第2話 ミスコン
「今年の秋葉大学のミスコンにすごい美人が出場するらしいですよ。……はい、間違いないです。是非いらした方がいいですよ」
学食にひときわ大きな声で、電話している女生徒がいた。
「……はい、それでは失礼します。……よし、次」
雑誌社や新聞社、テレビ局の電話番号がずらりと並べられている手帳を片手に片っ端から電話を掛けている。
「やまと新聞社さんですか?実は耳寄りの情報がありまして……」
藤田若菜は秋葉大学文学部の2回生だ。顔は十人並みで愛くるしい大きな目が特徴の十九歳である。
去年のミスコンは準優勝だったので、今年こそはと意気込んでいた。そして、ミスコンをアピールの場として、芸能界からスカウトが来ないかと密かに画策しているのであった。
「美人だけじゃなく、何よりおっぱいが F カップなんですよ。すごいでしょ?……いえ、水着審査はありません。けど、グランプリをとった暁には、そちらの雑誌でグラビアの撮影をしてもいいと申しております。……いえ、私は当人ではありません。お節介な親友です。本人はもっと奥ゆかしい人なんで」
その時、大学の中庭を歩く一団が窓の外に見えた。男たちを引き連れ、その先頭を歩くのは確か1年の香夜舞である。若菜は嫉妬の目でそれを見送る。
「……はい、それではよろしくお願いします」
と電話を切る。そして、かぐやの笑顔を憎々しげに見つめながら、またどこかへ電話を掛ける。
「……ああ、夕子。そっちの方はちゃんとやってくれてる?……そう、なんとしても過半数以上の表を取らないと、そのためにあなたの力が必要なの。よろしくね」
電話を切り、不敵な笑みを浮かべる若菜であった。
「どうも、遅れてすみません」
深々と井上講師に頭を下げる美咲。
「ギリギリセーフにしておくけど、今度はもっと早く出すようにしてね」
「はい。気をつけます」
また頭を下げて、講師の控室から出てきた美咲は「フーッ」と大きく息をついた。
廊下を歩きながら、(次は……そうだ、美術サークルに行かなくては)と思っていたその時、後ろからあの声に呼び止められる。
「美咲っ」
甲高いよく通る声、そう、かぐやである。例のごとく、知らないイケメンを横に連れている。
「ちゃんとミスコンの推薦状を出してくれた?」
「あっ」
美咲は廊下に響くような声で叫んだ。
「忘れてんでしょ?ちょっと何してるの。……締め切りは三時までだから、まだ間に合うからいってきて」
「分かった」
急き立てられるように廊下を走る美咲。三階の東にある学園祭事務局へと飛び込む。
「すみません、ミスコンの申し込み、まだ間に合いますか?」
恐る恐る入口手前にいた女性に尋ねる。
「申し込みは今日の三時で締め切りです」
女性とジロっと美咲を見つめて、素っ気なく言った。壁の時計は三時一分を指していた。
「そんな……まだ一分しか経ってないじゃないですか」
「ダメです」
美咲は、これでまた、かぐやにどんな嫌味を言われるかと気が滅入る。
「そこをなんとか……」
「申し訳ありませんがルールなんで、できません」
手を合わせて拝むが、女性は頑なまでに断ってくる。
その時、美咲の背後で人の気配がして、男子学生が教室に入ってきた。
「どうしたの?」
事務をしている女性に声をかけたので振り返る美咲。その目に飛び込んできたのは、長身でメガネをかけた如何にも賢そうな青年であった。
「委員長……この人が締め切り後にミスコンの申込書を提出したいと言ってきて」
「またニ分しか経ってないじゃない、いいんじゃない、受理すれば?」
委員長と呼ばれた男は、そう言って優しく受付の女性に微笑んだ。
「……分かりました」
あっさりと申し込み用紙を取り出し、美咲の前に乱暴に置いた。
事務員の態度に呆れる美咲は、同時に突如現れたメシアの男子学生を呆然と見つめる。カールした髪にメガネの優しい眼差し、包み込むような雰囲気を持っている。委員長だから4回生か。
