第3話 エントリー
秋葉大学学園祭は二日にまたがって行われるが、メインであるミスコンはなぜか初日に行われる。そして、華を失った二日目は毎年、盛り下がるようにして終る。
だが、今年は実行委員の計らいによって、二日目に売り出し中のロックバンドを呼ぶことができたので、盛り上がりが期待された。
それでも、学園祭の目玉といえばやはりミスコンである。特に今年はハイレベルな戦いになると前評判も高く、大学内外に広がり、観客を大勢集めて始まった。
「さあ、皆さんお待ちかね、20✕✕年、ミスアキバコンテストを開催いたしまぁ~す」
タキシード姿で登場した丸メガネの陽気な司会の学生がマイクに向かって叫ぶ。
「今年もハイレベルな女性達が集まり、皆さんの期待に応えられると思います。その中から栄えあるミスグランプリが決まるわけですが、それを選ぶのは会場にいるあなたなのです」
観客には会場入りする際に投票用紙を受け取り、そこに気に入った女性の名を書いて投票するのが、ミスアキバとなるのが恒例となっている。
「それではエントリーしてもらった女の子達に壇上に上がってもらいましょう」
舞台の下手を司会者が見ると、袖から次々と女性達が現れる。
秋葉の学生なら誰でもエントリーができるというだけあって、毎年身の程知らずの女性混じっており、壇上にはバーゲン品のように女性たちが所狭しと並ぶのだが、今年が限って壇上に上がったのはたった七人であった。
司会者もこれにはビックリして舞台下のスタッフに囁く。
「これで全部?」
「それが……」
スタッフの生徒は困惑して、運営のテントの方に目をやる。そこにはドレスアップされたかぐやがスタッフに食って掛かる姿があった。
「どういうことなの?エントリーされてないなんて。……ちゃんと申し込みをしたのよね?」
かぐや後ろに控える美咲を振り返り、同意を求めた。
「ええ……間違いなく」
いつもは自分の行動に自信が持てない美咲であったが、このときばかりは大きく頷いた。
「しかし、この名簿には載ってないのですが……」
困り顔の男子学生が名簿とかぐやを交互に何度も見つめて答える。
「そんなのそっちのミスじゃない。そんな名簿どうでもいいから出しなさいよ。みんな、出たいわよね?」
同じくエントリーしたのに記載のない出場者たち十三名が周囲にいた。かぐやの勢いに押されたその女性達もうなずく。
「でも、ですねぇ……」
その場の雰囲気に飲まれて始めたスタッフの学生が、誰かに救いを求めるように周りを見回すと、人混みをかき分けて実行委員長の柴が現れた。
「委員長、よかった」
安堵の笑みを浮かべるスタッフ。
「どうしたんだ?」
柴は女性たちを一瞥して、男子学生に訊いた。
「それがエントリーしたっていうこの子たちが名簿に載ってなくて……」
「ちょっと見せて」
名簿を、と言っても一枚の紙だが、目を落とす柴。その横顔を不思議そうにジッと見つめているかぐやと、そのかぐやの視線が気になる美咲。
「え?七人しかエントリーされてないの?それはおかしいな。君たちは本当にエントリしたんだよね?」
その視線がかぐやとぶつかり、美咲の息が止まった。
「……あなた」
かぐやがつぶやいた。
「どっかで会ったことないかしら?」
「いや……人違いでしょう?」
柴はあっさりと否定して、周りを見回した。
「受付の管理は三船君がしてくれていたんだが、三船君はどうした?」
「それが今朝から姿が見えないんです」
その時、柴はかぐやの後ろに佇む美咲と目があった。
「ああ、君は覚えている」
気づかれてドギマギとする美咲。
「君は受付に来ていたものね」
「はい」
「……ということは、やはりこっちのミスか。でも、今から出ていくのは」
柴は舞台の上を見た。
舞台上では、すでに出場者の自己紹介をしている。柴は顎に手をやり、うなり声を上げた。そこへ、
「ちょっと、あなた」
かぐやの声が響いた。
「そんな、受付したの、しないだのって何なの?たかが学園祭のミスコンでしょう?誰でも出られるんだからいいじゃない。ウダウダしてないでさっさと出しなさいよ」
「でも、せめて秋葉学生だっていうことを証明してもらわないと……学生証は持っている?」
「持ってないわよ、そんなもの。この格好で持っていると思う?でも、証明するぐらいならすぐ出来るけどね」
そう言うとかぐやはツカツカと舞台袖に入っていく。
「あっ、ちょっと……」
止めようとするスタッフだが、間に合わない。
舞台上では、エントリー者の自己紹介が終わり、司会者が質問を始めているところであった。
次の瞬間、会場の男達から野太い歓声が上がり、司会者を驚かせた。かぐやが舞台に上がり、歓声に手を振りながら舞台中央に進んで、司会者の持つマイクを奪い取った。
「みなさん、初めまして。香夜舞と言います。私はこのミスアキバコンテストにエントリーしたのですが、実行委員会のミスがあり、出場させられないと言われました」
会場からどよめきとブーイングが起こる。その勢いは大きく、実行委員全員がたじろぐ。
そこへ、かぐやが左手を前にかざし、静まるように合図すると、会場が一瞬で静まり返る。それを見て、柴が首を振り、ため息をつく。
「しかし、私が秋葉学生だってことが証明されたら出場できると言われました。そこで皆さんに質問します。私はこの大学の学生よね?」
すると一斉に男子生徒の歓声が沸き起こる。それを一身に受けながら、かぐやはどうだと言わんとばかりの顔を柴に向けた。
柴は苦笑して頷き、舞台の上に上がってきた。
「君って、すごいことやるね」
柴が呆れながらいった。
「フッ、まあね」
かぐやは当然というように笑った。
「こちらのミスを認めよるよ。他の子たちも出場できるように計らおう。ライバルが増えるけど、それでいいかな?」
「構わないわ。どうせ結果は同じだから」
「香夜舞さんか、面白いね」
二人が見つめ合う。
「あなたの名前は?」
「ボク?僕は柴竜郎」
「柴?……やっぱりね」
「は?」
その光景を美咲は一人複雑な心境で見つめていた。
二人のやり取りをマイクに咳ばらいをして注意を促す司会者。柴は慌てて舞台袖に行こうとして、司会者に耳打ちをした。
「あそこにいる子たちも出場することになったから、上手くやってくれ」
「わかった」
頷く司会者。
待たされた会場の男たちからブーイングが起こる。
「……お待たせしました。それでは、エントリーナンバー8番は香夜舞さん。法律学部1年生18歳。趣味は料理と外国語学習。好きな男性のタイプは優しくて頼りがいのある人。彼氏と行きたい場所はデステニーランド。それではアピールタイムをどうぞ」
司会者がマイクをかぐやに差し向ける。
「今日はミスアキバに選ばれたくて来ました。皆様、宜しくお願い致します」
かぐやがニコリと微笑むと、会場中の男たちからウネりような歓声が沸き起こる。
それを面白くなさそうに横目で見つめる藤田わかなであった。
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