決断



「どうしたらバベルを殺せるか?」


「....はい」


「そんなの、君も武器出して殺せばいいだろう?」


「そうじゃなくて、その、どうしたらバベルを罪悪感無く殺せますか?」


「.....」


アリスの問いに聖也は顎に手を当て考える素振りをする。

初対面の女の子にいきなり変な質問をされた聖也は答える義理なんてないのだが、真面目に考えてくれている。数秒考えた聖也は下を向いていてズレた眼鏡の位置を戻しアリスへ答える。


「うん、考えたけど、逆になんで殺せないのか分からないな」


「え?」


「君がどういう経緯でこの世界に来たのか知らないけど、こんな世界で戦うことを選ぶくらいだから、何か目的があって来たんでしょ?それを達成する為には殺すしかないでしょ」


「でも、生命を奪うのが怖くて...」


「それは目的が達成出来なかったり、君が死ぬことより?」


「それは...」


「優先順位だよ、何事も。一番の目的があるんなら、殺す事の罪悪感なんて二の次三の次だ。そんなんで落ち込んでたら蹴落とすのが当たり前の社会で生きるなんて無理だよ。いつだって僕らは間接的に誰かを殺してるんだ」


「.....」


「話は終わり?じゃあ僕帰るから」


質問に答えた聖也はスタスタとアリスを通り過ぎて帰宅する。それを止めることなく、アリスはただ立ち尽くすだけ。


一番の目的。アリスがこの世界に来た理由は母を助けるため。そして、今も尚戦い続けようと思ったのは、もう一度母が狙われた時守れるようになるため。

それらを達成するにはバベルを殺す他ない。殺す力は持っている。しかし、心が拒絶していた。だが、罪悪感なんて感じてる暇は無い。


前を向くと聖也に殺されたバベルが視界に入る。顔は痛みによって歪んでおり、苦悶に満ちている。身体に空いた穴からは血液が噴出していた跡が残っているが、もう出ていない。この死体を見ていたアリスは初めて殺したバベルと重なる。

苦しそうにこちらを見て、助けを訴える様に咆哮をあげる。そして最後は悲しい目で息絶える。自分が殺したバベルと目の前のバベルの死体を見て、アリスの手が震える。


しかし、それと同時に母の顔が頭に浮かぶ。優しく、いつも笑顔で、落ち着かせてくれる優しい母を。


「...よし」


下を向いて悩むのは辞めた。足を動かし元の世界へ帰る。入って来た自室の窓ガラスから自室のベットに足を置く。柔らかい布団は足を沈ませ歩きづらい布団を歩き、ドアを開けて居間へ行く。そこには洗い物をしている母が居てこちらに気づき笑う。


「どしたの?喉乾いた?」


「ううん、お母さんの顔が見たかった」


「あらあら、可愛いこと言っちゃって」


「ふふ」


洗い物をしながら優しく笑う母を見てアリスも笑う。そして決断する。この母を守る為なら何であろうと排除すると。


初めて戦うことを選択した時とは違う。心と頭は水の中にいる様に冷たく、何をすべきかを正確に判断出来た。

怖いという感情は無くなっていない。だが、母を失う事、その母と触れ合う事が出来なくなること、自分が死んで悲しむ母、それらの方が怖い。自分が他の生命を背負えるかどうかじゃない、背負うしかない。


自室へ戻ったアリスの目に悩んでいる色は一切見えず、ブレない軸を手に入れた心は心臓の鼓動を安定させた。バベルは怖い、生命を奪うことも怖い、だがそれよりも優先したいものがある。


その為にアリスは失楽園に行くと決めたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る