理解不能
「あ、榊さん」
「ん?ああ、君か」
「アリス、この人は?」
「この人は榊
バベルを殺した帰り道にアリスとカオリで歩いていると、そこに聖也が佇んでいた。初対面のカオリに軽く紹介してお互いに軽く会釈をする。
カオリは聖也を見て少し警戒をする。見た目は真面目な好青年である聖也に何故警戒をしたのかカオリ自身にも分からなかった。ただ、カオリの本能が聖也に対して異様な何かを目から感じ取った。
「...貴方がアリスを変えてくれたのね、ありがとう」
「別に、僕は何もしてないよ」
しかし、それでもアリスを変えたことに対して感謝の言葉を聖也へ投げかける。カオリはアリスの親でも姉でもないから礼を言う筋合いは無いのだが、深々と頭を下げるカオリを見て聖也も少し困惑する。困惑した聖也はこれ以上何も言われまいと、何もしていないということにして話を切りあげる。
それよりも聞きたいことがあったからだ。
「ところで二人とも、この死骸について何か知らない?」
「これって....」
「前にカオリさんと見た、整理された....」
聖也の前に置いてあるのは前にも見た事がある整理整頓されたバベルの死体。今回も前回同様に部位ごとに切り分けられており、その切れ味は見事なものだった。皮や肉は当然の事ながら、骨にさえ切りこぼしや削れが一切見当たらず、相当な切れ味の刃物で切られていることが分かる。
「ココ最近、こういう死体が増えてる。全部正確に部位が分けられていて、そのどれもが完璧に切られている」
「わざわざこんなことをするなんて、猟奇的、もしくは自分の成果を誇示したいのかしら?」
「多分ね。骨ごと切っているところを見ると、切ったのは日本刀や斧みたいな斬ることに特化した刃物だ。それか、とんでもない技術を持っているかだね」
カオリと聖也は死体から得られる情報を元に、この犯人がどんな人物なのか、どんな武器を使っているのかと出来る限りの推理をしていく。二人の会話に付いていけず、置いてけぼりにされてしまったアリスは二人の顔を交互に見てあたふたするだけである。
だから、アリスだけは気づいた。
ここに、一人の男が近づいてきていたことに。ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かっているのにもかかわらず足音が一切鳴っておらず、乱雑に伸ばされた髪は白く濁っている。黒いシャツにサルエルパンツの様なダボッとしたズボンを履いた中肉中背の男。
一見すればアリス達と同じく失楽園に来た人間のように見えるが、明らかに違う箇所が一つあった。それは、目だ。本来白く透き通ってなければならない白目が黒く染まっていた。黒い目の中に光る赤い瞳がコチラを覗き込み、口を歪め笑う。
「っ!危ない避けて!!!」
「!?」
「!」
アリスが接近してくる男に気が付いた瞬間、男は地面がへこむほどの力で踏み込み、男に気づいていないカオリと聖也に向かってかかと落としを放つ。
アリスの一言で間一髪気づいた二人は咄嗟に後ろへ跳躍してその蹴りを躱す。空を切ったかかとはそのまま地面へ落とされると、整頓されたバベルの死体は木っ端微塵にし、地面に大きな穴を空ける。
「あァ?なに避けてんだよォ。人のメシ勝手に奪いやがって....イライラさせんじゃねェよ」
穴から出てきた男は頭を掻きむしりながら怒りを体で表している。あまりにも異様な雰囲気の男に三人は何も反応出来ず、無言を貫く。それを見た男はその場で地団駄を踏み発狂し始める。
「なに無視してんだごらァ!!テメェらが殺した人間も覚えてねェくせしやがって、俺に逆恨みしてんじゃねェよ!!!テメェらの先祖の恨みなんぞ俺達には関係ねェだろうが!!」
「....何を、言ってるの?」
「イカレだ。早くここから立ち去ろう」
「逃がす訳ねェだろ」
あまりにも支離滅裂な発言に困惑を隠せないカオリ。初対面でありながら身に覚えのない話を展開されて誰も理解出来ていない。人間は未知、分からないものに対して恐怖を抱くというが、ならばこの男は正しく恐怖そのものだった。
