金髪不良と毒舌秘書
数十分後―――。
「……ふぅ、ご馳走様でした」
雪乃はそう口にしてから箸を置き、手を合わせて軽く頭を下げる。
その目の前には、綺麗に平らげられた丼と皿が並べられていた。
あの後、結局はメニューに記載されている料理を注文し、普通に食事を終えたのだった。
「流石は次郎さんの御爺様。とても美味しかったですわ」
雪乃は満足そうな顔で口元をハンカチで拭い、率直な感想を口にする。その隣で相良も、静かに首肯して同意を示していた。
「そりゃあ、良かったな」
その二人に対して、次郎は不機嫌そうな口調で言う。そして空になった食器を片付け始める。
その様子を見た雪乃は、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「あの、次郎さん? どうして不貞腐れていらっしゃるのですか?」
その問い掛けに対して、次郎は何も答えない。その態度を見て、雪乃は困った様な表情を見せる。
「何か気に障る事をしてしまいましたでしょうか?」
「……寧ろ、気に障る事しかしてねぇよ。何だよ、さっきの呪文は。一体、どこで覚えたんだ」
次郎は呆れたように雪乃に訊ねる。すると、彼女は嬉しそうに胸を張ってこう言った。
「実は、昨夜に洞島から教わったのです。ジロウを愛する者はそういった言葉を使うと良いと教えてくれて、それで私も勉強してみたのですよ。如何でしたか?」
「知るか! しかも、それはジロウ違いだし、俺はあんなもの、二度と聞きたくもない!」
「『次郎さん愛情慕情思慕恋慕マシマシ―――」
「だから、止めろ!」
次郎は雪乃の言葉を遮って叫ぶ。しかし、雪乃は不満そうな顔をして頬を膨らませた。
「もう、次郎さんのいけず。私はただ、次郎さんへの想いをもっと伝えたかっただけなのに……」
その雪乃の反応に、次郎は溜息を吐く。
「お前、良くそんな恥ずかしい事を公衆の面前で言えるな……。こっちの方が恥ずかしいわ」
「恥ずかしいだなんて、とんでもない。私の次郎さんに対する愛は本物ですわよ。その証拠に、ほら。こうして次郎さんのお側に居られるだけで、こんなにドキドキしているんです」
雪乃は自分の胸に両手を当てながら言う。その瞳は熱を帯びており、心の底から次郎に対しての愛を訴えかけているようだった。
その彼女の様子を、次郎はげんなりとした様子で見つめる。視線で『何を言っているのか』と訴えかけるが、雪乃には通じない。
「お嬢様。そろそろお戯れも大概にして頂かないと、色々と問題が生じますので」
その二人の様子を見かねた相良が雪乃に注意を促す。その言葉を聞いた雪乃は不服そうな顔を見せた。
「あら、相良。邪魔しないで頂戴な。これからが本番だったというのに……」
「申し訳ありませんが、これも仕事なので」
雪乃の文句を軽く受け流し、相良は淡々とした口調で忠告する。
その様子に雪乃は面白くなさそうな表情を見せ、ふいっと視線を逸らす。
「……分かっていますわよ。それくらい」
拗ねたような声で雪乃は答える。
「失礼致しました、山田様。お嬢様がご迷惑をお掛けして大変申し訳御座いません。この通り、どうか平にご容赦を」
そして相良は次郎に対して頭を下げる。その行動には淀みがなく、相良の謝罪が建前で無く、本気である事を窺わせた。
「……別に、そこまでしなくてもいい。というか、止めるならもっと早くにこいつの暴走を止めてくれよ」
次郎が面倒臭そうに答えて、隣にいる雪乃を指差す。
「というか……よくよく考えたら、あんたとは初めて話すよな。あんたも洞島やゴメス……後は白人の男と同じで、四条の護衛の一人なのか?」
「いえいえ、まさか。私をあの様な役立たずで能無しな連中と一緒くたにされては困ります」
「や、役立たずって……」
「私はお嬢様の秘書を務める相良豊と申します。以後、お見知りおきを」
相良の吐いた毒に、次郎は眉をひそめる。そんな彼を余所に相良は丁寧に自己紹介を行う。
