第4話 グランプリ





「……それでは推薦者から応援メッセージがあります。推薦者の方は、順番に舞台へどうぞ」


 袖から三船夕子が現れ、舞台中央に置かれたマイクの前に立って、会場に向かって一礼する。


 各推薦者たちは、自分の推すミス候補がいかに素晴らしいかを語るというのが、秋葉大学のミスコンの習わしだ。中にはいかにも取ってつけたような発言をする者も含まれている。


「私の推薦する藤田若菜さんは文武両道を旨として、学びにおいては常に成績はトップクラスに入り、将来は文部省へと進むため日夜、教育、特に児童心理などを主に勉強しています。さらに弓道部に所属し、昨年は全国大会まで行きました。誰にでも明るく接し、性格も申し分ないですし、ルックスはご覧の通り、同性の私が羨むほどです。若菜さんこそミスアキバに選ばれるべき人だと私は思います」


 三船の隣に立つ、藤田若菜は終始、笑顔で手を振っており、会場から歓声が上がっている。


「なかなかの人気よね」


 舞台の隅で出番を待つかぐやは、余裕の笑みで手を振る若菜を見つめる。


「まあ、男達の目当ては、あの妙に強調された胸でしょうけど」


「あの人……あの推薦者の人……」


 隣で美咲がつぶやく。


「ミスコンの実行委員をしていて、受付の時間が遅れたって突っぱねた人よ」


「ふーん、そう」


 かぐやは意味深な目を二人にむける。


「藤田若菜って女、なかなか手段を選ばないタイプね」


「続きまして、エントリーナンバー8番、香夜舞さんの推薦者、鮎川美咲さんです。どうぞ」


「ほら、あなたよ。早く行きなさい」


 モジモジしている美咲を急かすように背中を押すかぐや。軽く押したように見えたが、美咲はよろけるように中央のマイクへとやってきた。


 会場からドッと笑いが起こり、その瞬間、美咲の頭が真っ白になった。


「あ、あのー」


 何を言っていいのか全然、思いつかない。


「どうした?」


「早くしろ」


 会場から心無いヤジが飛んでくる。さらに追い込まれていく美咲に司会者がフォローに入った。


「かぐやさんはいいところが有りすぎて何から言っていいのか迷っているんですか?」


 再び会場から笑いが起こる。


 恥ずかしさと居たたまれなさで、その場から逃げ出してしまいたくなる美咲。その時、頭の中で声がした。


(何で、かぐやのために、あんな女のために、私がこんな思いをしなくちゃいけないの?もう、どうでもいいわ、言いたいこと言ってやれ)


 その声で、心がふっと軽くなった。一つ咳払いをして、美咲は話し始める。


「……私の推薦する香夜舞という女は、自分の容姿がいいという利点を大いに利用する強したたかさを持っています。頭もいいし、美人だし、家も金持ちです。まるで欠点が無いように見えますが、でも、一つだけ欠点があります。それは性格が最悪であることです。まあ、これだけ恵まれているのだから仕方ないかもしれませんが、人を上から見下ろし、当たり前のように命令していますし、気に入らない男はすぐにポイっと捨ててしまいます。果ては、私は世界中の男たちを跪かせる女王になるわ、なんてことを平気で言い出す身の程知らずです」