そんな男から早急に離れた方が良いと判断した聖也が足を一歩後ろへ後退させると、男は先程まで一人で発狂していた空気から一変、その体を聖也の前まで運び拳を振りかぶる。
あまりに速い行動に聖也は反応が出来ず、迫り来る拳を迎え入れるしか無かった。
「あァ?なんのマネだガキ?」
「や、辞めてください」
「....助かったよ、アリス」
その拳をアリスが槍を腕に刺して静止した。震える声で男に辞めるよう促す。腕を貫いた槍には赤い血が滴っており、聖也の顔の前で拳は止まっている。拳を止めてくれたアリスに礼を言うと、聖也は右手に自身の武器であるレイピアを発現させ男へ刺突する。
腕をアリスの槍に貫かれて動きに制限が掛かっているにも関わらず、正確に突く聖也の攻撃を全て躱しきる。
「二人とも退いて!」
それを見ていたカオリも銃で援護しようとするが、聖也とアリスに当たらぬよう二人に退くように指示する。聖也はすぐに後ろへ跳躍し、アリスも男の腕に刺していた槍を引き抜き後退する。
アリスと聖也が居なくなったことで誤射の心配が無くなったカオリは男の脳天に照準を合わせ発砲する。発射された弾丸は回転しながら周りの空気をねじ切り対象の肉体を貫こうと進む。
しかし、脳天を狙った弾丸は男の左腕に遮られ止まってしまう。
「ハッハァ、今更銃なんざ効かねぇ..うォ、なんだァ!?」
「自分の腕で死になさい」
「今の内に...」
だが、着弾した時点で男の左腕はカオリの支配下になる。男の意志とは無関係に動く左腕を右腕で抑え込んでいる間に逃げようと考えていたが、カオリの思惑は甘かったと思い知らされる。
「ヒャハハハハ!!!クソめんどくせェ能力だなァ!?だが、勝手に動くのは銃弾が当たった場所だけみてェだぞォ?」
男は右腕で暴れている左腕を抑えていたのではなく、力いっぱいに握り締め自分で左腕を千切り取っていた。自分の左腕を振り回して辺りに血飛沫を撒きながら男は声を上げて笑っていた。
普通に考えて、勝手に動くからと言って自分の腕を自分で切断するという選択をする者は居ない。しかし、相手は見ての通り普通では無い。それを頭の中に入れていなかったカオリの落ち度であった。
「アリス、聖也君、ここは私に任せて二人は逃げて」
「な、なんでですか!?一人より三人で戦った方が...」
「私の武器は銃。二人に誤射する事を考えたら動きが制限される。それだと私が自由に動ける方が良い。それに、私は二人より年上だからね、下の人を守らないと」
「勝てるんですか?」
「....分からない。でも、負けるつもりは無い」
カオリの提案に反対を示すのはアリスだが、聖也は冷静にカオリに勝算を問う。カオリは数年前に失楽園に来てその間バベルと戦ってきたが、ここまで勝てるかどうか分からない相手は初めてだった。
しかし、アリスにも言った通り誤射をする事をケアしながら戦うより一人で戦った方が勝率が高いというのがカオリの見解だった。
「...分かりました、ここは任せます」
「榊さん!?どうして?」
「本人が言ってるんだからそうすべきだ。それに、僕と君の武器は近接戦を仕掛けなければならない。あの男にそれはリスクが高いと思うよ」
「.....」
「いつまで喋ってんだ?テメェらはここで俺の準備運動のために死んでろォ」
どこまでも冷静な聖也を見てアリスも自分の考えをもう一度客観視する。自分の『カオリと一緒に戦いたい』という考えは、状況にあった判断なのかと。これはカオリと離れたくないと思った自分の弱さではないかと。
時間は残されていない。眼前の男はいつでも動ける様に腰を深く落とし足に力を込めてその時が来るまで待っている。
「....ココは、任せました!」
「行きなさい!」
「逃がさねェよ!!!」
歯を食いしばったアリスと聖也は振り返り後ろへ走り出す。それを追いかけるように男も走り出すが、それをカオリが足に銃弾を撃つことで牽制する。
「ここは、通さない」
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