狂気を貫く銃弾


アリスと聖也が場を離れたことで幾分かやりやすくなったカオリだが、それでも状況は好転していない。


「オイオイ、そんなもんかァ!?」


「くっ!」


相手は生身で武器を持っていない、それなのに追い詰められているのはカオリの方であるのには理由があった。

要因その一。常軌を逸した動体視力。カオリが放った弾丸はアリス達を逃がす時以来一発も当たっていない。この男は何かに気を取られていなければ銃弾を避けられるほど動体視力が良く、避けてすぐに反撃に出るなど反応も良い。

要因その二。桁外れの怪力。この男が放つ拳や蹴りは全てが地面を抉り、岩を砕く破壊力を持つ。それが身体に当たれば柔らかいカオリの身体は跡形もなく木っ端微塵になるだろう。まずはそれに当たらないように立ち回っているため迂闊に踏み込めない。


そして要因その三。


「....そんな、ありえない。なんで左腕が?」


「ハッハァ、ちょっとした体質でな。身体の再生力が異常に高ェんだわ」


人間とは思えぬ程の再生能力。先程アリス達に気を取られている隙に放った弾丸が当たった左腕をこの男は自らの右腕で千切り取っていた。しかし、その左腕が新たに生え変わっている。

トカゲの尻尾ですらある程度の時間を要するというのに、ましてや人間の腕は時間で再生するなんてことはありえない。


この再生能力のせいで攻撃をしても意味が無いのではと考えがよぎってしまい、何処を攻撃すればいいか分からなくなってしまう。


「どうした?もう終わりか?」


「...なんで、私達を攻撃するの?貴方も私達と同じ人間で、バベルを殺す為に来たんじゃないの?」


「あァ?一緒にすんな。俺は、人間で、人間を、テメェらを殺すって!鏡の国を壊す為に!!俺の仮説は正しかった!!アイツを助けるためにィ!!!!」


カオリが放った苦し紛れの質問。少しでも思考の時間稼ぎが出来れば良いと考えていたが、男は突然頭を抱え込んで地面で頭を打ち付け始める。

何が何だか分からない状態のカオリはこの好機を逃すまいと男の頭に照準を合わせる。頭を狙ったのは、カオリの中に一つの仮説があったからだ。


最初に脳天を狙った時、この男は左腕で受けて、その後の頭を狙った銃弾は全て避けきっている。腕や足は再生可能でも頭は再生が難しいのではないかと踏んでいた。だから頭に狙いを定め引き金を引こうとする。


「っ!やば!」


しかし、それは叶わない。カオリの後ろにバベルが立っていたからだ。体格は人間とさほど変わらず発達した長い腕に人間と猿の顔が左右で別れている。先程アリスと一緒に殺したバベルの同類だ。そのバベルが仇を打とうとずっとカオリ達を探していたのだろう、カオリに対して凄まじい形相で腕を振り下ろす。急いで反転して銃口をバベルへ向けようとするが、完全に虚をつかれたカオリはそれに反応出来ない。


「ハッハァ!!テメェらはぶっ殺さねぇとなァ!!」


「..え?」


絶体絶命のピンチを助けたのは、他でもない目の前に居る気狂いの男。男はバベルを見つけた途端、先程まで発狂していた時と別人のように口角を上げて、一目散にバベルへ前蹴りをぶちかます。顔面がめり込む程の威力の前蹴りは、いくらバベルといえど悶絶する程のダメージを負っている。

しかし、カオリが驚いたのはその後だった。男は右手で空中にある何かを掴むと、その掴んだ物が実態化する。

物干し竿程の長さを持ち、しかし、少しでも光が当たってしまえば消えてしまう程に薄い『斬る』ことに特化した武器。それは昔、日本で覇王を目指す者ならば誰もが握っていた殺人道具、日本刀。


「死んでろォ!!ヒャハハハハ!!!」


男はバベルの首を狙って日本刀を振ると、バベルの首はなんの遮りや抵抗も無く、まるで豆腐のように簡単に切断されてしまった。その切れた首を蹴飛ばして高笑いしている様は狂気という言葉が似合う。


この男が武器を発現させられることに驚いたが、考えてみればこの男は自分と同じく失楽園に来ている存在。武器が発現出来なければバベルに対抗する術は無い。しかし、それでは今まで自分と戦っていたのは加減していたという事になる事実にカオリは歯ぎしりをする。そして、この男の性格と武器からもう一つの事実が浮び上がる。


