極道お嬢、真実を告げる
「……で、どうなんだ? あの山城会って連中はどういう目的でお前に近付いていたんだ?」
次郎は智絵に視線を向けて問い質す。
その間も智絵は俯いたままで、その表情は曇り空の様に暗かった。
「さっき会った連中については、あたしも良くは知らない。けど、あいつらの上の人間については知ってる」
そして次郎の質問に対して、智絵はポツリと答えた。
「少し前に一回だけ会った事があるの。多分、そいつがあたしを連れてくる様に指示を出したんだと思う」
「連れてくる様に……って、やっぱり人質目的なのか?」
「ううん、違うわ。そんなものじゃない。そうだったら、もっと楽だったんだけどね」
智絵は力無く首を横に振った。その反応を見て、次郎は眉をひそめる。
「じゃあ、何の為に連れてこようとしたんだよ」
次郎が問い掛けると、智絵は少しだけ迷う素振りを見せた後に、意を決した表情で顔を上げた。
「……聞いても、絶対に笑わないでよ」
「ん?」
智絵は次郎の瞳を見つめると、小さく呟く。
その言葉を聞いた次郎は不思議に思う。どうして、こんな状況になってまで笑う必要があるのだろうか。
「あたしが何を言っても、絶対に笑わないでよね!」
次郎が疑問に思っていると、智絵は念を押してきた。その真剣な眼差しに気圧されて、次郎は思わず息を呑む。
「笑う訳ないだろ。真剣な話をしている時に、ふざけたりなんてしない」
「……分かった。それなら話す」
次郎が真面目な面持ちで答えると、智絵はゆっくりと話し始めた。
「実はね……その、あいつらの目的は……」
「……」
「……私を上の人間である男の下へ連れていって、お、お嫁さんとして差し出す事だったの」
「……は?」
予想外過ぎる言葉に、次郎は思わず間抜けな声を出してしまう。
智絵は顔を真っ赤に染め上げながら、恥ずかしげに次郎を見つめていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それはつまり、その男に嫁がせる為に、お前を連れていこうとしていたという事なのか?」
次郎は動揺しながらも、何とか言葉を紡ぐ。その様子に智絵は気まずそうな面持ちになりながら、小さく首肯した。
「嘘みたいな話だけど、本当なの。私の事を気に入ったとかで、どうしても欲しいみたい」
「マジかよ……」
次郎は唖然としていた。まさか、そんな理由だとは思ってもいなかったのだ。
「確か、名前は……
「縁談って、お前はまだ高校生だろ。それに、その尾田っていう奴はいくつだよ」
「三十六」
「嘘だろ……とんだロリコン野郎じゃないか。学生相手に縁談申し込むとか、そいつ正気か?」
「正気では無いけど、本気なのは確かよ。さっきの連中をけしかけてくるぐらいには本気だと思うわ。これまで親父を通してずっと断り続けてきたんだけど、今回はとうとう強硬手段に出たって感じね」
智絵は忌々しげに吐き捨てた。その表情からは、嫌悪感が滲み出ている。
それを聞いていた次郎はどういった反応をしていいか分からず、ただ黙り込んでいた。正直なところ、驚きのあまり思考が停止してしまい、何も考えられなかった。
「はぁ……でも、これからどうしよう。強硬手段に出たって事は、これからも色々と仕掛けてくると思う。多分、今回の件で本格的に動き始めるだろうから、きっと今まで以上に面倒な事になるわ。酷く、憂鬱だわ……」
智絵は深い溜息を吐き出すと、力無く項垂れる。その様子からは疲労感が漂っていた。
「まぁ、なんだ……お前の気持ちは分からなくもないから、同情するよ」
次郎自身も似たり寄ったりのケースや被害を受けている最中である為、他人事とは思えなかった。だからこそ、何とか元気付けようと励ましの言葉を口にする。
「ありがと。とりあえず親父達に相談して、相手先には抗議しておくつもりだから、それで一先ずは大丈夫だとは思う。でも、やっぱり不安は残るのよね。あの手の連中が一度狙った獲物を諦めるとは到底考えられないもの。何かしらの手を打とうとはする筈。それが何なのか分からないのが怖いの。もしも、また襲われたら……」
智絵はそこまで言うと、暗い表情を浮かべる。その瞳には不安の色が宿っており、心做しか身体が震えている様に見える。
その様子を見かねた次郎は、思わず声を上げていた。
「俺に出来る事があれば何でも言えよ。こんな俺でも助けになるなら、協力するぞ」
次郎の申し出に、智絵は驚いたように目を見開く。けど、それも束の間。彼女は静かに首を横に振った。
「ありがとね。でも、これはあたしの問題だし、これ以上あんたに迷惑を掛ける訳にはいかないわ。それにこれは極道同士の問題。変に関わり続けると、あんたの身の回りにも被害が及ぶから、もう関わらない方が良いよ」
智絵はそう言って優しく微笑む。その笑顔にはどこか哀愁が漂う。その言葉を聞いて、次郎は何も返せなかった。
彼女の言っている事に間違いは無く、それは正しい事なのだ。
しかし、それでも。次郎の心の中には、もどかしさが募るばかりだった。
「……じゃあ、そろそろあたし帰るね。今日はもう、襲ってくる事も無いだろうけど、あんたも一応、気を付けなさいよね」
智絵はそれだけ言い残すと、その場を後にする。
その背中は何処か寂しげで、今にも消えてしまいそうな程に頼りないものに見えた。
残された次郎は、その場に佇んだまま、彼女の姿が消えるまで見送っていた。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。気がつけば辺りはすっかり暗くなっており、夜の帳が落ち始めていた。
「帰るか……」
ポツリと呟いた次郎は、家に向かって歩き出す。
空には星々が輝き始めており、月明かりが夜道を照らし出していた。
その道中、次郎は何とも言えない複雑な気分を抱えながら帰路に着いた。
そしてその後ろを、すっかりと空気と化したゴメスが無言で付いて行く。
こうして、長い一日が終わりを迎えたのであった。
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