チンピラ達、大地に沈む


「まずは一本目です。まさか、この程度で根を上げませんよね」


 そう言いながら、相良は容赦なく次の指を折ろうと今度は隣の薬指に手を伸ばした。


 そして躊躇なくそこへと力を籠める。骨が折れる嫌な音が響き渡り、同時に松永の口から絶叫が上がった。


 しかし、口に押し込まれたハンカチのせいで言葉にならない。くぐもった呻き声の様なものが微かに漏れるだけであった。


 そんな苦痛の叫びを上げる彼に対して、相良はまるで玩具で遊ぶ子供の様な無邪気さで語り掛けていた。


「ああ、そうそう。私はこれでも加減をしているんですよ」


 口元だけを歪めて笑いながらそんな事を言う相良に対して、痛みに苛まれながらも憎悪に満ちた眼差しを向ける松永。


 だが、その視線を受けても相良は一切動じる事無く、寧ろ笑みを深めながら、彼に話し続ける。


「昔から人を痛めつける事には長けてましてね。あなたよりも屈強な人間を何人も屈服させてきました」


 その言葉と共に、相良は薬指からまた隣の中指に触れた。すると、松永の顔が大きく歪んだ。


 そんな彼の表情の変化に気づきつつも、相良はそれを無視して話を続ける。


「本当でしたら、道具とかもあればもっと楽しめるのですが。急な事でしたのでそうした準備が出来ず申し訳ありません」


 謝罪の言葉を述べてはいるが、そこに一切の感情は込められていない。あるのは目の前の獲物に対する愉悦のみだ。そして相良はそのまま言葉を続ける。


「しかし、あなたも中々耐えられる方ですね。普通なら既に気絶していてもおかしくないんですが」


 そう言いながら、更に三本目を折りに掛かる。その度に苦悶の声が上がり、体がビクンと跳ね上がった。


 それでも尚、必死に耐えようとする姿はいっそ健気ですらあったが、それも所詮は無駄な努力に過ぎない。


 四本目、五本目の指が折れて行くにつれて、抵抗しようとする力も徐々に失われていく。そして遂に限界が訪れたのか、彼は白目を剥いて失神してしまった。


「……ふむ、どうやらここまでみたいですね」


 動かなくなった彼を見下ろしながら呟く相良の表情は、相変わらず無表情のままであった。


「しかし、まだ……」


 そう言って相良は懐に手を伸ばし、何かを取り出そうとする。しかし、途中でその動きが止まった。


「……いえ、もう十分でしょう」


 そう言うと、相良はゆっくりと立ち上がった。その表情には先程まで浮かべていた嗜虐的な表情は無く、代わりにどこか残念そうな色が浮かんでいた。


「正直、もう少し楽しませて貰えると思っていたんですけどね……」


 溜息交じりに呟きながら、倒れている松永の傍まで歩み寄る。そして無造作にしゃがみ込むと、彼の顔を覗き込んだ。


 そこには恐怖と苦痛、絶望の色が浮かんでおり、瞳からは涙が流れ落ちていた。その姿を見ながら、相良は小さく溜息を吐いた。


「まあ、こんなものでいいでしょう。お嬢様も満足して頂けるはずです」


 相良はそう言ってから携帯電話を取り出し、苦痛の表情にまみれたまま気を失っている松永の顔写真を撮影する。そしてそれを雪乃宛でメールを送信してから元の場所へしまった。


「さて、後は……」


 そう呟き、相良は歩き出した。相良が向かっていくのは、最初に拳銃で撃ち抜いた男のところだった。その男は未だに意識を失ったままで地面に横たわっている。


 そんな男を見下ろしながら、相良は男の服の襟を乱雑に掴むと、そのまま彼を引きずり始めた。そして少し離れた場所にある水道を見つけると、そこで蛇口を捻って水を出し始める。


 勢いよく出た水が男の顔面に叩き付けられ、それによって男は目を覚ましたようだった。


「……っ!?」


 男が状況を把握出来ていない中、相良は無言で水を顔に掛け続ける。するとようやく意識が覚醒したのか、激しく咳き込み始めてしまった。


 しかし、そんな状態になってもなお、相良は一切手を緩めない。それどころか先程よりも勢いを強めて水を掛け続けていた。


「ごほっ! げほ……っ!」


 気管に入ったのだろう、苦しそうな声を上げながらも何とか呼吸しようと藻掻き続けている男に向かって、相良は静かに言葉を発した。


「おはようございます。良い夢でも見られましたか?」


 その言葉を聞いた瞬間、男の表情が凍り付いた。だがそんな事などお構いなしといった様子で、相良はそのまま言葉を続ける。


「さて、突然ですがあなたには頼みたい事があります」


「……え?」


「あそこで倒れている連中の後片付けをお願い致します。異論は認めません」


 相良は松永達が倒れている方向を指差しながらそう言った。その口調は有無を言わせぬもので、反論する事すら許さないといった様子だった。


 そして男が相良の指差した方向に視線を向けると、その先にあった光景を見て思わず息を呑んでしまう。何故なら、そこに広がっていたのは凄惨な現場だったからだ。


「ひっ……!?」


「さぁ、どうするのですか? それともあなたも彼らの様になりたいですか?」


 怯える男に淡々とそう告げる相良の表情は無表情だった。それはまるで感情が抜け落ちたかの様に冷たく感じられる表情であった。その表情を見たからか、男はガタガタと震え始めていた。


「……わ、分かりました」


 絞り出す様な声で頷きながらそう言うと、男はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと覚束無い足取りでその場から離れていく。


 その足取りは非常に不安定であったが、彼はそれでも懸命に足を動かしていた。


 そんな彼の姿を見送ると、相良はゆっくりと踵を返す。そして任務を達成した事により、特別ボーナスが入る事が確定したからか、少し上機嫌に鼻歌を歌いつつ歩き出していったのだった。




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