 一転、固唾を呑んで美咲の話を聞き入る観客たち。


「……けど、そんなかぐやは私にとってたった一人の親友です。頭にくることも多いけど、どこか憎めない。それに、私のことをちゃんと理解してくれる唯一の存在なんです」


 パラパラと拍手が起こり、やがて会場全体に拍手が広がっていく。


「あなた」


 かぐやが微笑み近づいてくる。


「かぐや」


 感動的なシーンとなるはずが、かぐやの微笑みは一瞬にして消える。


「応援になってないじゃない、それじゃあ」


「ご、ごめんなさい」


 美咲は、かぐやにネチネチ嫌味を言われるかと思うと、自然と萎縮する。





 推薦者の応援メッセージが終わると、いよいよミスアキバを決める投票が行われる。


「それではこれから投票に入ります。審査員と会場のお客様の投票により本年度のミスアキバが決定いたします」


 司会者の声が流れる。


 審査員十名の投票が一人10ポイント、観客の投票用紙が一人1ポイントとなっている。実行委員たちが会場を回り、客席から投票用紙を回収する。


「それではこれから集計に入ります」


 全員がバラを入れ終わるのを見届けると、司会者がいった。


 出場者は舞台袖の仮設テントで、集計が終わるまで待っている。その間かぐやの説教は延々と続いた。


「まぁ、結果は見るまでもないけどね」


 余裕の笑みを浮かべ、ストローで烏龍茶を飲みながら藤田若菜がかぐやを横目で見つめる。


「200票はあなたのモノだものね」


 三船に対し、若菜は険しい顔をする。


「黙れっ」


「ご、ごめん……」


 怯えて、萎縮する三船。


 二人のやり取りを、かぐやは美咲に嫌味をいいながら聞いていた。





 インターバルを置いて、再び舞台上に上がったエントリー者たち。


「それでは只今より、本年度ミスアキバグランプリを発表いたします。それでは審査委員長の学部長から発表していただきます。どうぞ」


 司会者に促され、白髪をオールバック、英国紳士のような恰好をした学部長が舞台中央に向かう。


 マイクの前に立ち、会場に一礼して、手にした封筒からゆっくりと一枚の紙を取り出した。


「それでは本年度のミスアキバを発表いたします」


 ドラムロールがなり緊張感が高まる。 目を落とした学部長が一瞬、間をおき言った。


「本年度ミスアキバグランプリはエントリーナンバー7番、藤田若菜さんです」


 歓声とどよめきがウェーブのように会場内から沸き起こる。


 そんな中を、驚きと歓喜に酔いしれる藤田若菜が、中央で待つ学部長の傍に向かおうとした。その時、


「ちょっと待って」


 と会場に響き渡る声がしたかと思うと、立ち止まり振り返った若菜を追い越して、かぐやが学部長の横に立った。


 そして、学部長が手にした紙を奪い取ると、それを丸めてポイッと投げ捨てた。


「何をするんだね、君は?」


 学部長が唖然とする。


「これは無し、この審査に不正がありました」


「何を根拠にそんなこと?」


 後ろから追ってきた若菜は、投げ捨てられた結果の書かれた用紙を拾い上げて、かぐやに向かっていく。


「そうです。何を根拠にそんなことを言うんですか?」


 司会者も中央にやって来て、マイクをかぐやに向ける。


「根拠?それをこれから証明してあげましょう」


 自信ありげなかぐやに対し、若菜は一瞬怯み、それでも虚勢を張るように胸をはった。


「見せてもらおうじゃない」


「フッ……根拠その1。会場のみなさん、私の投票した人は手を挙げてください」


 すると会場のいるほとんどの男子生徒たちが挙手をする。その数が会場の半数を超えていた。


「ほらね、ここにいる過半数の人達は私を投票している」


「でも審査は会場の投票数だけじゃなく、審査員の点数をも加算されています。しかも審査員は一人10点です。それについてはどうですか?」


 司会者が面白そうに盛り上げていくので、会場からも「そうよ」と女性の声が上がる。


「じゃあ、審査員にも挙手していただきましょうか。この藤田若菜さんと私、どちらに投票したか手を挙げてもらいましょう」


「面白い、やってみましょう。審査員の皆さんそれではお願いします。グランプリを藤田さんに投票した人を手を上げてください」


 司会者に言われて手を挙げた審査員は、10人中3人、女性ばかりである。


「続きまして、かぐやさんに投票した人、挙手をお願いします」


 すると手を挙げた人数は10人中5人であった。


「これでわかったでしょう?会場の過半数である男性陣はほとんど私に入れて、そして審査員の人たちも過半数を超えて私に投票してくれた。どこをどう切り取ってもあなたがグランプリだなんてことはありえない」


 かぐやは勝ち誇ったように若菜を見下ろした。会場からざわめきが起こる。


「で、でも、この紙には私の名前が書いてあった。という事は、これが真実ってことじゃないの?」


 藤田若菜は、恥ずかしさとプライドの高さでムキになり、手にした紙をかざした。


「そんなの簡単よ。あなたのお友達の推薦者、彼女は学祭の実行委員じゃない?当然、回収した投票用紙に触ることもできた」


「私が不正をしたって言うの?」


「受付でめぼしいエントリー者を出さないように仕込んでいたのも、あなたが指示してたんでしょ?」


「バカなこと言わないで」


「そうかしら?」


 舞台袖を見つめてかぐやは微笑んだ。


「いや、どうやらそのようだ」


 そのとき、実行委員長の柴が三船夕子を伴って、舞台に上がってきた。


「彼女が全て話してくれた。君たちが不正をしたのは明らかだ」


 会場から一斉にブーイングが起こる。


「そんな……私はやってない。か、彼女が勝手にしたことなんじゃない?」


 狼狽しながら否定する若菜。それに対し、三船は驚きと怒りの表情を浮かべ若菜を睨んだ。


「見苦しいわよ、それに、あなたがやったっていう決定的な証拠もあるわ」


「証拠?」


 息を呑む若菜。


 かぐやは袖の方へと合図を送る。すると、袖から白衣を着た中年男性が、アシスタントらしき2名の男たちとスクリーンと映写機を持って現れた。


 観客たちは何が起こるのか、固唾をのんで見守る。


「何が始まるんだ」


 司会者が隣の柴に訊くが、柴は首を斜めに傾け、「さあ?」とだけ言った。


「根拠その2よ。会場の皆さん、ただ今から面白いものをお見せいたします」


 映写機がセットされて、かぐやがその横に立った。舞台の背後にスクリーンが映し出される。


「まず、これが先ほど客席から回収された投票用紙です」


 とスクリーンに映し出されたのは藤田若菜と手書きで書かれた紙だ。


「そして、これが藤田さんが直筆で書いた自分の名前です」


 その横にエントリー用紙に書かれた藤田若菜の名が映し出される。


「素人目から見ても同じなのは明らか。つまり、彼女は投票用紙に自分の名前を書いたことになります」


 会場からブーイングの嵐が巻き起こる。


「さらに同様のものが120枚見つかりました」


 中年男性が用紙の束をかざす。


「そして、これらすべてから藤田さんの指紋が検出されました。これはもう揺るぎない証拠です」


「ありがとう。さすがは元科捜研、鑑識のエキスパートね。彼らに拍手を」


 あっけにとられる観客たち。しかし、かぐやはお構いなしには若菜に向かって言った。


「これであなたのしたことが証明された。私のミスグランプリ、何か不服でもあるかしら?」


「い、いえ」


 藤田若菜は敗北したように項垂れた。


「本年度にミスアキバグランプリは香夜舞さんに決定いたしました」


 司会者のコールと共に、会場から歓声が巻き起こる。かぐやは勝ち誇ったように会場に向かって手を振った。

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