【悲報】ジロリアンと化した金髪お嬢様
「は……? え……?」
店の入り口前。次郎は思わぬ人物が来店した事により、思考回路はショート寸前であった。
そんな次郎の様子を見て、雪乃が不思議そうな表情で首を傾げる。
次郎と同じく、学園が休みである為に、本日の雪乃はいつもの制服姿では無く、余所行きの私服姿である。
白いブラウスに淡い色合いのロングスカート。白のカチューシャを付け、雪乃の美しい金髪を際立たせている。
その格好は、普段の雪乃を知る者からすれば驚く程の可憐さであった。
そうした姿を見て、店の中は騒然とする。当然、その中心にいるのは雪乃と、その付き添いで来た相良であった。
ちなみに、相良は普段と変わらずのスーツ姿である。しかし、相良が雪乃の近くに立っている事で、その空間だけ顔面偏差値が異常に高くなっていた。
店内にいた他の客達は、まるで芸能人でも見るかの様に雪乃達に釘付けになっている。
「おい、あの子可愛いぞ!」
「モデルかな!? 凄く綺麗!!」
「あっちの子も美人だ! 二人ともレベル高ぇーなオイ!!」
雪乃と相良の姿を見た周りの男性陣が騒ぎ始める。しかし、その声が耳に入らない程に、次郎は混乱していた。
何故、彼女がここにいるのか。どうして自分の前に姿を現したのか。
次郎の頭の中で、様々な考えが浮かんでは消えていく。しかし、いくら考えても答えは出ない。
「……」
結局、次郎はその場で硬直したまま動けず、何も言えず、雪乃達の姿をただ眺める事しか出来なかった。
そんな一向に話し掛けてこない次郎に対して、雪乃が少し不満げな様子で彼に近寄っていく。
「どうかなさいましたか、次郎さん。私の顔に何か付いていますか?」
「その……何で、お前がここに……?」
次郎が戸惑いながらも尋ねると、雪乃が微笑みを浮かべながら返答をする。
「それは勿論、次郎さんの働く姿を見に来たのですわ。次郎さんがどの様な環境で働いていられるのか、興味がありまして。ですので、こうして足を運ばせて頂いた次第ですわ」
「いや、そうじゃなくて……俺がここで働いているのは誰にも話した事が無いのに、どうして知ってんだよ」
雪乃の答えに、次郎はますます困惑する。しかし、雪乃は平然とした様子で答えるのだった。
「企業秘密……と、言いたいところですが、これぐらいの情報でしたら少し調べれば分かる事です。つまりは、愛の力が成せる業と言ったところですね」
その雪乃の返答に、周りで話を聞いていた常連客達が何事かと騒ぎ出す。
「あ、愛の力!?」
「おい、どういう事だよ! 次郎ちゃん、あんな可愛い子と知り合いなのかよ!」
「畜生、羨ましいぞこの野郎!!」
周りの騒めきに、次郎の頭が更に混乱する。そんな中、雪乃が次郎の傍まで歩み寄り、彼の手を優しく握る。
「さぁ、次郎さん。エスコートして下さいな。今の私はお客様で、貴方は従業員。ならば、まずは席へと案内して下さらないといけませんよ?」
有無を言わせない雪乃の笑顔。その笑みを見て、次郎は即刻この場から追い出したい気持ちに駆られた。しかし、他の客達がいる前でそんな事は出来ない。
そして、何より―――
「おい、次郎! いつまで突っ立ってんだ!! 仕事しろ、仕事を!!!」
いつまで経っても案内をせずに立ち止まっている次郎を見兼ねてか、邦彦が怒号を飛ばしてくる。次郎は思わずビクッと身体を震わせた。
「いやぁ、すみませんなお嬢さん方。直ぐに案内させますんで、少々お待ちを……」
邦彦が雪乃達に話し掛けると、彼女はにっこりと笑って返事をする。
「お気遣いありがとうございますわ。さぁ、次郎さん。ご案内をお願い致しますわ」
「……こちらに、どうぞ」
次郎は内心で舌打ちをしながら、雪乃を連れて店の中を歩き始めた。
雪乃と相良が歩き出すと、店内の雰囲気が一気に変貌をする。元々、男性ばかりで占めていた店内だった為、女性が入って来ただけで雰囲気が大きく変わるのだ。
しかも、それが雪乃クラスの超絶美少女となれば尚更だ。男性陣が雪乃の姿に見惚れる中、雪乃は気にする事無く次郎の後を付いて行く。
雪乃が歩く度に、男性達の視線が集まる。中には、彼女に対して熱い眼差しを向ける者もいた。
しかし、当の本人はそうした視線に気付いた上で、次郎の事ばかり見ていた。
「あの、次郎さん。一つ宜しいですか?」
雪乃が声を掛けると、次郎が面倒臭そうな表情で振り返る。
「……何だよ」
「このお店には、次郎さんが私にお食事をさせてくれるサービスはありますか?」
雪乃が尋ねると、周りの客達は一斉に息を呑む。
「ねぇよ!? ある訳ねぇだろうが、馬鹿かお前はっ!!」
次郎が怒鳴り声を上げると、雪乃はクスリと笑う。
「あら、昔から良く言うではありませんか。『お客様は神様』と。神様であるのなら、神である私に、従事する者が直々に供物を捧げるのは間違いでは有りませんわ」
「その言葉の使い方間違っているからな!?」
次郎が雪乃の言葉に対してツッコミを入れる。その様子に、雪乃はくすっと微笑を浮かべた。
「ふふ、冗談ですわ」
雪乃はそう言って、次郎の事をじっと見つめ始める。