「あなたの事はお嬢様より聞いております。何でも男らしく、とても素敵な方だと伺っておりました」
その言葉に、次郎は更に嫌そうな顔を浮かべた。
「……まぁ、どうせろくな話じゃねえんだろうな」
「そんな事無いですよ。お嬢様が語る内容はどれもこれも、聞くに堪えな―――コホン、素晴らしい内容ばかりですよ」
「おい、今何か言い掛けただろ」
「気のせいでしょう」
次郎の突っ込みに、相良は素知らぬ顔をする。
「とにかく。お嬢様の事、今後ともよろしくお願い致します。くれぐれも、お嬢様を悲しませないで下さい。もし、万が一にもその様な事があれば……その時は、分かりますよね?」
相良は鷹の様な鋭い目つきで次郎を見据える。その迫力に次郎は気圧されそうになるも、次郎も睨み返す事で対抗をする。
「……知った事かよ。俺にだって都合があるんだ。他の事になんか構ってられっかよ」
そして、次郎が堂々と反論すると、相良は呆れた様に溜息を吐いた。
「聞いた通りの人間ですね。あなたは」
その発言に、次郎は不快げに舌打ちする。
「それはどういう意味だ? 俺は俺のやりたい様にやるだけだ。四条や、ましてやあんたに口出しされる筋合いはないぞ」
次郎の指摘に、相良は再び溜息を漏らした。
「えぇ、その通りです。あなたは何も間違ってはいません。寧ろ、正しいと言えるでしょう」
相良からの返答、そしてその反応に次郎は怪訝そうな表情を浮かべる。その様子に、相良は小さく笑った。
次郎はますます不機嫌そうな顔になり、それを見た相良は少しだけ気分が晴れたのか満足そうな表情を浮かべる。
「誰かから指図をされて動くなんて、馬鹿らしいと思いませんか?」
「あ?」
「自分の意思で動き、自分の判断で物事を決める。それが人として、本来のあるべき姿だと私は思います。ですから、何も考えず、周りに踊らされて行動する愚か者達を見ていると、非常に反吐が出ます。なので、あなたの様な人間は好感が持てます」
「……結局、何が言いたいんだ?」
「つまり、あなたの好きにすればいい。私からすれば、あなたとお嬢様が結ばれようが、そうでなかろうが、どっちだっていいのです。私はただ、相応の報酬さえ貰えればそれで良い。それだけの話ですから」
右手でお金のジェスチャーをしながら、淡々と話す相良。その態度に、次郎は思わず苦笑いしてしまう。
「お前、おかしな奴だな。秘書のくせに、雇われ主に対してその言い方はねぇんじゃねえのか」
次郎の言葉に、相良はふっと笑う。
「何を言っているんですか。私はお金に忠実なだけです。お嬢様なんかに忠義なんて誓っていません。金払いが良いのでお嬢様には従っていますが、そうで無ければこんな面倒な仕事、誰が引き受けるものですか」
忠義も糞も無い、利己主義的なその言葉に、次郎は思わず吹き出してしまう。
「やっぱり、変な奴だよ。お前は」
「良く言われます。自覚もしています。ですが、そんな事はどうだっていいんですよ。私がしたい事、望む事をする。その為に生きている。だから、これからも好きな様にするのが、私のモットーなんです」
次郎は肩をすくめ、相良は相変わらずにこやかな笑顔で答えた。
「お前も、よくこんな変な奴を雇っているよな」
次郎が言うと、雪乃はクスリと微笑む。
「確かに性格の面で問題はありますが、それ以外は優秀で頼りになりますから。それに報酬さえ弾んでいれば、絶対に裏切りなんてしませんから、逆に信用がおけますので」
雪乃はにこやかに語るが、その言葉を聞いた次郎は僅かに顔をしかめた。
「……主従共々、おかしな奴らだよ、お前らは」
次郎の呆れた様な物言いに、雪乃はきょとんとした表情で首を傾げる。
「あら、何かおかしい事を言いましたでしょうか?」
「最近のお前の物言いで、おかしく無かった試しがねぇよ」
不思議そうな雪乃に対して、次郎は疲れた様に溜め息を吐いた。
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