金髪不良、逃走先にて
それからしばらくして。商店街から抜け出した次郎達三人は少し離れた河川敷にやって来た。以前に次郎が矢島や八坂高校の面々と一緒にやって来た場所である。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
「えぇ、そうね……」
次郎が安堵の声を出すと、それに合わせるように智絵も息を吐く。二人共、全力疾走で逃げて来たせいか、呼吸が荒かった。
それに対して、一人涼しい顔をしているのがゴメスであった。彼は走るのに適していない巨体にも関わらず、綺麗なフォームで誰よりも早く駆け抜け、影をも踏ませなかった。
「ハッハッハッ! 先頭の景色は譲れへんで!」
「お前は一体、何を言っているんだ……」
愉快そうに叫ぶゴメスを横目に、次郎は呆れた様子でそう呟いた。その隣では、同じく疲れ切った表情をした智絵が立っている。
「あー、もう。何なのよ、あいつ。いきなり現れて暴れるし、変な事ばかり言って。本当に訳分かんないんだけど」
「俺に言われても困る」
智絵が不満を漏らすと、次郎は困惑しながらそう答えた。
「……まぁ、いいわ。とりあえず……ちょっと、あんた。はい、これ」
「ワッツ?」
突然、智絵が何かを差し出してきた事に驚いたゴメスは、反射的にそれを受け取る。それはポケットティッシュだった。
「それ、あげる。それで鼻血拭きなさいよ」
智絵はゴメスの鼻から流れる鼻血を見ながら、少し申し訳無さそうな声でそう告げる。その声には先程まであった怒りの色は無くなっていた。
「その……あたしのせいで怪我させちゃったみたいだし、一応、謝っとくわ。ごめん」
智絵が謝罪を口にすると、ゴメスはゆっくりと手を横に振った。
「ノープロブレム。気にせんでええよ。けど、サンクスな」
笑顔で礼を言いながら、ゴメスは受け取ったポケットティッシュを何枚か取り出して、自分の鼻に詰め込んだ。
傍から見れば黒服にサングラスを着用し、鼻にティッシュが詰まっている黒人の男。非常にシュールな光景である。
「で、ほら。山田、あんたも」
「ん? 俺か?」
そして智絵は次に、次郎にも同じ様にポケットティッシュを差し出した。
「別に俺は怪我なんかしていないから、必要は無いぞ」
「……あんた、何言ってんの? 自分の状況、分かっていないみたいね」
智絵はそう言うと、制服のポケットからコンパクトサイズの鏡を取り出した。それを次郎に向けて、目の前で開いて見せる。
「え? あっ……」
そして次郎は自分に向けられている鏡を見て、初めて気が付いた。自分の鼻から、ゴメスと同じく鼻血が流れている事を。
「いつの間に……全く気が付かなかったな」
次郎は驚きながらも、どこか他人事のように呟いた。
「そういう事だから、受け取りなさいよね」
「あ、ああ。ありがとう」
智絵に言われるがまま、次郎は素直に差し出されたポケットティッシュを受け取った。次郎が受け取ったのを確認すると、智絵は視線を逸らしてそっぽを向く。
「べ、別に。その、迷惑かけたから、その詫びよ。それと、その、さっきは、助けてくれて、ありがと……」
次郎に聞こえない様な小さな声で、智絵は感謝の言葉を述べた。その頬には僅かに赤みを帯びている。
「ハッハッハッ! アオハルって奴やな~」
そんな二人の様子を見ていたゴメスは、心底楽しそうな笑みを浮かべながら、そう口にした。
「……っ!! うるさいわよ、あんた。黙っててくれない?」
智絵は不機嫌そうな顔で、ゴメスを睨む。しかし、そんなものは意に介さずとゴメスはどこ吹く風といった感じである。
「ヘイ、ガール。そんなに怒らんでくれや。せっかくのキュートな顔が台無しやで」
「う、うるさい!!」
智絵は顔を真っ赤にして、大声を上げた。その様子はまるで照れ隠しをしているかの様にも見える。
「アッハッハ!」
しかし、そんな智絵の様子を見ても、ゴメスはただ愉快に笑うだけであった。その表情には、相手を馬鹿にしているような色は一切無い。純粋に、このやり取りを楽しんでいるようである。
「……はぁ。もういいわ。というか、山田。あんたさっきから何なの?」
「いや、急にどうした?」
「それはこっちの台詞よ。何も無いのに急に鼻血は出すわ、それにさっきは、あ、あ、あ……」
「あ? 何だ、カオナシの真似か?」
「ち、違うわよ!? そうじゃなくて、何であそこ立たせてたのか聞いているのよ! 何を考えていたわけ!?」
智絵は次郎の指摘に対して、慌てふためきながらも反論する。そして顔を赤くしながら次郎の股間を指してそう言った。ちなみに次郎の息子はまだ元気なままである。
「そ、それはだな……」
「あんた、そんな変態だったの? あんな場面で興奮していたとか、マジで引くんだけど……」
「いや、その……これにはやむにやまれぬ事情があるというか……とにかく、仕方が無かったんだ」
「は? 意味分かんない。仕方なくないでしょ」
「峰岸には分からないとは思うが、本当に仕方がなかったんだよ……」
事情はありつつも説明が出来ない次郎は、言葉を濁す事しか出来なかった。と、そこへ―――
「ストップ、ガール。ボーイの言う通り、これは仕方がない事やったんや」
ゴメスが二人の間に割って入り、次郎を庇った。思わぬ助け舟に、次郎は少しばかり驚いている。
「どういう事よ?」
智絵は納得いかないと言いたげに、ゴメスに尋ねる。
「ボーイのこの状態はな、つまり愛が溢れた結果なんや。だから、許してあげて欲しいねん」
「えっ?」
「は?」
ゴメスが発した言葉に、二人は唖然とする。
「ふっふっふっ、分かってんで、ボーイ。ジブン、お嬢様のお手製料理を食べたんやろ?」
ゴメスはニヤリと笑い、次郎に問い掛ける。
「ワイがおススメしたマムシの焼き物。それを食べてこうなった訳やな。違うか、ボーイ?」
「って、おい。あれはお前の仕業なのかよ……」
思わぬところで犯人が判明した次郎は、怒りの形相でゴメスに詰め寄る。
「まあまあ、落ち着きぃや、ボーイ。確かにあのマムシの件はワイが勧めたけどな。まさか、それを食べただけでこうなるとは思わんかったで。予想以上の効果でワイもびっくりやで」
「ふざけるな!! 俺がどれだけ大変だったと思っているんだ!!」
次郎は今にも殴り掛かろうとせんばかりの勢いで、ゴメスに迫る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、山田!」
しかし、そこで智絵に止められてしまった。
「止めないでくれ、峰岸。俺はこいつに一発ぶちかまさないと気が済まない」
「そんな事をしても、話が進まないからダメだってば。ほら、一旦落ち着いて。ね?」
智絵は必死に次郎を宥める。
「……分かったよ」
次郎は不満そうな顔で、智絵に従う。そしてゴメスから距離を置いた。
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