「……お前、いい加減にしないと叩き出すぞ」
次郎が睨みつけると、雪乃は頬を赤く染めながら嬉しそうに笑った。
「嫌ですわ、次郎さん。そんな熱い視線を送られてしまっては、照れてしまいます」
「あ? 何だって?」
次郎がドスの利いた声で聞き返す。すると、雪乃はその態度に怯まずに笑顔のまま返した。
「あぁ、その声も素敵ですね……もっと聞かせて下さい。私の耳を、心を、貴方で満たして下さい♡」
その言葉を聞いて、次郎の顔色が更に険しくなっていく。
(うぜぇ……)
「もう良い、分かった。俺が悪かった。だから、これ以上変なこと口走るなよな……」
「まぁ、次郎さんたら……。恥ずかしがらずとも大丈夫ですよ。私はどんな次郎さんでも愛していますから……」
雪乃は頬を染め、熱の籠もった瞳で次郎を見つめ続ける。
その姿を見て、周りの男性達の中には嫉妬や羨望の眼差しを向けている者もいる。
しかし、その空気に耐えられなくなったのか、次郎は空いているテーブル席を勢い良く指差すと、案内も途中で厨房の中にへと逃げ込んでいった。
残された雪乃はキョトンとした表情を見せるが、直ぐに顔を輝かせる。
「分かりました。それでは、こちらに失礼しますね」
雪乃は次郎が示した席に腰を下ろすと、その向かいに相良が座る。そして相良がテーブルの上に置いてあったメニュー表を手に取り、それを広げて雪乃にへと見せた。
「どうぞ、ご注文をお決めになってください」
「ありがとう。それでは、えーと、どれにしましょうか……」
雪乃は楽し気にメニューを眺めながら、どれにするかを考える。その光景を見ていた次郎は、内心で溜息を吐いていた。
(早く帰ってくれないだろうか……)
そう思いながらも、決してそれを口に出さない。出したが最後、横にいる邦彦に何を言われるか分からないからだ。
「おい、次郎。あの嬢ちゃん、お前の知り合いなのか?」
先程までのやり取りを眺めていた邦彦が疑問に思ってか、小声で尋ねてくる。その問い掛けを受けて、次郎は面倒臭そうな態度を見せた。
「別に、ただ同じ学園でクラスメイトなだけだよ。それ以上でも、以下でもない」
その返答に、邦彦は納得していない様な顔つきで見つめている。
「それにしても、随分と仲が良いみたいじゃねぇか。もしかして、お前のコレなのか?」
邦彦はそう言うとニヤリと笑い、自分の小指を立てて見せる。
「んな訳ないだろ。誰があんな女と付き合うんだよ。あいつは唯のクラスメイトでしかないっての」
次郎はうんざりした様子で答える。その反応を見て、邦彦はつまらなさそうな顔を浮かべると、再び雪乃の方へ視線を向けた。
「にしても、美人な嬢ちゃんだな。うちの婆さんと良い勝負だぜ。ありゃ、男にモテるタイプだろうな」
その発言に対して、次郎は何も答えない。だが、その態度で肯定しているのだと察した邦彦は、雪乃をまじまじと見つめる。
その雪乃はメニューを真剣に選んでおり、その姿を見た邦彦は再び質問を投げ掛ける。
「あんな美人さんなんだから、逃すのは勿体無いと思うんだがな。俺はお前の将来の嫁さんにピッタリだと睨んでいるんだけどよぉ」
その言葉を聞いて、次郎は露骨に嫌そうな表情を見せた。
「冗談でも止めてくれ……そんな将来、俺は絶対にお断りだよ」
次郎が本気の嫌悪感を滲ませながら、はっきりと拒絶する。すると、そのタイミングで注文が決まったのか、相良が手を挙げて呼んでいた。
「ほら、お呼びだぞ。さっさと注文取ってこい」
「……はいよ」
邦彦に急かされて、次郎は渋々雪乃と相良の下にへと向かっていく。そして、伝票片手に次郎は雪乃の顔を窺った。
「それで、決まったのかよ」
「はい。決まりましたわ」
雪乃は嬉しそうな笑顔で応えると、それを受けた彼は小さく会釈をして了承の意を示した。
「……ご注文をどうぞ」
「では、この……『次郎さん愛情慕情思慕恋慕マシマシ身持ちカタメ浮気スクナメ日常生活カラメ』をお願いしますわ!」
「……」
雪乃が呪文の様なものを読み上げ、それを聞いていた次郎が固まっている。そして彼女の連れである相良が苦笑していた。
「……すみません。何を言っているのか、全く分からなかったんですが?」
次郎が困惑した様子で雪乃に尋ねる。
「あら、それは残念ですわね。では、もう一度言いますわ。次郎さんへの愛を込めまして……『次郎さん愛情慕情思慕恋慕マシマシ身持ちカタメ浮気スクナメ日常生活カラメ』をよろしくお願い致しますわ!」
彼女は満面の笑みで、先程の注文をもう一度繰り返す。
その言葉を受けてか、次郎の顔面に青筋が浮かび上がり、遂に堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけんじゃねぇ!! そんなメニュー、うちには置いてないんだよ!!」
その怒声が店中に響き渡る。しかし、当の雪乃本人はその事など気にも留めていない様に微笑んでおり、彼女の正面に座っている相良に至ってはその光景に慣れてしまっているのか、無表情のまま黙っているのであった。
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