生命の重さ
「久しぶり、ね」
「カオリさん」
聖也と出会った次の日に、アリスはカオリに連絡を入れ失楽園で合流した。カオリと会うのは1週間ぶりになるのでお互いに少し距離を感じている。
カオリはアリスに対して少しキツイ言い方をしてしまったのを気にしているのか前髪を弄って何か言いたそうにアリスをチラチラと見る。それを感じ取ったアリスが先に口を開く。
「カオリさん、ありがとうございます」
「あの時キツく言ってごめんなさ....え?」
「カオリさんの言う通り、私覚悟が足りてませんでした。でも、もう大丈夫です。...何をすべきかが分かりました」
「....そう」
アリスが口を開いたと同時にカオリがそれに被せるように謝罪をするも、予想外の言葉が発せられ驚く。
アリスはそのまま話し続け自身の覚悟をカオリへ伝える。
アリスの瞳を見たカオリが深く頷く。アリスの言葉に深く追求はしなかった。アリスの瞳がそうさせなかったからだ。それほどまでにアリスの目が変わっていた。
「なら、見せてもらおうかしら。その覚悟」
追求はしない。しかし、その覚悟を見せてみろ、とバベルを見つける為にカオリは歩き出す。その後ろをアリスはついて行く。
バベルを探している間、二人の間に会話は無い。木々のざわめく音、鳥の囀る声、踏んだ枝が折れる音のみが鳴りアリス達は歩く。
しばらく歩くと、先頭を歩いていたカオリの足が止まる。それを見たアリスも足を止める。カオリとアリスは武器を発現させて周囲を警戒する。二人の視界にバベルは見当たらず、音も聞こえない。だが、肌にまとわりつく嫌な感覚が近くに居ると知らせてくる。
「....上よ!」
「っ!?」
カオリの言葉に反応して上を見上げると、一体のバベルが上からアリス達を目掛けて降ってくる。それを後ろへ下がり回避すると、バベルは木々を使ってもう一度上へ上がる。
黒い体毛を身にまとい異常に発達した長い腕。体格は人間とそこまで変わらないが、爪と牙は鋭く尖っている。顔は猿の顔と人間の顔が左右で別れているグロテスクな見た目をしている。
バベルは長い腕を使いながら木と木の間を渡ってアリスとカオリを翻弄する。移動速度は速いが、見えない程では無い。視界からバベルが消えぬよう視線で置い続けていたアリスの視界から突如、バベルが消えた。
「消えた!?」
「アリス!後ろ!」
「え?」
木の上で動き回っていたバベルはどういう訳か一瞬の内にアリスの背後に立っていた。振り返ったアリスの顔を狙ってバベルが腕を伸ばす、咄嗟に槍を自分とバベルの間にねじ込んでバベルへ刺突する。
それを見たバベルは伸ばしていた腕を引き戻し両手で槍を掴み取る。顔を近づけ牙を鳴らして威嚇するバベルに怯んだアリスを見たカオリは即座に自身の武器である長いハンティングライフルの様な形状の銃を発現させる。
「状況が状況だから、トドメだけ刺しなさい!」
「わ、分かりました!」
カオリは肩に頭を乗せて照準をバベルの左足へ定め、発射する。発射された黒い弾丸は回転しながらバベルの左足に着弾し、貫く。貫かれたバベルは叫び声をあげて木に飛びつき上へ逃げる。
「アリス、落ちるから準備しときなさいね」
「え?」
上へ逃げたバベルは木と木をぶつけ合い音を出す。野生の猿に見られる威嚇の手段である。カオリの言葉を聞いたアリスは一応槍を持ち直して臨戦態勢に入る。すると突然、木の上でジャンプして木を揺らしていたバベルの足が木を踏み外し、背中から地面へ落下した。
背中を強打したバベルは多少怯むが、すぐにアリスとカオリを警戒する為にその場に立ち上がり呻き声を発する。しかし、呻き声はすぐに驚きの声に変わる。
立ち上がり地面を踏んでいたバベルの足がひとりでに宙に舞ったからだ。踏ん張りが効かなくなったバベルはその場に尻もちをついて自身の足を見つめる。
「...これは?」
「見てなさい」
そう言うとカオリはもう一発の弾丸をバベルの右腕に発射する。その痛みにバベルは奇声を発するが、足が言うことを聞かないのでその場から動けていない。
状況が悪いと感じたバベルは立ち上がろうと撃たれていない右足で踏ん張るも、自身の左足に邪魔をされコカされている。
傍から見たら自分で自分を邪魔している様にしか見えない光景だが、これがカオリの能力だとアリスは察した。思えば、初めてカオリに助けて貰った時も、鳥型バベルは自分の首を自分で締めて死んだ。そうした肉体制御を支配する能力と見て間違いないだろうとアリスは考えた。
「さぁ、動きは封じたわよ。後は貴方が殺りなさい」
「....はい」
カオリは宣言通りに動きだけを封じて、後はアリスにやるよう促す。それに応えるようにアリスもバベルへ歩き出す。
自分に危機が迫っていることを理解したバベルは鋭い爪でアリスへ攻撃しようとするも、カオリの弾丸に貫かれた右腕が左腕を千切り取ってしまう。
足は制御が効かず逃げることが出来ない、腕も一本は自分の思い通りに動かず、もう一本はその腕が切ってしまった。この絶望的状況にバベルは騒ぐことすら出来ず、ただただ怯える。
その怯えきった目をアリスは知っている。それは、『かつての自分』だ。バベルに脅え何も出来ずにいたかつての自分がそこには居た。近寄ってくるアリスに対して何かを言うでもなく口をパクパクとしながらこちらをのぞき込むバベルの瞳には涙が溜まっているように見えたアリスは、眉毛をしかめ胸を痛める。
「....ごめんなさい」
一言謝罪を入れ、バベルの心臓を突き刺す。刺されたバベルはその場に倒れ込み天を仰ぐ。浅く激しい呼吸を繰り返し、徐々に静かになっていく呼吸と光を失っていく目は、誰が見ても死にゆく生き物の姿だった。
アリスはそんなバベルの死に顔から目を逸らさずに見届けた。光もなくなっていき、ほぼ見えていない視界でもコチラを覗いてくるその目からアリスも真っ向から見つめ返し、生命を、死を背負う。
「どうやら本当に変わったみたいね」
「はい、何をするべきなのかを教えてもらいました」
「...そう」
そう言って死体の前で語るアリスの姿は、殺すことを躊躇っていた健気で儚い少女ではなく、殺しに対して少なからず達成感を覚えている顔をしていた。
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