金髪お嬢様、不満を露わにする
次郎と邦彦。二人が調理に集中する姿を、雪乃はテーブル席から横目で眺めていた。
邦彦が飛ばす指示を受けつつ、機敏に動く次郎の姿。そんな彼を見て、雪乃の頬は自然と緩む。
(あぁ、普段と違う次郎さんも良いですわね)
雪乃は幸せを噛み締める様に、その光景を眺め続けるのであった。
しかし、そうした想いとは別に、ある感情からか雪乃は机の表面を右手の人差し指の爪でカリッ、と引っ掻く。
それは一度では無く、二度、三度と繰り返される。その度に、彼女の顔からは表情が抜け落ちていく。
幸せな想い、緩んだ表情が徐々に近くにいる者の、存在への敵意に塗り潰されて、冷たくなっていく。
「……許せませんわね」
彼女の口から漏れたのは、その小さな一言だけであった。そして空いている左手がゆっくりと、自らのスカートの内側にへと伸びていき―――
「お嬢様」
雪乃の左手が目的の物を掴む前に、自分を呼ぶ制止の声が掛かった。それを発したのは、目の前にいる相良である。
「あら、どうかしましたか?」
雪乃は伸ばした左手を引きつつ、何でもない風に返事をした。しかし、相良は雪乃が何をしようとしていたかは見抜いている。
「そうした行為はお止めください。何も意味を成しませんよ」
雪乃は微笑みを浮かべたまま、その視線を僅かに鋭くさせる。
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味ですよ。貴方が今、ここで、その様な事をしたところで、事態は何一つ好転しない。寧ろ、悪化するだけです。なので、お止めくださいな」
雪乃は一瞬だけ沈黙する。しかし、直ぐに口を開く。
「……確かに、そうですわね。けど、あの態度は見逃せませんわ。私の次郎さんに、何て無礼な真似を……。あんな方々、どうなろうと知った事ではありませんわ」
「そうですか。けれども、この場においてはその感情は抑えてください。普段のお嬢様であれば、その様な事を軽々しく口にしたりは致しませんでしょう?」
「……分かりましたわ。今は、その言葉に従いましょう。ですが、もしも次郎さんの身に何かあった場合は―――その時は容赦はしませんわよ」
「承知致しました。その際はご自由にどうぞ。私は止めませんが、有事の場合は自己責任でお願いします」
「えぇ、分かっていますわ。それぐらい、心得てますもの」
そして雪乃がそう口にしたタイミングで、厨房から次郎が料理を持って出てきた。その後ろを邦彦も着いてきている。
そして二人は注文されていた料理を、松永達の前にへと並べていった。
「お待たせしました。ご注文のカツ丼の大盛と親子丼、それとカレーライスになります」
にこやかな笑顔を携えながら、邦彦が三人に向けてそう口にする。それはどこか、挑戦的な口調であった。
それを聞いた松永達は表情を歪めつつも、注文通りの料理が来た事から、文句は言うに言えない状況にあった。
そんな松永達の様子を見た邦彦が、更に笑みを深くする。
「では、ごゆっくり。失礼致します」
そして彼はそう告げると、頭を下げてからその場から離れていった。次郎もそれに続いてその場から下がっていく。
その途中で、彼の視界に入ってきたのは怒りの感情を露にしている松永の姿であった。
次郎はそれを見ると、してやったりと言わんばかりにほくそ笑む。
(ざまぁねぇな)
内心で、そう思いながらも、表には出さない様に気を付けていた。
それから少しして、松永達は箸やスプーンを手に取って、食事を始めた。
彼らは最初こそは黙々と食べていたが、次第に「うめえ」とか、「美味しい」といった声が漏れ出てくる。そして数分後、彼らは出された料理を完食していた。
「どうでしたかな、うちの料理は?」
松永達が食べ終えたタイミングで邦彦が食器を下げようと彼らの席に近寄って、感想を聞いてきた。その問いに対して、松永は忌々しげに答える。
「……まぁ、美味かったんじゃないか。悪くはなかった」
「ありがとうございます。そう言って頂けると、こちらも無理をして作った甲斐がありますよ」
「……ちっ」
邦彦がそう答えた後、松永は舌打ちをした。
(しかし、まぁ……良く作れたもんだよな。この短時間で仕込みもしていない料理を作れるなんてな)
次郎はそうしたやり取りを眺めながら、そんな感想を抱いていた。
実際のところ、邦彦が作るのに掛かった時間は本当に短いものであった。次郎が想定していたよりも短時間で済んでいる。
カツ丼や親子丼に関しては流用出来る材料があったからこそ何とかなったものの、カレーばかりはそうはいかない。
それこそ一から作っていたのでは、どうしても時間が掛かってしまう。なので、邦彦は自分達の食事用に置いてあったレトルトカレーを使い、それで調理を行ったのだ。
もちろん、それをただ温めて出すだけなんて事はしない。レトルトカレーにラーメンで使う出汁やチャーシューなどの具材を加えて煮込み、味を調えた後で盛り付けて提供をした。
多少、外道な方法ではあるが、これなら十分に使える代物になるだろう。それにそもそも、無茶を言っているのは松永達側であるのだから、これで文句を言われようが知った事ではない。
次郎は改めて、邦彦の熟練の腕前や対応力に感嘆した。同時に、自分はまだまだ未熟であると痛感する。
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