金髪不良、交渉を持ち掛けられる


「とりあえず、今回の料理はメニューに無いものでしたから、金額はしっかりと設定してはいませんからね。大体、材料費や人件費等を合わせて……こんなもんでお願いします」


 邦彦はそう言いつつ、伝票をテーブルの上に置いた。


 松永はそれを手に取って、記載されている金額に目を向ける。


 そこには彼が想像していたよりも、ずっと少ない数字が記載されていた。


「……随分と安いな。普通に考えて、もっと高いはずだろ」


「いえ、こんなもんですよ。何せ、商品としてお出しは出来ましたが、どれもこれも有り合わせのものでしかありませんしな。全うな金額を頂いてしまっては、こっちが恥ずかしいですよ。ですから、この値段で構いません」


「……ふん」


 松永は不満げに鼻を鳴らすが、それ以上は何も言わなかった。


 そして懐から高級感のある財布を取り出し、そこから紙幣を数枚抜き取ると、そのまま邦彦に手渡した。


「ほらよ。釣りはいらん」


「えぇ、どうも。ありがとうございます」


 代金を受け取った邦彦はそれを一旦ポケットの中に入れると、そう言ってから笑顔で頭を下げる。


 そして空いた食器を持って、厨房の方へと戻ろうとする。


「ああ、ちょっと待ってくれや」


 しかし、そんな空気を読まずに声を掛けてきた人物がいた。


 それは、今まさに厨房に戻ろうとした邦彦を呼び止めた松永であった。


 彼は何かを企んでいるかのような笑みを浮かべていた。


「どうかしましたかい? まだ何かありますかな?」


「いや、あんたにはもう用は無いさ。さっさと戻って仕事に専念してくれ。ただ……」


「ただ、なんですかね?」


「そこのそいつ……従業員の兄ちゃんと話しをさせてくれや。少し興味があるんだわ」


 松永はそう言うと、視線を次郎に向けた。


 その瞳には、まるで獲物を狙う肉食獣のような鋭さが宿っていた。


 そして邦彦はそれを感じ取ったのか、にこやかに浮かべていた笑みを消し、険しい表情と変わった。


「……その話ってのは、一体どういう内容で?」


「いや、何。ちょっとした世間話だよ。別に取って食おうとなんて思ってねぇから安心しろや」


 邦彦が怪しげな様子で聞くが、松永はニヤリと笑って答える。その言葉を聞いても、邦彦は警戒心を解こうとはしなかった。


「その言葉……ちと信用出来ませんな。そもそも、どうしてこいつに用が?」


「悪いが、お前さんには関係のない事だぜ」


「……」


 邦彦は鋭い眼光で睨むが、松永は平然とした態度で答えた。


 そして互いに睨み合う様に見つめる中、その交わる視線の中を割って入るかの様に、次郎が身を乗り出して口を開いた。


「おい、ジジイ。こいつは俺に用があるって言ってんだ。だから、ジジイは引っ込んでな。邪魔すんなよ」


「いや、お前。こいつらは……」


「あぁ、分かってる。だけど、これは俺に売られた喧嘩なんだ。だったら、俺が相手するのが筋ってもんだろ」


「……」


 次郎がはっきりと口にすると、邦彦は無言で彼を見つめた。


 それからしばらく沈黙が続いた後、邦彦は大きく息を吐いた。


「……分かった。勝手にしな」


 邦彦はそれだけを口にして、厨房に戻っていった。


 その様子を見届けた後、次郎は目の前にいる松永を見やった。


「で、話しってのは何だ? 俺に何の用だ?」


 腕を組みつつ、従業員の口調を捨て去った次郎がぶっきらぼうに言った。


 その声にはどこか不機嫌そうな響きが含まれていた。しかし、松永は気にする素振りも見せない。


「まあまあ、そう怖い顔するなって。ただ、ここで話すのもなんだ。場所を変えねえか?」


 松永は店の出入り口を指しながら、次郎に提案した。それを聞いた次郎は不愉快そうな顔をしたが、もしもこの場で何かがあって、周りを巻き込むと面倒になると思い直し、その提案を受け入れた。


「いいだろう。その代わり、余計な事はするんじゃないぞ」


「分かっているよ。じゃ、行こうか」


 松永はニヤッと笑うと、席から立ち上がり、先に歩き出した。


 その松永の後ろを、次郎は黙ったままついて行く。そして次郎の背後を残る二人の男達が付いて行った。


 店から出て、そのまま無言のまま歩く事数分。やってきたのは商店街近くの人気の無い公園。そこに辿り着くと、松永は足を止めた。


 次郎も足を止め、松永の目をジッと見つめる。すると彼はにやりと笑い、次郎をじっと見据えた。


「さて、ここなら大丈夫そうだな」


「ああ。それで、何の用だ?」


 次郎が再び尋ねると、松永は小さく肩をすくめた。


「そんなに急かすなよ。ちゃんと話してやるからよ」


「どうせロクでもない話なんだろうがな。で、何を企んでやがる?」


「人聞きの悪い事を言うなよ。俺はただ、お前に良い話を持ってきただけだ」


「良い話だと?」


「ああ。もし、お前が俺の話を受け入れるっていうのであれば、今後一切、俺達はお前に関わらないと約束しよう」


「……俺達というのは、山城会が手を出さないという意味合いでいいのか?」


 次郎が松永の話を聞いた上でそう返すと、松永は驚いた様な表情を見せた。


「ほう……。兄ちゃん、その名前はどこで知ったんだ?」


「とある筋からだよ。それに、お前達の目的についてもある程度は聞いている。いい歳した大人が、一人の女子高生を必死こいて追い回すなんて、随分と情けない姿じゃないか」


 次郎が挑発的な態度で言い放つと、松永は眉間に皺を寄せた。


「なるほどな。そこまで知っているのなら、話は早い。だったら分かる筈だ。これ以上、この件について首を突っ込むな。そうすれば、俺達はお前の事を見逃してやるし、今後も何もしない。悪くない話だろ」


 松永が次郎に詰め寄り、威圧感たっぷりに言う。しかし、次郎は一切動じない。


「……もしここで、俺が断ると言ったら?」


「その時は、力尽くで従わせるまでさ。俺達がどういう人間なのか、お前さんも分かっているだろ? こっちは追い詰める為なら、どんな手だって使う。それが、ヤクザってもんだよ」


「……」


 次郎は松永の言葉を聞き、内心で舌打ちをした。


「手始めに、そうだな……さっきの爺さんの店を潰してもいいんだぜ? 土地の権利を取り上げて、追い出してやれば、あの店も終わりだからな」


 松永が下卑た笑みを浮かべて次郎を見下ろし、脅しを掛ける。


「それは、脅迫って事か?」


「人聞きが悪いな。これは取引だ。お前が俺達の要求を受け入れてくれるのなら、何もしないと誓おう。だが、もし拒否するのなら、相応の覚悟をして貰う事になる」


 松永が次郎に凄む。その迫力は本物であり、思わず気圧されそうになるが、次郎は気を引き締め直した。


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