黒人護衛と毒舌秘書との会話
******
次郎が帰宅した後の事―――。
「……もう、この辺で十分やな」
彼の安全を確認したゴメスは物音一つ立てず、静かにその場から立ち去っていった。
「~♪ ~♪ ~♪」
上機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、ゴメスは歩く。その様子はただの陽気な外国人でしかない。
その歩みには迷いはなく、目的地へと向かって一直線に進んでいた。
やがて、彼は次郎の家から離れた場所まで移動をすると、周りに誰もいない事を確認してから、通信機器の電源を入れて連絡を取る。
「こちら、ゴメス。目標の護衛任務について、無事に完了致しましたで」
『こちら、相良。ご苦労様です、エージェントゴメス』
通信に出たのは雪乃の秘書である相良だった。相良は普段と変わらぬ淡々とした口調で労いの言葉を口にする。
その言葉に、ゴメスは満足げに口角を上げる。
「いや、ほんま苦労しましたわ。帰宅するまでの数時間だけとはいえ、途中で何度も危ない場面があって冷や汗もんやで、あれは」
『それは大変でしたね。ですが、あなたが居ればその程度の危険はどうにでもなるでしょう?』
「そら、もちろん。しかし、今回ばかりは骨が折れましたわ。まさかヤクザ相手に殴り掛かるとは思いもせんかったで。ありゃ、とんだハラキリ☆ボーイやで」
その報告を聞いた途端、電話越しで苦笑する。
『それはハラキリではなく、ハリキリボーイの間違いでは?』
「……」
相良のツッコミに、流石のゴメスも黙ってしまう。しかし、その沈黙も長くは続かなかった。
「せやな。うん、そうとも言うわ。ハッハー!」
ゴメスは開き直った様にそう言って、誤魔化す様な笑い声を挙げる。
『まぁ、良いでしょう。それよりも、ヤクザ相手とは一体どういう事ですか? そんな報告は初めて聞きますが……詳しく聞かせて下さい』
相良は呆れた様に溜め息を吐くと、真面目なトーンで話を続ける。
「へい、分かりやしたで。実は―――」
それから、ゴメスは事の経緯を事細かに説明していく。
次郎が学園からの帰宅途中、ヤクザ達と遭遇した事。連れ去られそうになっていた女性を助けようとした事。その為にヤクザの一人を次郎が殴った事。
その話を聞いていた相良の表情は次第に険しくなっていった。
『なるほど。そういう事でしたか……。ヤクザに絡まれていた女性を助ける為に、彼がヤクザの男を殴ってしまった。という訳ですね』
「せやで。めっちゃ大変でしたわ」
『確かに、その状況は大変な事だったかと思います。しかし……それでも今の今まで報告が無かったのは少々頂けませんね。何かしらの問題が起こったのであれば、私に直ぐに連絡を入れるべきではありませんか?』
「あー、それはやな……」
ゴメスはそう呟き、少し言い淀む素振りを見せる。
『まさか、うっかり忘れていた。なんて事はありませんよね?』
「いや、ちゃいますって! 色々と起きよるさかい、そんな暇が無かったんですわ。ほんま、堪忍してや~」
『はぁ、全く……。まぁ、いいでしょう。あなたの能力の高さは分かっていますし、それに今回の件に関しては仕方がないとも言えます。しかし、今後は気を付けて頂けると助かります』
「へい、了解でさ。次からは気を付けまっせ」
『はい、それで結構です。それで……その様な事があって、彼は大丈夫だったのですか?」
「へぇ、それなら心配あらへんで。ワイが大事になる前に介入させてもろたんで、その辺はバッチリやで。お嬢様のボーイフレンドも特に怪我らしい怪我はしてないで」
『なるほど。それは重畳でした。彼の身が無事で良かったですよ』
「せやろ? ワイがしっかり守っといたんやから当然やで」
ゴメスは得意げにそう言って胸を張った。
「しかしな、後先考えんで行動しよるから、こっちとしては堪ったもんやあらへんで」
『後先考えず、ですか?』
「ワイが騒ぎを大きくさせて、あいつらが逃げる様に仕向けたから良かったものの、下手したら殺されとってもおかしくは無かったんやで?」
『ふむ、確かにそれもそうかもしれませんね』
「せやで。ほんま、無茶しおるから困るわ。あのボーイには、もっと危機感を持って欲しいもんですよ。全く」
ゴメスが苦笑しながら言う。その言葉を聞いた相良は少し考えた後に口を開いた。
『……ですが。きっと、黙って見過ごす事は出来なかったのでしょう。自分がどれだけ傷つこうが標的にされようとも、他人が傷つけられる事の方が許せない。それが彼なのでしょう』
「……」
『少なくとも、そんな彼の信条信念をお嬢様は好きであると仰っていました』
相良の言葉に、ゴメスは小さく息を吐く。そして思わず笑い声を上げる。
「ハッハッハッ! そりゃまた傑作やな。まるで物語の主人公みたいやないか。しかし、それなら納得やな。あないな奴、中々おらへんですわ。普通やったらヤクザに喧嘩売る様な真似はしませんわな」
『えぇ、そうですね。彼は少し特殊なのかもしれません。けれども、エージェントゴメス。良くやってくれました。あなたのお陰でお嬢様が悲しむような事態は避けられたようです。ありがとうございます』
「いや、礼には及ばんで。仕事はキッチリこなす主義なんでな。それからワイは言葉で評価されるよりも、金額で示される方が嬉しいねん。その点、頼むで」
ゴメスはニヤッと笑ってみせた。誠意は言葉では無く金額と、銭闘民族バリバリな台詞であった。白ゴメスでは無く、黒ゴメスだ。元から黒いが。
『……分かりました。今回のあなたの働きに関しましては、正当に評価をして査定をさせて頂きます』
「おおきに。ほな、そういう事でよろしゅう頼んま―――」
『ですが―――』
電話を切ろうとしたゴメスの言葉を相良が遮る。そしてゴメスの近くにあった電信柱にビシッと小さな亀裂が走ると共に、何かが被弾した音が響いた。
『あなたは少しばかり、失言が多い様ですね。エージェントゴメス。先程も彼に対して余計な事を口にしようとしましたよね?』
「そ、それは……」
『私が止めていなかったら、どうなっていた事やら。その点も踏まえた上で、今回のあなたの働きは差し引きゼロです。それで構いませんか?』
「……了解、しました」
『それでは、今後もよろしくお願いしますよ。エージェントゴメス』
「は、はい!」
『良い返事です。では、切りますよ』
プツリと通話が切れる。ゴメスは通信機器をポケットにしまうと、大きく溜め息を吐いた。
(やれやれ、怖い人を相手にするのは疲れるわ)
心の中で愚痴を零しつつ、彼はその場を立ち去るのだった。
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