんと伝えた?」
「言わなくても、向こうが手を打ってた。集会場でミスターコンクールができるってさ」
美咲は拗ねた子供のように言った。
そんな美咲をカグヤは微笑んで見つめていた。
「美咲、あなた適材適所って言葉を知ってるわよね?物にはそれぞれ適した場所はあるの。逆に言ったら適さない場所に置いておいたモノはその価値を失うってことよ」
「何が言いたいの?」
「明日までにまだ時間がある。あなたも手伝いなさい」
鼻を高々と突き上げて、かぐやは美咲に背を向けた。
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