金髪不良、休日の過ごし方
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次郎が智絵を松永達から助け出した日の翌日。この日は土曜日であり、学園は休みとなっていた。
学生達は日々の疲れを休める為に羽を伸ばそうと街に出掛ける者もいれば、休日返上で部活動に励む者もいる。中には勉学に勤しみ一日を有意義に使う生徒もいる。
そんな中で、次郎はと言えば―――
「らっしゃっせー!!」
昨日に喧嘩をした場所である商店街の中。その一角にある古びたラーメン屋に次郎はいた。
店の屋号は萬楽という。そしてラーメン屋にいるというが、それは客側として食べに来ている訳では無かった。
彼の現在の姿は年季が入った白衣を着用し、腰元には前掛けをしており、染めている金髪を覆う様にタオルを頭に巻いている。
その姿は誰が見ても、従業員以外の何物でもない。次郎は現在進行形で労働の喜びを噛み締めていた。
「よう、次郎ちゃん。二人だけど、入れるかい?」
「二人なら、奥の方が空いてるっすよ。そちらへどうぞ」
「あいよ」
来店した常連の客が気さくに声を掛けて来る。それに対して次郎が奥のテーブル席へと案内すると、二人は慣れた様子で椅子に座った。
その二人の前に、次郎は水の入ったコップを静かに置く。物音を立てずに置くその様は余程に慣れた手付きであった。
「注文、何にしますか?」
「俺はいつものやつで」
「俺も同じかな」
「了解。いつものっすね」
注文を受けた次郎は厨房の方へと視線を向ける。そこには筋骨隆々で強面の初老の男性が立っており、彼はこの店内にいる誰よりも忙しなく動いていた。
「おい、ジジイ! 五番卓の安藤さん達、いつものだってよ!!」
「はいよ! あと、次郎。その呼び方は止めろ!! ここでは店長って呼べって、何度も言っているだろうが!!」
「へいへい。分かったよ、店長」
怒鳴られた次郎は面倒臭そうにしながらも、しっかりと仕事をこなす。
次郎が働くラーメン屋の店主、つまりは店長である初老の男性の名は
年齢はもう直ぐ七十代に差し掛かるが、その肉体は未だに若々しく、髪は染める必要が無いほどに真っ黒だ。
そしてその腕っぷしも衰えていない。寧ろ、年々に研ぎ澄まされてすらいる。
そんな彼だが、その見た目に反して料理の腕は確かだ。その味は美味しく、そして値段も安い。故に、地元で長年愛されている人気の店となっている。
その日も昼時を過ぎた時間帯であっても、客足は途絶えない。今も尚、多くの客が訪れていた。
「ほらよ、次郎。安藤さんとこのいつもの。冷めない内にさっさと持っていきな」
「おう」
カウンターに出されたラーメンを、次郎は器用に持って運ぶ。その際に、汁が零れないように気を付けながら配膳をする。
「はい、いつものラーメン二つ、上がりましたよっと」
「おっ。ありがとう、次郎ちゃん。相変わらず良い働きぶりだね」
「ははは。あざっす」
ラーメンを運んで来た次郎に、客の一人が褒め言葉を掛けてくる。その事に次郎は嬉しさを感じながらも、どこか照れくさかった。
「しかし、次郎ちゃんも大きくなったもんだなぁ。ついこの間まで、こんなに小さかったのにな」
「それ、いつの話してるんすか? 俺が小学生の頃じゃないすか」
ラーメンを運んできた次郎に対して、常連客の一人である男が思い出話を語る。
それに次郎は苦笑しながら応えるが、内心では少しだけ気恥ずかしく思っていた。
「はは。悪い、悪い。でも、本当に大きくなったよな。この調子なら、大将も安心して隠居できるってもんだよ」
「馬鹿野郎! 誰が隠居するって言った!」
常連客の言葉に次郎の祖父である邦彦が怒声を上げるが、その表情には怒りの感情は一切無い。
「冗談だよ。でも、大将もそろそろ引退してもおかしくない歳なんだから、無理しない方が良いんじゃねぇの?」
「だから、まだ引退する気はねぇっての。大体、お前さん等みたいな奴らが来る限り、俺もまだまだ現役で働かなきゃなんねえよ」
邦彦が呆れた様に言うと、常連客達は笑い出す。
「それに、そもそもよ。まだこんなひよっこに、店を継がせる気はさらさらねぇよ。腕も未熟で、経験も足りてない。何より、こんなチャラついた真っ金々な頭に染めやがって……。一体、誰に似たのか……」
邦彦は次郎の髪を指差すと、やれやれといった感じに大きく溜息を吐いた。その様子に常連客達も思わず吹き出してしまう。
「あはは。そりゃ、大将だろう。だって、大将も昔は相当にやんちゃだったじゃないか」
「ああ、確かに大将の血筋だな。顔つきとか、体格も似てるし、間違いないよな」
「おい、てめぇら。好き勝手言ってくれるじゃねぇか。ったく、俺はあいつと違って真面目だったつうのによぉ」
邦彦はそう言いながら、常連客達の言葉を軽くあしらう。その様子に常連客達は再び笑う。
しかし、彼らの言葉は決して間違ってはいない。事実、邦彦は若い頃は次郎と同じく、相当な不良だったのだ。
特攻服に身を包み、髪形をオールバックにして、暇さえあればバイクを乗り回していた。喧嘩に明け暮れ、時には人を殴ったり、蹴飛ばしたりもした。
仲間を率いて街を駆け巡っていたあの日々。当時の邦彦を知る者達は皆、口を揃えてこう語る。
『あれは、血に飢えた野獣だった』
そんな彼が今となっては家庭を持ち、ラーメン屋を経営している。その事を当時を知っている人間達は今でも不思議に思っている。
「ほら、そんな事はどうだっていいからよ。早く食っちまいな。せっかくのラーメンが冷めちまうぞ」
邦彦に言われ、常連客たちは我に返ると、目の前に置かれたラーメンを食べ始める。
「次郎も突っ立ってないで、ちゃっちゃと働きやがれ。そんなんじゃ給料出さねえぞ!」
「へいへい。分かってるよ」
厨房から飛んで来た邦彦の声に、次郎は適当に返事をしながら手を動かす。
普段の次郎からは想像が出来ないが、彼はこの様に休みの日や暇な時は、邦彦のラーメン屋を手伝っている。
小さな店である為、アルバイト等は雇っていない。邦彦一人でも店は回せられるが、それでも手が足りない時もある。
そこで次郎が休日や放課後に手伝っているのだ。次郎としても、邦彦には世話になっているので、少しでも恩返しが出来ればと思っている。
しかし、本心を告げるのは恥ずかしいので、そうした考えは決して口には出さず、ただ暇だからという理由で手伝う事にしているのだった。
「そういや、大将。昨日の話、聞いたかい?」
ラーメンをすすりながら、一人の男が言った。
「あん? 昨日?」
「あれだよ、あれ。商店街の中で銃撃音があったっていう話」
男が口にした内容に、邦彦が怪訝そうな表情を浮かべる。そしてそれと同時に次郎の手も止まった。
「あぁ、あれの事か。確か、夕方ぐらいの話だな。けど、大した事でも無かったんだろ」
「警察も一応は来てたけど、特に何も無くて終わったらしいね。いたずらか何かって事で片付いたみたい」
「全く、馬鹿な奴もいたもんだな。人様の迷惑になる様な事をするなんてよ」
男の言葉に、邦彦が呆れた口調で呟いた。
「ま、確かにそうだよね。それにしても、一体誰がやったんだろうか」
「どうせ、迷惑を省みないチンピラ共の仕業だろうよ。それか最近流行りの動画撮影とかいうやつじゃねぇか。くだらん事しやがるぜ」
男の疑問に、邦彦が吐き捨てるように言う。
「……」
その会話を横で聞き、次郎は冷や汗を垂らしながら黙り込む。まさか自分がその事件の当事者であるなんて、口が裂けても言える訳がない。
そうして次郎が黙っていると、店の入り口の戸が開き、来客を知らせる鈴が鳴った。その音に反応し、次郎が視線を向ける。
「はい、いらっしゃいま……せ……」
そして威勢の良い挨拶をしようとした矢先、次郎は思わず言葉を止め、固まってしまう。何故なら、その客が見知った顔だったからだ。
「こんにちは。次郎さん」
満面の笑みを浮かべ、そう挨拶をするのは雪乃であった。その隣には付き人の様に彼女の傍に立つ細身の人物、相良が立っている。
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