「ありがとうございます」
美咲は深々と頭を下げた。
「これで出場できるよ」
委員長が微笑んだ。
「いえ、私はただの推薦者で、出るのは友達なんです」
「へえ、友達のために一生懸命になっていたの?いいよね、そういうの」
美咲は委員長と呼ばれる男に見つめられ、顔が熱くなるのを感じた。気が付くと事務員が美咲を睨んでいた。
「すいません、それじゃあ、よろしくお願いします。失礼します」
その眼光に追い立てられるように、慌てて応募用紙に必要事項を書いて部屋を出た。
学園祭当日。
大学の構内のあちこちで、クラブサークルがそれぞれの出し物をして賑わっている。大学外からの来客も多く、今年は特にカメラを持ったマスコミ関係者らしき者も目立っていた。
鮎川美咲の所属する美術サークルは構内に散らばり、似顔絵を書いて販売するという地味な活動をしていた。
部員数六名の小さな部にある。新入生にアピールして部員を増やそうという思惑も兼ねての学祭なのに、美術部には無縁のようである。
「500円になります」
校舎の中庭に有名人の似顔絵を飾り、客集めをしている美咲のところには、朝から客が二組しか来ない。
ようやく来た三組目の客のカップルに二人の似顔絵を渡すと、顔を見合わせ、何とも言えない表情をして500円を手渡し、行ってしまった。
「はあ……」
美咲は重いため息をついた。
美咲の脳裏には、昨日から例の実行委員長のことが浮かんで離れない。
「私にも書いてよ」
不意にかぐやの声が頭上でした。見上げるとまた見たことのないイケメンと腕を組んで歩いている。
「……っていうのは嘘。そんな下手な絵を買うくらいならプリクラ撮った方がマシだもの。それより正午にちゃんとキャンパス広場まで来てね」
「何のこと?」
ボウっとした表情で訊く美咲。
「何とぼけてんの?あなたは私の推薦者なのよ。壇上でいかに私が素晴らしいかをアピールしなくちゃいけない立場でしょ?」
「そんなの聞いてないよ」
「そんなギャグはいいから、とにかく頼んだわよ」
とかぐやはさっさと行ってしまう。
「全く、勝手な女なんだから、いっつも、いっつも……」
「つべこべ言わないの。来れば、実行委員長に会えるから」
見上げると、かぐやが不敵に微笑んでいた。
「十八年生きて来て、初めての恋ってか。うまくいくように取り持ってあげようか?」
そう言ってウィンクして去っていく。
「……どうして、いつも、いつも私の考えてることがわかるの?」
涙目になる美咲であった。
美咲のいる場所から少し離れた渡り廊下の柱の陰に、二人の女が何やら怪しげに話をしている。
「……大丈夫、一度登録したけど、削除しておいたから」
そう言ったのは学園祭の事務局にいた女だ。
「ありがとう……これは少ないけどお礼ね」
と言って封筒を手渡したのは、メイクと髪型をばっちり整えた藤田若菜である。
「……あの女、どんなしてもグランプリを取りに来るだろうから、それを未然に阻止しないとね。出場さえできなければ、何もやれないでしょう?」
「でも、そんなことをしなくても、藤田さんなら優勝できると思うけどね」
封筒を渡されて上機嫌な事務員の女が言った。
「念には念を入れておかないとね。あのかぐやって女が入ってきてから、明らかに私のところへ来る男の数が減ったのは事実だから。それに私にはあの女の本性が分かるの。同類の勘ってやつ」
険しい顔をしていたが、すぐに不敵に微笑み、
「あとは雑魚ばっかりだから安心だと思うけど、念のため、引き続きよろしくね。夕子」
「ええ、任せておいて」
若菜の笑みにつられるように夕子もニヤリと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます