金髪不良、孤立奮闘する
次郎が雪乃の言動に対して呆れていると、その背後から近付いてくる気配を感じ取り、次郎は反射的に振り返る。
すると、そこには厨房にいたはずの邦彦が立っていた。
彼は前掛けと次郎と同じ様に頭に巻いていたタオルを外し、気の良い笑顔を浮かべている。
「おう、お嬢さん方。うちの味はどうだったかい? 満足して頂けたかな?」
邦彦はそう言いつつ、雪乃と相良に視線を向ける。
「はい、とても美味しかったです。ご馳走様でした。また機会があれば食べに来させて頂きたいと思います」
雪乃は礼儀正しく頭を下げて答える。そして相良も雪乃に合わせて小さく会釈していた。
「そうか、そうか。それは良かった。そう言ってくれると、料理人冥利に尽きるってもんだぜ。ありがとよ、お嬢さん方」
「……ですが、一つだけ。残念だった点があります」
雪乃が口を開くと、邦彦は不思議そうに眉をひそめる。
「ん? 何だい、お嬢さん」
「出来る事なら、次郎さんが作った料理が食べたかったですわ」
雪乃が憂いを帯びた表情でそう口にすると、次郎は露骨に嫌そうな表情を浮かべ、そして邦彦は雪乃が発した言葉を受けて、目を丸くしていた。
「ほう……お嬢さん、こいつの作った料理が食べたいのかい?」
「えぇ、そうですわ。せっかくのこういった場所や機会なのですから、是非ともお慕いしている殿方の手料理を食べたいと願うのは、当然の事だと思いますわ」
雪乃はそう口にしつつ、チラリと次郎の方へ目配せする。
その瞬間、次郎は雪乃が何を考えているのか察してしまい、その意図を汲み取ってげんなりとしていた。
雪乃の瞳の奥には、はっきりと『作って下さいな』と訴えかける意志があり、それを向けられた次郎は思わずたじろぐ。
「なぁ、お嬢さん。さっきから気になっていたんだが……うちの孫とはどういう関係なんだい?」
そんな二人の様子を目にして、邦彦が興味深げに尋ねてきた。
「次郎さんは、その……私にとって、とても大切な方ですわ」
「ただのクラスメイトだぞ」
雪乃が頬を赤らめ、恥ずかしがりながらもはっきりとそう告げるも、次郎は即座にしれっと否定する。
「あら、照れてらっしゃいますのね。そんな否定しなくても、私の想いは変わりませんよ」
「違ぇよ!!」
雪乃の言葉を聞いて、次郎は咄嵯に大きな声を上げる。
「おい、良かったな、次郎。お前さん、このお嬢ちゃんに惚れられてるんじゃないのか?」
そして邦彦はそんな次郎の反応を見てか、面白がる様に笑みを浮かべていた。
「うっせえ! こいつはそうでも、俺はそういうつもりじゃねえんだよ!!」
「まあまあ、落ち着け。別に誰を好きになろうが、それはお嬢さんの自由じゃないか。それについて、お前さんがどうこう言う権利なんて無いぞ」
次郎が大声で反論するも、邦彦はまるで意に介さずといった様子で、雪乃を見つめながらニヤついた顔で呟く。
「しかし、それにしても……こんな可愛い子が孫の恋人になってくれたら、俺も嬉しいんだけどなぁ……」
「まぁ、御爺様ったら」
「おい、糞ジジイ!!」
邦彦が漏らした言葉に対して、雪乃は自分の頬に手を当て、嬉しそうに微笑む。
しかし、その反面で次郎は額に青筋を立てており、今にも爆発寸前であった。
「はっはっはっ。これで、うちの将来は安泰という訳だな」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!?」
豪快に笑う邦彦に対して、次郎は怒り心頭と言った様子で怒鳴り散らす。
「まあ、なんだ、お嬢さん。そういう事なら、話は早い。今日はもう食っちまって、これ以上は入らないだろうから、次に来た時にはこいつに作らせるからよ。それでいいかい?」
「はい、それで構いませんわ。楽しみにしていますわよ、次郎さん。期待させて頂きますわね」
「……勝手に決めんなや、くそがっ!」
雪乃は笑顔でそう答え、対する次郎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて毒づく。
しかし、雪乃は次郎が何を言っても聞き入れる気はないらしく、ニコニコと満面の笑みを崩さずにいた。
その光景を眺めていた邦彦は、愉快そうに笑い声を上げている。
と、その時だった。店の出入り口の扉が勢いよく開け放たれ、店にいた全員の視線が入口にへと向けられる。そこには三人の男性が立っていた。
そしてその男達の顔に、次郎は見覚えがあった。何故なら、それは―――昨日にも見た顔だったからだ。
「おう、邪魔するぜ」
その内の一人、リーダー格の男である松永が店内に入ってくるなり、不敵な笑みを浮かべながら堂々と言い放つ。
その後ろに控えている二人の男達は、その一歩後ろの位置で立ち止まっていた。
「あいつらは……」
次郎はその三人を見た瞬間、思わず顔をしかめる。
忘れるはずも無い。それは昨日、智絵を攫おうとしていた男達に違いなかったからだった。
どうしてここに彼らが来たのか。偶然にもこの店にやってきた―――という可能性を考えてみたが、その考えは直ぐに捨て去る。
もしかすると、彼らは自分を探しているに違いない。そう思った次郎は、嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「あぁ、いらっしゃい。三名様かな。奥の方が空いているから、そこに座ってくれ」
そしてそうした事情を知らない邦彦は、にこやかな営業スマイルで彼らを応対する。その対応に、次郎は内心で感心していた。
松永達三人は、どこからどう見てもカタギには見えない。普通であれば、店主として警戒するのが当然の反応であろう。
しかし、邦彦はその反応をせず、あくまで平静を装って対応している。
こういった状況に慣れているのだろうか。それとも、肝が据わっているだけなのか。どちらにせよ、流石は長年ラーメン屋を経営しているだけはあるなと、次郎はその胆力に素直に尊敬の念を抱いた。
しかし、当の本人である邦彦はそんな事は露知らず、相変わらずの営業スマイルで彼らと接している。
「奥の席だな。分かったよ。おい、お前ら、行くぞ」
「へい、兄貴」
「ういっす」
その言葉と共に、背後の二人を引き連れて松永が案内された席にへと歩いていく。
彼らが移動をするその際に、チラリと松永が視線をこちらに向けてきたのを次郎は見逃さなかった。
その視線の意味するところを察するに、やはり自分の事を探していたようだ。
しかし、まさかこんなにも早くに接触を図ってくるとは思ってもいなかった。
(……一体、どういうつもりなんだ)
相手の意図が分からず、次郎は困惑する。何事も無ければ―――とは思うも、きっとそれは難しいだろうと彼は考えていた。
何故ならば、目の前にいる松永達の表情には、明らかに敵意が滲んでいるのが見て取れたからである。
次郎は覚悟を決め、配膳用のお盆に人数分の水が入ったコップを乗せ、彼らの下へと向かっていった。
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