「なる程ね。見かけと言動によらず、几帳面なのね」


「あァ?何言ってんだ?」


「貴方でしょ?バベルの死体を綺麗に切断して整頓してたのは」


「....」


ココ最近多発していたバベルの死体を整理整頓していたのはこの男で間違いない。狂気に染まっているこの男の性格と日本刀という武器が、あの状況全てに当てはまり過ぎている。

カオリの問いに男は無言を貫く。偏見への怒りも、バレた焦りも感じさせない赤い瞳がこちらを見ているだけ。男が無言の間、カオリは呼吸を整える。男がまたいきなり攻撃してきた際に反応出来るように。しかし、男はカオリへ攻撃するのではなく、口を開く。


「何言ってんだ?なんで俺がそんなめんどくせェことしなきゃいけねェんだ?」


「....貴方じゃないって言うの?」


「そうらしいなァ」


どう見ても犯人そうなこの男が、あの猟奇的な現場を作っていた訳ではなかった。嘘をついている可能性も無くは無いが、嘘をつく性格にも見えないし、つく理由も無い。


男は日本刀を振り回しながらカオリへ近づいて行く。カオリも銃口を男へ向けるが、苦し紛れの行動だというのはカオリが一番わかっていた。銃弾は見てから避けられる、身体能力は男の方が遥かに上、ほぼ詰んでいる。


「じゃあな、良い準備運動だった」


「くっ!」


男が前のめりになり、カオリとの距離を一瞬で詰める。カオリも銃弾を放って応戦するが、やはり銃弾は避けられてしまう。男が振り上げた日本刀を避ける為に身体を大きく横へずらすと、ポケットの中から何かが落ちた。

スマホだった。

若者だけでなく、現代で生きる者全ての必需品のスマホが落ちた。父に買って貰ったうさぎのキーホルダーが付いている黒のスマホが地面に落ちた瞬間、まるで録画したビデオの一時停止を押したかのように男の動きが止まった。


「....ユリ、ガアアアアァ!!俺は!違う!!辞めろ辞めろヤメロヤメロ!!!!!俺はお前を救いたかっただけで!!こんなこと望んだんじゃないイィ!!!」


止まったと思ったらまた発狂し始めた男は、『ユリ』という人名と思わしき名前を叫びながら地面や木を片っ端から殴りながら姿を消した。木や岩が破壊され更地になった場所に残ったのは、カオリと男に殺されたバベルの死体だけ。

状況が理解出来ないカオリはその場に座り込んで空を仰ぐ。現実世界と同じく雲ひとつ無い青い空が広がっており、目の前で起こっていたカオスな状況とは打って変わってとても澄んでいた。そんな空を見てあの男との会話を思い出す。


「...猟奇的な人は、あの男以外に居る」


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


----カオリが男と戦闘を始める直前まで時間は遡る。


「はぁ、はぁ」


「結構距離は稼いだはずだ」


「はぁはぁ、カオリさん大丈夫かな?」


カオリの指示通り遠くへ逃げたアリスと聖也。時間にして数分だが、この世界でのアリスと聖也の身体能力は人間の限界を超えたものになっているので、それを考えたら相当な距離を走っていた。

アリスがカオリを案ずるのは、カオリの力を信じていないからでは無い。カオリが強いのはアリスが一番よく分かっている。しかし、それでも身を案じたくなるほど、あの男を恐ろしく思っていた。


「あの人は強いから...」


「すみません、最後なんて?」


アリスの不安を感じ取った聖也は落ち着かせるためにカオリの強さを公言した。しかし、最後の方が潰れて聞き取れなかったアリスはもう一度聖也に聞き直そうとするが、突然、視界がグラつきその場に倒れ込んでしまう。

今までの疲れからか立ち上がろうとするも、腕が震えて力が入らない。足も同様に震えて上手く支えられない。

いや、これは疲れから来たものでは無い。呼吸の乱れは収まり、汗も引いている。明らかに疲労で倒れたのでは無い。もっと別の、外的要因があるはずだとアリスは原因を探す。それを探す為に、自身の身体を見える範囲で探すと、左足の太もも付近に小さな血のシミが出来ていた。虫に刺されたにしては多すぎる血の量にアリスは隣に居る聖也に警戒を促す。


「榊さん、近くにバベルが居るかもしれないです。それにやられて動けません。注意してください」


「....バベルは居ないよ」


「え?でも...」


「君が動けないのは僕の力だ」


「え?ど、どいうことですか?」


「さっきも言っただろう?あの人は強いから、居なくなってラッキーだって」


メガネの位置を直してそう言う聖也の顔は、いつもと同じ冷静で変わらないものだった。

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彼岸の国のアリス〜助かりたければウサギを殺せ〜 アヤト @HAZAMA_NEET

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